▼ アイク

肩をぽん、と叩かれてわたしはようやく空気を吸った。はっとした瞬間に視界が着色されたような錯覚が襲う。顔を上げるとほんの少しだけ眉間に皺を寄せたアイクがいた。わたしがなにも言わずにじっと見ているとどうかしたのか、と問われる。深く息を吸ったはずなのに脳にまで酸素がいかない。アイクからそっと視線を外してから2、3度俯きがちに瞬きを繰り返す。煮え切らない態度のわたしに、アイクは眠れないのかと問うた。わたしはやはりそれにも応えなかった。肯定するのがなんだか悔しい気がしたからだ。確かにわたしはこの頃よく眠れない日々を送っている。夜がなんだか怖いのだ。なのにこうやって辺りが明るくなるとうとうととしてしまう。深い呼吸が気を抜くとひどく緩慢なのだ。なぜだかは知っている。だから余計に眠れないなどとは言えないのだ。

俺についてきたことを後悔しているか、と遠慮がちにわたしに聞いたときのアイクのあの情けない表情を思い出す。

「どうもはっきりしない天候は眠気を誘うなあと思って」
「そうか?今日はずいぶん冷えるぞ」

わたしの隣りに腰を下ろしてアイクは不満げに口元を歪めた。どうしようかなあ。この人がこうなってしまうともう、わたしじゃあどうしたらいいのかわからないから。僅かに生まれた焦燥感を埋めるように、アイクのその肩に頭を預けた。冷たい風が吹く。確かに今日は眠気を誘われるような麗らかな天候でないことは確かだ。

「こんなところで油売ってていいの、団長さん」
「その呼び方はやめろ。いつも通りでいい」
「いいじゃない、団長。かっこいいわよ」
「お前に呼ばれても嬉しくないんだ」
「失礼な人」
「そうじゃなくて、」

わかってるわよ。遮るように言うとアイクは唇を噤んだ。もう一度咀嚼するようにわかってるから、と繰り返す。あなたはなにも変わってやいない。2人でそう思い込むことによって、ようやく立っていることも。わたしはわかっているつもりよ。ねえ、だからあなたはいつまでここに、わたしの傍にいてくれる?こんな臆病なわたしの傍に、いつまで。

「ここで眠れるなら少し眠るといい。なんならマントを貸そうか」
「そういうときはマントの中に招き入れてくれる方が素敵よ」
「わかった」

助言のつもりで言ったのにアイクは馬鹿正直にも直球で言葉を受け取って、わたしの腕を引いた。肩から胸元にわたしの頭が預けられる。
鼓動が聞こえた。アイクのマントに遮断された世界に、アイクの鼓動がはっきりと聞こえた。狭い世界だ。生涯わたししか入っていられないような、とても狭い世界。ああ眠れる。深く吸われた酸素が溶けるように消えた。
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