君の中に僕の声は届いていますか(浜茜)


「ちゅーかさぁー、なーんか最近山菜元気なくね?」
「え?」

休憩中、浜野がドリンクを飲みながらポツリと溢した。
側にいた速水がその言葉を受けてベンチにいる茜を見た。

「…俺にはわかりませんが…」

茜はいつものようにのほほんと笑いながらカメラのシャッターを切っている。
どこがいつもと違うのか速水にはさっぱりわからなかった。

「いや違うって。なんか…元気がないっていうか…ちゅーか、いつもの笑顔じゃない」
「えー?」

そう言われてもう一度山菜を見るがやはり速水にはわからなかった。

「うーん…たとえそうだとしてもよく浜野くん気がつきましたね」
「そりゃ分かるって。ちゅーか好きな子の変化に気づかないヤツなんていないっしょ」
「え、」
「まぁ一回フラれてんだけどねー」

あははっ、と浜野は軽く笑いながら言った。
そんな話、速水にとっては初耳だった。

おおらかでムードメーカー気質な彼には男女構わず友人がいる。
しかし浜野本人はせいぜい誰々が可愛いという程度で恋愛事よりも(サッカーではないのが悲しい所だが)釣りの方に興味がいっていた。

浜野くん、好きな人居たんだ。

しかしその相手には好き人がいる。
どんなに恋愛面に疎い人にでも分かってしまう、その上かなりの強敵が。

速水は意外なカミングアウトになんと言っていいかわからず、迷っている間に休憩終了の合図がなった。

「あ、休憩終わりだって。行こー速水」
「は、はい…」


「はぁー…」
「なんだよ速水、浜野が居なくなった途端大きなため息なんか吐いて」

その日の放課後、いつも通り三人で帰路についていたが浜野と別れ倉間と二人になった途端速水が大きなため息を吐いた。
浜野は速水に意外な事実を聞かした後もいつもと同じ態度だった。
しかしその事実を知ってしまった速水にとってはなんだかその浜野の態度が逆に痛々しかった。

「倉間くん…俺どうすればいいんですかね…」
「浜野が山菜を好きな事か?」
「え!?」

速水はまだ何も言ってない。
なのに何故か倉間はいきなり核心をついた。
歯に布を着せない彼の言い方は相変わらずだった。

「なんで……倉間くんは知ってたんですか?」
「確信はなかったけどなー。今日の部活の休憩の時、お前らが話してたのが聞こえたんだよ」
「え、」

自分達と倉間は聞こうと思えば聞こえるが、そう簡単に会話を聞きとれる距離ではなかった。
その倉間が聞こえたのだ。

もしかして…

「平気だよ。他の連中、ましてや山菜や神童には聞こえてねーよ。俺だって偶々だっつーの」

倉間が速水の心を見透かしたように言った。

「それに、こーゆー事は周りがグダグタ言っても仕方ねーだろ。こーゆーのは周りが絡むとロクな事にならねーって相場が決まってんだろ。…何かありゃ、あいつの方から言ってくんだろ」
「そう、ですね…」

倉間は言葉を変に着飾ったりしない。
ぶっきらぼうだが言っている事は正しいし、筋が通ってる。
だからこそ倉間の言葉は安心出来る。
倉間のこういう所が速水は好きだった。

「そうですね…ありがとうございます、倉間くん」
「別に礼を言われる筋合いはねーよ」

こうして、速水と倉間は大切な親友の為にこっそりと、何かあれば頼ってもらえるように暖かく見守る事に決めた。


数日後、浜野は窓からいつものようにパシャパシャとシャッターを切っている茜を見つけた。
しかしいつもと違うのはいつもは撮った写真を見ると幸せそうに笑うのに何故か今日は撮った写真を見ると目が潤んでいた。
浜野は堪らなくなり茜に声をかけた。

「――っ山菜!」
「……浜野くん」
「やほ〜。ちゅーか何撮ってんの?」
「…シンさま、撮ってたの」
「へ、へ〜。ちゅーか山菜はホント、シンさま好きだよね〜」

聞かずとも茜が何を撮っているのか分かっていた。
そして聞いても自分の心の傷を抉るだけだとも。
しかし、何故かわからないが目を潤ませていた茜を見るとたとえ自分が傷付いてもこっちを見ればいいのに、と思ってしまった。

「…うん、好き。あたしシンさまの事が好き。…好きなのに…」
「うぇ!?ちゅーかどしたの山菜!?」

何故か茜はそう言い出した途端、顔を歪めると瞳から大きな雫が流れ始めた。
当然、突然の出来事に浜野は驚くばかりでとりあえず涙を拭こうとしたが生憎浜野はハンカチを常に持っているような男ではなかった。
とりあえず学ランの袖口で涙を拭き取るが涙は止まらず、茜はえぐっ、えぐっ、と泣き止まなかった。

「ちょ、マジどーしたの?」

そう聞いても茜は答えなかった。
しかし時は休み時間。
当然廊下には沢山の人で溢れかえっている。
いきなり女の子が泣き出せは注目が集まるのも必然だった。

(ちゅーかどうしよ…これじゃ俺が泣かしたみたいじゃん…ちゅーか実際そうなのかもしんないけど!)

「〜〜っ、山菜!行こっ!」
「え、どこに…」

とりあえずどうにかこの状況を打開するべく浜野は茜の手をとって走りだした。
浜野は空いている手の方でスマホを取り出すと自身の悪友2人にメールを送った。
次の授業、先生に上手く言い訳をしてくれる事を願って。

「屋、上…?」
「そ。ちゅーか今日天気いいから気持ちくない?」

茜を屋上まで連れてくると名残惜しげに茜の手を離し、微妙な雰囲気を壊すかのように大きく伸びをした。

茜があの場面で泣いてしまった理由は言わずもがな、神童だ。
好きな子の好きな人について聞かされるほど辛いものはない。
しかしかといって茜が泣いているのを見ているのも辛い。
自分でもどうすればいいのかわからなかったがあの状態の茜を放っておくという選択肢は浜野にはなかった。

「…なんで浜野くん、屋上の鍵持ってるの?生徒は立ち入り禁止だよ」
「ん?毎日授業なんて疲れるじゃん?だから前に倉間と協力してこっそり屋上の鍵作っちゃった。大丈ー夫。バレてないって」
「…浜野くんて面白いね」

浜野が鍵を手で弄びながらあっけらかんと言うと茜はようやく小さく笑みを溢した。
やっぱり山菜には笑顔が似合う、そう思いながら浜野はこっそりと安堵し、フェンスにもたれかかった。
しかし茜はまた表情を暗くしてポツリと言葉を洩らした。

「…ごめんぬ、浜野くん。」
「んー…ちゅーか、どうしたの、って、聞いていいの?」
「………」

浜野が目線を変えずに控えめに聞いた。
浜野自身、聞きたいのか否か、わからなかった。
茜もしばらく迷っていたようだった。
泣き顔を見られてしまった以上、なんでもない、とは言い切れなかった。
しかし、浜野の事を思うと浜野に全てを打ち明けるのは無神経のように思えたのだ。

「言いたくないならいいよ。ちゅーか俺も話して欲しいのかわかんないし。けど…話して山菜がスッキリするなら話した方がいいよ」

今度は浜野は茜の目を真っ直ぐに見た。
おそらくこれが浜野の本心なのだろう。
茜は浜野のその言葉で全てを話す決心がついた。
きっと、この話を聞いて欲しい相手は親友の水鳥でも、他の誰でもない。

今、目の前にいる浜野なのだから。

「…話、聞いてくれる?」

――あのね、

あたし、シンさまに告白したの。…フラれちゃったけど。勿論悲しかったよ。けどね、それ以上に悲しかったのはシンさまに『山菜は俺の事を恋愛対象としてみてない』って言われた事なの。あたしはそんな事ない、あたしはシンさまが好きなの、って言ってもシンさまはあたしのシンさまへの気持ちはファンであって、恋愛感情じゃないって言われたの。…悲しかった。あたしの恋心全てを否定された気がして。あたしの精一杯の告白を告白として受け入れてくれなかった事が、凄く、凄く悲しかったの。でもね、シンさまの事は責めないで。シンさまは優しい人だからきっとあたしに本当の自分の気持ちを気づかせる為に言ったんだと思うの。でもね、あたしはそんな優しさ、いらなかった。同じフラれるのならあたしの気持ちを恋と認めて、それからフッて欲しかった。

茜は最初はポツリ、ポツリと話していたが段々気持ちが高ぶってきたのか次第に茜の瞳から再び涙が溢れてきた。
浜野はそんな茜の話を黙って聞いていたが茜に近寄ると再び学ランの袖口で涙を拭き取った。

「…わかってるよ、山菜が神童の事を本気で好きだったって事くらい。」
「…本当?」
「うん」

でなきゃ、こんなにも俺の心が痛むハズがないもん。

山菜は何時だって神童の事を見ていた。
そして、神童を見ている時が一番輝いていた。

「…ねぇ山菜。…それでも俺は今でも山菜の事が好きだよ」
「………」
「山菜は神童の事が好き。そんな事、わかってるよ。でも泣くくらいなら俺にしなよ。俺なら絶対に山菜の事、泣かしたりしないよ」
「浜野くん…」

二人の間に沈黙が流れた。

「…浜野くん、あのね…」
「…なーんちゃって。ま、ムリだよね」
「あ…」

茜が口を開いたが浜野は言わなくてもわかってると言うかのように軽く目を伏せながら軽い調子で言った。

「けど俺の気持ちはホントだから前向きに検討って事でよろしく!」
「浜野くん…」
「じゃあ俺先戻ってるから落ち着いたら戻ってきなよ」

浜野はいつものように軽い調子でそう言うと、じゃーねー、と手を振りながら屋上から出ていった。

屋上ではただ一人、茜だけがそこに立っていた。


「あ、浜野くん」
「おせーよ、浜野。ったく、感謝しろよ?ちゃんと先生に上手く言い訳して……っおわ!」

浜野は茜と別れた後バタバタと走りながら自分の教室に戻った。
そして二人で話している倉間と速水を見つけると思い切り抱きついた。

「は、浜野くん?」
「…っぶーねーなー。どーしたんだよ浜…」
「ちゅーか恋って難しすぎじゃね?」

いきなりの事で驚き文句を連ねる倉間の言葉を遮って小さく浜野が発した言葉に思わず二人は顔を見合せた。
抱きつかれている為顔は見えないが声の調子から浜野がどんな表情をしているのか容易に想像出来た。

「…難しくしてんのはお前だろ」
「あはは、そうかもねー。…ホント、いっそ諦められたら楽なのにね」
「…でも、僕はそういう浜野くんの好きなものに一途な所、好きですよ」
「うん…」

返事はしてくれるものの相変わらず顔は見せてくれない。
倉間と速水はこっそり目線を合わせた。
しかし当の浜野は速水達が心配しているような暗い表情はもうしていなかった。

(うん。やっぱ諦めるとかムリっしょ。サッカーだって一回諦めかけたけどやっぱムリだったし。一回フラれてる訳だからこれ以上悪くなる事もないしね)

「浜…」
「よしっ!」

いつまで経っても顔をあげない浜野が心配になり速水が声をかけようとした時、浜野は自分に気合いを入れるかのように声を張り上げると二人に向き合った。

「ありがと速水、倉間。ちゅーか元気出た!」
「…そっか」
浜野がいつもの調子にやっと戻ったので二人は安堵のため息を吐いた。

(とりあえず、今日の部活頑張ろっと)

少しでも、自分の事が茜のあの大きな瞳に映る事を願って。
「…ここから先が浜野くんに聞いて欲しい所だったのに…」

浜野が先に行ってしまい残された茜はというとそのまま屋上に残り一人で今まで撮った写真の記録を見ていた。
少し前まではカメラの中には神童の姿しかいなかった。
しかし最近は神童以外の部員の写真も増えてきた。
とりわけ、ある人物の写真がいつの間にか増えていた。
茜はカメラを操作しながらあの時の神童の言葉を思い出していた。

『わたしは本当にシンさまの事が好きだもん!』
『…じゃあ言い方を変えよう。山菜が俺の事をそう思ってくれていたのは素直に嬉しいさ。確かに山菜は昔は俺の事を思っていたかもしれない。でも今は違うだろ?』
『そんな事…っ!!』
『山菜。』
『………』
『山菜はいつも俺達の写真を撮ってくれているよな。…最近は誰の写真が多いんだ?』
『そんなのシンさまに決まって…』
『いや違う』
『!』
『俺はゲームメイカーだ。皆の事をいつも見ている。勿論、それはマネージャー達にも言える事だ。…最近の山菜は誰かをカメラで追っている』
『だからそれはシンさまを…』
『…山菜がちゃんと、自分の気持ちに向き合える事を願ってるよ。きっとそれは相手にとっても凄くいい事だから』
『シンさま…』

シンさまは穏やかにそう言うと踵を返して皆の所に戻っていった。
その日のあたしはというとそれからずっと部活中は上の空だった。
心配する水鳥ちゃんにも曖昧に笑って誤魔化していた。
そして自分の家に着いた後何かがプツンと切れ、涙が溢れ出して堪らなかった。
シンさまに思いを否定された事が哀しくて、涙が枯れるくらい泣きじゃくった。
思う存分泣いた後、ふと机の上にポンと置いてある愛用のピンクのカメラが目に入った。
最初はこのカメラしか使ってなかったが次第に試合や練習風景の写真を撮る事が増えたのでもう一台カメラを用意し、そのカメラはサッカー用に、愛用のピンクのカメラは完全に自分の好きなものしか撮らなくなった。
なのでピンクのカメラには神童ばかりが写っている。

『最近の山菜はいつも誰かをカメラで追ってる』

そんな事ない、あたしが見ているのはシンさまだもん。
そう思いつつカメラの電源を起動させた。
一番最初の写真は神童だった。
その次も、その次も…
時折他の部員の写真も混じるが基本は神童だけだった。

(…あたし本当にシンさまの事が好きなんだな…)

ピッ、ピッ、とボタンを押していく。

(…あれ?)
しかしある時点からある人物の写真がだんだん増えていく。

(…浜野くん…)

その人物は浜野だった。
日付を見ると浜野の写真が増え始めたのは浜野に告白された日からだった。

あたしはちょっと前、浜野くんに告白された。
けれどあたしはシンさまが好きだからって言って断った。
そしたら浜野くんはそっか、と眉を下げて苦笑いした。
その表情に罪悪感を覚えなかった訳じゃない。
けれどそんな事が浜野くんを撮る機会が増えた理由にはならない。
そして何時しか神童よりも浜野が多く映るようになっていった。

「なんで…」

あたしが好きな人はシンさまのハズ。
でもそしたらなんで浜野くんの写真ばかり撮ってるの?

「あたしは…」

あたしは今でもシンさまの事が好きなの?
あたしは浜野くんが好きなの?
…わからない。

「…でもシンさまが好きだったのは本当だもん」

あたしのシンさまへの思いは確かなものだった。
でも今はわからなくなった。
シンさまを今でも好きなのか。
そして浜野くんの事をどう思っているのかも。

「だからもう少しだけ待ってて」
ちゃんとシンさまへの気持ちに整理をつけるから。
そしたら、ちゃんとあなたへの思いと向き合ってみせるから。

なんでかな。
目を閉じるとあなたの隣で笑っているあたしがいた。


――――――――――
君の中に僕の声は届いていますか
title by 『秋桜』

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