▼ ジェイド

「カーティス大佐は頭がいいから、わかりますよね」

ようやく起こせた上半身を壁に預けながら、出した声と共に血を少し吐いた。痛みはない。ただ、視界が翳んでこっちを覗き込む大佐の表情が伺えないのが唯一、残念だなと思う。

「わたし、 普段の体温が人よりも高いんです。37度でも、微熱扱いにならないんです」
「…わかりましたからもう喋らないで下さい」
「でもその体温がだんだん冷えていくのがわかるんです、 ねえ、大佐」
「喋るなと言っているのが聞こえませんか」
「大佐は頭がいいから、わかりますよね」

せめて、銀世界として有名なケテルブルクで死にたかったな。真っ白な、誰の足跡もついていない雪の上で自分の赤い血を撒き散らしながら静かに息を引き取ったりなんかして。

行ったことはないけれどわたしはもともと暑いのが苦手だから、きっと気に入ったと思う。それに大佐の生まれたところでもあるから、今度の長期休暇にでも行ければ、と 思っていた のに。
(大佐があんな風にお話しして下さるから、)

「わたし、 しぬんですか」
「死なせません。私が、貴方を死なせたりしません」

大佐がわたしの傷口をきつく抑えて、また少し血を吐いた。咽ながら、そっと顔を上げる。

(ああやっぱり見えない)

ぼんやりと蜂蜜色が視界を揺れる。もうこんなに地面を染め上げているんです、今更止血なんて無意味ですよ、と言いたかったけれどわたしはその言葉を呑み込んだ。せっかく大佐がわたしのためにしてくれているんだから、と思う反面、触れられているのが嬉しかったからだ。

「こんなときにまで意地汚いわたしでも、 好きですか。好きでいて、くれますか」

長く呟いた言葉に、大佐が息を飲んだのがわかった。血は吐かなかった。けれど代わりに涙が出た。もう身体中渇いてしまったと思っていたから自分でも驚いた。くつくつと僅かに肩が揺れて、涙を拭えない歯痒さを実感した。

(いやだ、)
(大佐の蜂蜜色の髪が、 見えなくなる)

あとどれくらい流れるんだろう。わたしの意思は無視されているようだった。

「たいさ…?」
「担ぎますよ」
「たいさ、…っ」

短く言われて身体を横抱きにされる。慌てて腕を持ち上げようとしたけれど、失敗に終わった(わたし、もう自分で動けないんだ)。
 
「さっきの問いには答えかねます。肯定したところで、安心して死なれては困りますからね」
「(死なせないって、言ったくせに)」
「だからと言ってそのままなにも聞かずに死なれても、私は困ります」
「(じゃあわたしはどうしたら、)」
「死ななければいいんですよ」

そのとき初めて死ぬのが怖いと思った。死ぬということは、大佐と離れ離れになるということだ。もう大佐を見ることも、声を聞くことも、触れることも叶わないということ、だ。わたしはそれが怖かった。
今まで怖かったものの中で1番、最上級の恐怖だ。それが今、わたしの目前をちらついている。

(むりかも、しれない…だってもう声さえも、)

大佐、わたし大佐と行きたいところがあるんです。前からずっと誘おうと思ってたんですけどなかなか言い出せなくて、それに大佐も忙しそうだったし後回しにしてたんですけど今度一緒にどうですか、わたしもケテルブルクに行ってみたいんです。確か、カジノがあるんですよね。わたし賭け事ってめっぽう弱いので挑戦はできないと思うんですけど、1度くらいはそういうところで遊んでみてもいいかなって。それから雪うさぎも作ってみたいんです。赤い眼をした雪うさぎ。あ、大佐の妹さんにもお会いしてみたいです。大佐は詳しく教えて下さらなかったけれど、結構有名なんですよ美人な妹がいるって。大佐みたいな綺麗な蜂蜜色の髪をしてるんだろうなと思うと、少し羨ましいです。

それから、 それから―…

たいさ。…たいさ、?カーティスたいさ?

「じぇ、 い、ど …たい、さ」

もう少し傍にいてください
(本当はそれが1番の、お願い)
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