▼ レイヴン

エステルとレイヴンがいなくなったときの胸騒ぎも、シュヴァーンだとか言われて剣先向けられたときの喪失感も、瓦礫が崩れる音を背景にした今だと、欠片も浮かんでこない。ああきっと、これが世界の終わる音なんだって、少なくともここにいる2人はそう思っていたんだから。
ユーリに来いと叫ばれても、わたしは足を動かさなかった。ただじっと目の前の彼を見ていて、リタに腕を引かれてもわたしは拒絶さえしなかった。終いには彼に早く行けって怒られて、そうしてようやくわたしは泣きだしそうになった。あなたまでわたしの味方をしてくれないんだね。

「お願い、わたしがここに残ることを咎めないで」

ぽろぽろと零れた涙が爪先に飛んでいく。わたしの腕を握るリタの指に力がこもるのがわかった。うまく丸めこんでくれたユーリが、わたしと彼以外を引き連れて走っていく。やがてその場所にも大きな瓦礫が舞い落ちた。がらがらと鼓膜をつんざくような音がしているはずなのに、まるで彼の息遣いさえ聞こえてしまうような気がする。
乾いた唇で詠唱を唱えると、薄い青の陣が浮かんで2人を包み込む。先日習得したばかりのフォースフィールドだ。成功するかどうか不安だったから、ひとまず胸を撫で下ろす。

「今のその体力では、所詮仮初のものにすぎない」

目を伏せるわたしにそう現実を突き付けて、支えていた岩を退けた。彼、シュヴァーンはこれ以上歩けないとでもいうように座り込んだ。額を流れる血が痛々しい。許可も得ずに手をかざし、ヒールの詠唱を唱える。傷が塞がる間、彼は大人しくしていた。いや、その瞳に諦めの色が濃く出ていたから、やっぱり彼のいうとおりわたしはあってもなくてもいいようなことをしていると思われているに違いなかった。
やがて手当てを終えると、わたしもその場にしゃがみこんだ。さっきの戦闘からひどく体力を消耗しているらしかった。昔からあまり運動できる方ではなかったもんな。ユーリたちと一緒に走っても、足手まといだったかもしれないとどうでもいい言い訳を心の中で呟いて、そっと目を瞑る。やっぱりがらがらと瓦礫の崩れる音がした。なるべくじっとして、フォースフィールドの形成を保つ。
その間に彼が動けるようになるなり、ここから抜け出す方法を思案するなり、諦めるなりすればいい。わたしはそのための時間稼ぎになってあげる。ここで2人で死にたいっていうなら、それでもいい。

「もういい、やめろ」

瞼を開けると瞳がかち合う。苦しみを堪えるような表情で見られて、少しムッとした。そんな憐れむような顔しないでと叫んでやりたかったけれど、もはやそんな余裕もない。

「聞こえないのか」
「ここを抜け出す準備はできたのね?」
「もはや退路は完全に塞がれた。脱出は不可能だ」
「じゃああなたが回復するのを待つわ。わたしはこれを維持してなくちゃだめだからできないけど、あなたさえ動けるなら突破は不可能じゃないはずよ」
「解せんな。なぜ彼らと共に行かなかった」
「ねえ、それ、今答えなきゃだめ?これでもすごく体力消耗してるのよ?」

ペースを崩さないわたしがおかしかったのか、彼は小さく俯いて笑った。その仕草はちょっと、いつものレイヴンに似てる。似てるっていうか、本人なんだけど、きっとあれは彼の作りものなんだろうから。だけどわたしは、

「もうこの際どっちだっていいわ。とにかくわたしはあなたに死なれたくないの、 わかる?」

言い切ると同時にひと際大きな瓦礫がフォースフィールドにぶつかるのを見た。破れはしなかったけれど、その振動が身体に大きな負担をかける。額に浮かんだ脂汗がぽたりと地面に落ちた。小さく呻いて身体を折ると、ふいに引き寄せられて耳元で声がする。俺が合図をしたら術を解いて目を瞑っていろ、と。その間に悪夢は終わってしまうから、と。

涙の代償
(もう泣かせないって誓って)
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