▼ 土方十四郎

「お前ってすぐ壊れちまいそうだよな」

書類の端で指を切らないように気をつけながら角を揃えていたら、たばこの煙を吐き出すようななんでもない声色で土方さんが呟いた。
話しかけるというよりも独り言のようにぽろりと零れたそれは、聞き返さなければ脳に溶け込まないくらい些細なもので、それでいて不可思議だった。
あらかた聞こえていたような気もするけれど、わたしはなにか言いましたかと土方さんに問うた。土方さんはわたし、というよりもわたしの首筋辺りを眺めながら机に頬杖をつく。そしてもう一度独り言のようにお前弱そう、と失礼なことを言い放った。

「そりゃ女ですからね、男には劣るところもあることは認めますが。もう要らないってことですか?」

機嫌が声に出たかもしれない。語尾が少しきつくなる。それなのに顔色ひとつ変えない土方さんは足元で座り込んで書類の整理をするわたしの肩をなんの前触れもなく掴んだ。ほんの少し込められた力のせいで肩が竦む。ちょ、痛いんですけど。

「なんですか、セクハラで訴えますよ」
「すぐポッキリいくんじゃねえか、これ」
「いきません、離して下さい」

なおも肩を掴む土方さんの手首を握るけれどびくともしない。これが男女の差かと悔しくなる。そして振りほどこうとすればするほど彼の指には力が籠った。ぎりぎりと押し付けられる親指が腕の付け根の骨に食い込む。痛みに奥歯を噛み締めるわたしの表情には気付いていないのか、相変わらず土方さんはどこを見てるのかもわからない目で力を込め続ける。

「ちょっ、痛いですってば!バカ、離せ…ッ」
「このままやると折れるな」
「当たり前でっ…ちょ!ほんとに!いッ」

身体をムリに捩じって土方さんを押し飛ばすと腕は離れた。反動で尻もちをついたけれどそれよりも肩が痛い。じくじくと鈍い痛みに目を細めるとふいに影が落ちて来た。あ、油断してた。そう思ったときにはもう遅い。痛くない方の肩を押されて、わたしは後ろに倒れ込んだ。覆いかぶさるようにこっちを見下ろしているのは土方さん。眠そうにとろんとした瞳がまじかにあって、なにも言えなくなる。あ、だめだ、キスされる。怖くなって顎を引いたのにすぐに呑み込まれるようなキスを落とされる。時折優しく唇を噛まれてくすぐったさに息が漏れた。
(やだむりしぬ、)

「ほら、すぐ壊れた」

エウリピデスの初恋
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -