▼ 土方十四郎

ずるずると崩れ落ちそうになりながら、壁伝いになんとか足を進める。ずっとそうしているはずなのにどうしてか出口は未だ遠くに見えて、そろそろ諦めてしまおうかなんて考えが何度も何度も浮上した。そのたびにあの人の怒った顔も想像できて、なんとかお腹に力を入れては進んだ。
あともう少しなんだ。もう少しで屯所が見える。そうすればきっと、もう目を閉じたって構わない。あと少しの辛抱だ、と顔を上げたら、ポケットに入れたままの携帯が振動した。きっと電話だ。さっきからずっとかかってきていたのを忘れてた。左手で取り出して、液晶を見てみる。そこに浮かび上がったあの人の名前につい笑んでしまった。愛しい。こんなにこんなに、命を捧げたいと思った相手はあなたが初めてだ。固い通話ボタンを押して、弱弱しく耳に押しあてる。

「なんですぐに出ない」

飛びだした一斉は罵声や怒声ではなかった。幾分か拍子抜けしながら、ようやく強張った身体が安堵する。そしていとも簡単にずるずると座り込んでしまった。いけない、もう歩けないかもしれない。

「今どこだ、」

深く覗き込むような声。なのにすぐ近くにはいない。やだなあ、せめてもう一度触れたかったけど。返事をしようと酸素を吸うと、げほげほと咽てしまった。苦しい。喉が焼けるように熱い。口元を押さえた右手にドロリとした感触がある。それがなにかわかっていながら表を向けて、奥歯を噛み締めた。

「お、おい、大丈夫か?怪我してんのか?」
「いえ、」
「とにかく戻って来い、こっちは片付いたからな」

今日の敵は数が多かった。山崎くんのおかげで予めわかっていたことだったけれど、それにしても普段よりは多くて、相手の戦力を分散させるために個々で動くという作戦だった。どこか遠くの方でバズーカの爆発音が聞こえて、それが力強く思えたことだって幾度もあった。1人だけど1人じゃない。そう思いながらいつもは目の前にある背中を想像してがむしゃらに戦った。終われば帰れるから。帰れば安全だから。
なのにもう、わたしは帰れないと薄々気付き始めていた。

「名前?」

ふいに名前を呼ばれて目を開ける。だめだ、少し意識を飛ばしてしまっていたらしい。掠れた声で返事をしたら、少し慌てた声色の土方さんが今どこにいるんだとか迎えに行くからじっとしてろとか言ってて、なのにわたしにはもう、まともに酸素を吸う力さえ残っていないこともなんとなくわかった。
携帯を持つ手が重い。少しでも気を抜けばきっと指の間から滑り落ちてしまうんだろう。

「名前?聞こえてるか…?!」

ふいに土方さんの声が聞こえなくなったときのことを想像して、わたしは今日初めて震えた。それは困る。だって、わたしの存在意味がなくなるということだから。壁から手を離すとだらしなく蹲ってしまったけれど、そのまま携帯に添えた。わたしの今使える力すべてを携帯に注ぐような感じで、そっと耳を澄ませる。

「返事をしろ!」

この声が聞こえなくんるなんていやだ。そんなことになったら、泣くなと言われても泣くし、死ぬなと言われても死ぬ。わたしにはムリだ、そんなこと堪えられない。あの人のいない世界なんて、砂粒ほどの価値もない。

「ひ、じ かた、さん」
「名前、お前、…とにかくどこだ、どこにいる、それだけ答えろ」
「わたしは、平気です。そんなに慌てない、で、ください」
「いいからどこにいるんだ。それだけ答えろっつってんだろーが」
「うらの、と、屯所の裏の、…あの、自販機のある細い通りです、」
「わかった、今からすぐ行くからお前はそこでじっとしてろ、いいな?」
「あ、っの、…電話、切らないで下さい、 怖い、から…」
「…わかった」

すぐさま走り出した土方さんの息遣いが聞こえる。そして次第にお腹がじくじくと痛んでくる。さっきまで張っていた気が緩んだから、傷が主張する痛みがきつい。アスファルトにおでこを何度か打ちつける痛みでなんとか誤魔化しながら、携帯を落とさないように、目を瞑ってしまわないようにきつくきつく奥歯を噛んだ。

「きついのか?もうちょっとだから辛抱してくれよ、」
「う、ッ…い、痛いです、ひじかたさん」
「わかってる、あとちょっとだ、もう着くから な」
「ひじかたさん、ひじかたさんひじかたさん」
「なんだ、」
「すきです。すき、だいすき、…でも、もう、」


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