▼ 土方十四郎

※トッシー

副長室から自室までの道のりがいつもよりも長く感じる。おまけに足も重い。普段やらかさないようなミスを犯してしまったせいで、わたしは今の今まで副長のお説教を食らっていた。自分としてもショックだったから、あんまり突っ込んでほしくないんだけどな…。わたしを心配してくれてるのはわかってるんだけど、と包帯の巻かれた左腕を抑えた。血がかぴかぴに固まっていてなんとも醜い。寝る前にもう一度包帯の交換を行わなければ。すでに月明かりしかない廊下をなるべく足早に進む。
と、そのとき後ろからぱたぱたと足音が聞こえ、振り返る。
黒髪で黒い隊服。近付くにつれてわかる。副長だった。まだお説教でもするつもりかと一瞬ぎょっとするがその考えは彼の表情を見れば消える。彼は笑顔だった。それも満面の。しかもわたしに気付くと片手を上げて、名前氏〜!なんて、呼ん、で…
「と、トッシーですか?」
「正解でござる!名前氏久しぶりでござるねー!」

わたしの手を取ってきゃっきゃと笑うのは副長であって副長でなかった。以前妖刀の呪いのせいで突如出現した土方十四郎のもうひとつの人格、トッシーだ。その彼がさっきの副長のままの格好でトッシー参上でござるなんていいながらポーズを決めている。

「お、お久しぶりです…」
「さっき名前氏が怪我してるのが見えて追っかけて来たでござるよ!大丈夫でござるか?」
「あ、はい、傷は大したことないんです、痛みもないし…傷が少し残るかなってくらいです」
「それはよかったでござる…あわばば、よくない!女の子に身体に傷が残るなんて一大事でござるぅ!」

なんて涙目で叫びながら両手を握ってぶんぶんと振って来る。あ、ちょっと痛いですトッシー。響いてます、意外に。

「あ、そうだ、僕、名前氏にお願いがあるんだけども…いいかな?」
「お願いですか?なんでしょう」

小首を傾げて覗き込んでくるトッシーの可愛らしい仕草にきゅんとしつつ、わたしでできることであればと懸命に微笑む(いやだめだ、今ぜったいニヤけてるわたし)

「名前氏のことを名前たんって呼んでもいいかな…!」
「えっ、た、たん?!」
「僕らは仲間内を敬称して氏をつけて呼ぶんだけれども…名前たんは仲間というより、ぼ、僕のアイドルなんだよね…!だから名前たんって呼ばせてもらっていいかな?!いいよね?!名前たんはぜったいにちゃんや殿とかよりもたんの方が似合うからね!」
「え、あ、はい、…?」

っていうかもうすでに呼んでるじゃないですか。とは突っ込めず、疑問形にした返事をトッシーは肯定と取ったようでやったあなんて嬉しそうに飛び跳ねている。わたしの声なんて届いてない。
しかもそれを全てさっきまでわたしにお説教を食らわせていた副長の姿でやってのけてしまうのだから恐ろしい。

「じゃあ僕はもう部屋に戻るでござる!アニメが始まっちゃうからね!あ、名前たんもご一緒するでござるか?」
「あ、わたしはお風呂に入って包帯を取り替えたいのでここで…」
「そっか、残念でござる。でも仕方ないよね、お大事にでござる!じゃあね名前たん!」
「あ、はい、おやすみなさい」

来たときと同じように片手を上げて(ポーズも忘れずに)トッシーは踵を返した。しかもその足取りは妙に軽やかで普段の副長からは想像もできないようなステップ。つい込み上げてくる笑いを堪え切れず、わたしは口元を緩めた。
わたしの足取りも軽く
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