▼ 土方十四郎
これ以上はだめだって、誰が見たってわかることだから、誰の血かもわからない跡でどろどろのその裾を掴んだら離せと睨まれてしまった。ほんとうにバカだ。出血多量で死ぬんじゃないの。立ってることも奇跡なくらいフラフラしてるくせに、ほんとうにバカ。せっかくこんなに腕の立つ補佐がいるのに手出しさせないのもバカ。自分の上司がボロボロになっていく様をここで見せつけられているわたしの身にもなってほしい。
あと、できることなら早く片付けてほしい。わたし、あなたに聞きたいことがたくさんある。どうしてあなたがそんなに必死なのかとかどうしてあなた1人がそんなことになっているのかとか、あの女性は誰なのか、とか。
「離せっつってんだろうが、死にてぇのか」
それなのにわたしさえも敵と認識してしまったかのような目で睨むのはやめてほしい。指先が震えたけれどそれでもなんとか持ち堪えてわたしは裾を離さなかった。好機とばかりに敵が突っ込んで来るのがわかる。
副長は静かな声でもう一度言うぞ、と言った。わたしは手を離した。途端に走り出す副長。わたしの手は震えたままだった。どうせあのまま掴んでいても切り落とされていただろうに、そのほうが楽だったろうに。
手を出すなと言われてほんとうに手を出さなかったわたしは薄情者だろうか。制止だって中途半端なことしかできないわたしは、彼の補佐失格だろうか。でもあの双眸に睨まれてしまったら、わたしの身体はもう自由が利かない。
そのとき、発砲音が聞こえて副長が倒れこんだ。足を撃たれたのがここからでもよく見える。イの形をしたままの唇はそれ以上動かず、それでも這い上がろうとする副長の背でわたしは弾けたように副長の名前を呼んだ。喉が一瞬で枯れてしまうのではないかと思うほど、大きな声で呼んだ。
それと同時に、副長を取り囲もうとしていた奴らの目がこちらに向く。ああこいつもいたんだった、みたいな顔をされて距離を詰められたので咄嗟に刀を抜く。
「やめろ!手ぇ出すな!」
「なっ、でもそれじゃわたし死んじゃいます!」
「ちっ…!」
なにをそんなに必死になっているのかがわからない。
「なにを意地になっているんです!」
「うるせえ!黙ってろ!」
「どうして説明して下さらないんですか!」
それ以上会話を続けても無駄、とでも言いたげな表情で副長はふいと余所を向いてしまった。そしてよろよろのまま立ち上がる。ああもうわけわかんない、これだから男って嫌なんだ。副長って嫌なんだ。なにも説明してくれない。なんでもかんでも自分でやっちゃおうとする。じゃあなんのための補佐なんですか。わたしがいる意味ってあるんですか。そんなこと聞いたってどうせ応えてくれやしないんでしょうけど。
…ねえ、惚れた女って誰のことなんですか 副長。
大きな爆発音と共に局長率いる他の隊のメンバーが傾れ込む。その一瞬の隙にわたしは副長を見失ってしまった。どうせあの親玉を始末しに行ったんだろうけど、わかってる、けど、
応えは要らない
(望んでも与えてくれやしないとわかっているから)