▼ ユーリ

宿屋の本棚を物色しては備え付けのソファを占領する。それを何時間か繰り返していたとき、ユーリは戻って来た。わたしを見つけるとゆっくりゆっくり歩いて来る。だけどわたしは気付かないフリをして本に目を落としたまま。そろそろお尻の痛みがひどいけれど我慢する。
そうしているうちにユーリはわたしの隣りに些か乱暴に腰かけた。そしてコテン、と肩に頭を預けて来る。決してなにも言わない。
ぺらり、またぺらりとページを捲る。睡眠を取りたいと訴える瞼の重みがますます増してくる。身体の左半分が温かくなったから、余計だ。こうしてても埒があかないな、と本を閉じるとユーリの欠伸が聞こえた。

「 まだ起きてたのかよ」
「ずいぶん長い散歩だったのね」
「俺が聞いてんだけど?」
「見たらわかるでしょ?起きてたわよ」
「…そーかよ」

わたしの肩に預けたままユーリはもう一度欠伸を漏らした。つられてわたしも噛み殺すと目尻に涙が浮かんだ。少し眠らないと明日の出発に支障をきたしてしまう。それなのにユーリは動こうとしなかった。なにかあったのだろう。その目を見たらわかる。わたしはその目がひどく嫌いだ。恐怖さえ感じるその冷たい瞳が、大嫌い。

「ユーリ、もう部屋に戻りましょう」

ユーリは応えなかった。

「ユーリ」
「なあ、もしも俺がおかしくなったら、殺してくれるか」

なにをバカなことを、と思った。実際言ってしまいそうになった。だけどやけに冷静な脳がその伝達を打ち消した。眠気でぼんやりしてくるのに、身体の左隣りがひどく冷たいような気さえするのだ。ユーリを殺す?それもおかしくなってしまったユーリを?返り打ちにあうのが関の山だわ。
だからわたしは至極静かな声で嫌よと答えた。すぐ傍にいるユーリには聞こえたと思う。さっきと同じようにそーかよと笑われた。

「じゃあ、そんときは一緒に死のう」

新手のプロポーズみたいなそのユーリの台詞に、わたしもつられて笑ってしまった。バカな人だ。手を添え、膝に置いたままだった、さっきまで読んでいた本の錆びれた表紙が目に入る。元は高級そうなものなのに、こんなになってしまえばただの紙の束だ。それも笑えない、一緒になることを赦されなかった男女の物語なんて。


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