天体観測(ヒロ玲)


初めてあの子と天体観測をしたのはまだ『吉良ヒロト』が何であるか知らない、幼い時だった。

たまたま朝テレビを点けると今日は20年ぶりに流星群が流れると言っていた。
その頃から星が好きだった俺はどうしても見たかった。

(時間は…夜中か。…皆を誘って見るのは無理かな…)

ホントは皆で見たかったけど子供の俺達が起きているのには少し難しい時間だった。
それにリュウジはともかく晴矢や風介は興味なさそうだ。

(今夜こっそり一人で見に行こう)

園にも門限はある。
バレないように抜け出そうと、そう一人決心していると目を輝かせて姉さんに詰めよっている玲名が目に入った。

「お姉ちゃん!流星群って何!?」
「流星群はね、いーっぱい流れ星が見えるのよ」
「流れ星!?私も見たい!!」
「んー、でも玲名はまだ小さいから夜起きてられないでしょう?今回は諦めなさい。玲名が大人になった時も見えるから」
「えー…」

姉さんは玲名の頭を撫でながら宥めていたが玲名は不満そうだった。
姉さんが仕事があるから、と言って玲名から離れた時俺は玲名に声をかけた。

「玲名、」
「?、何?」
「玲名も流星群見たいの?」
「うん。ヒロトも?」
「うん。だからさ、今夜一緒に見に行かない?」
「え…行けるの?」
「だから今の内にお昼寝しよ?」
「……っうん!!」

俺がそう笑いかけるとさっきの沈んだ表情はどこへやら、玲名はさっきの様な輝きに満ちた笑顔を見せてくれた。
早速事が決まると俺達は昼寝をした。
お互いに手を繋ぎながら。

夜になり、俺はこっそり園を抜け出した。
一緒に出ると怪しまれるかもしれないからだ。
後は玲名を待つだけだった。

(玲名まだかな…)
「ヒロト!!」
「あ!」

手をこすり合わせながら待っていると玲名が駆けてきた。

「お待たせ!待った?」
「ううん。それより大丈夫?ちゃんと厚着してきた?」

日中は暖かいとはいえ夜はやっぱり冷え込む。
ジャケットを着てきて良かった。

「うん!だから早く行こ!」
「…っうん!!」

俺達は手を繋ぎながら近くの小高い丘まで駆けていった。


「着い…たぁ…」

近くと言っても子供の体力では些か辛い。
着いた途端俺達は二人して倒れてしまった。

「…見えるかなぁ」
「見えるよ、きっと」
「…あ!」

そう言った途端、何かが光るのが目に写った。
それも一個や二個じゃない。
いくつもの流れ星が空に瞬いていた。
俺達はあまりの感激に二人で手を繋ぎながら凄い凄いとしか言えなかった。
それほどまでに凄かったのだ。
だがどんなものにも終わりというものはあるもので。

「…終わっちゃったね」
「…うん」
「ねぇ玲名。」
「何?」
「20年後、また一緒に見に来ようね。」
「!…っうん!!」

これが一回目の天体観測。
まだ何も知らない、無邪気な子供でいられたあの頃。


二回目はエイリア学園も終わり、響さんの召集を受けて雷門中へ行く前日だった。

「ねぇ玲名。今夜星を見に行かない?」
「……はぁ?」

昼間誘うと玲名は眉をしかめた。

「断る。なんでお前なんかと…」
「いいじゃないか。流石に流星群は見れないけど今日は星がよく見えるらしいよ」
「なら一人で行けばいいだろう。私は忙しいんだ」
「あ、ちょっと待ってよ!」

玲名はさっさとその場を立ち去ろうとしたが俺は粘った。

「頼むよ玲名。君と一緒に行きたいんだって。多分しばらく会えなくなると思うからさ」
「私はお前と会わずに済んで清々する」
「玲名ぁ〜」

それでも懲りずにしつこく夜までつきまとったら漸く折れてくれた。

「だぁーっ!!しつこいぞ貴様!!分かった!!1時間だけなら付き合ってやる!!だからもう私につきまとうな!!」
「ホント!?ありがとう玲名!!大好き!!」

そう言いながら後ろから抱き着こうとすると思い切り殴られた。

「近づくなと言っただろう」
「ご、ごめんなさい…」


夜中になると同じようにバラバラで園を抜け出した。
あの時と同じで玲名はしっかりと着込んでいた。
あの時とは違ってしかめっ面だったが。

「じゃ、行こうか」

俺は手を差し出したが玲名は軽く鼻で笑うとさっさと行ってしまった。
あまりに予想通りの反応だったので少し笑ってしまった。

「…おい」
「…なんだい」
「星なんて全然見えてないぞ」
「う…」

園を出る時は晴れていたのだが丘に着いた時には何故か曇ってしまい何も見えなくなってしまった。

「はぁ…これなら居ても仕方ないだろう。帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ玲名。星も見たかったけど玲名と二人きりで話したかったってのもあるんだ」
「…話なら園ですればいいだろう」
「言っただろ?二人きりって。園じゃ落ち着かないだろ?」
「………」
「ね、少しだけでいいからさ」
「…少しだけだぞ」

俺と玲名は腰を下ろした。
星は出てないが俺達は空を見上げていた。
俺はそんななか、この数ヶ月、いやエイリア学園が出来てから起こった事を思い出していた。

「玲名はさ、俺の事…嫌い?」
「当然だ」
「即答かぁ」

お互いに目は合わせないで会話をする。

「お前は父さんに一番に愛されていた。それでもお前はいつでも不満そうだった。…それが私には許せなかった」
「…父さんが本当に愛していたのは『吉良ヒロト』だよ」
「それでも、だ」
「そう…じゃあ質問を変えるよ。…玲名はエイリア学園の事を忘れてしまいたいと思うかい?」
「それは…」

初めて玲名が言い淀んだ。
玲名自身もわからないのだろう。
それでも周りの皆が前へ歩き出そうとているのに玲名はまだエイリア学園に囚われているのは明白だ。
その証拠にまだ俺の目を一度もちゃんと見ていない。
いや、見ているのかもしれないが俺の事を『基山ヒロト』として見ていない。
玲名だけがまだ俺の名前を呼んでくれてないのだ。

「…俺はね、あの頃の事忘れたいとは思わないんだ。確かに辛い事も苦しい事も沢山あった。多くの人を傷付けた。それでもあの事があったから今の俺がいる。」
「…何が言いたい」
「自分でもよくわからないや。ただはウルビダも玲名の一部だって事。だから受け入れろ、とは言わないけどあんまり過去の自分を否定しないで。俺はウルビダを含めて玲名が好きだよ」
「……やはりお前が言う事はよくわからん」
「いいよ、今はそれで」

俺は言いたい事だけ言うと大きく伸びをして後ろに倒れた。
いつの間にか空は晴れていていくつもの星が瞬いていた。

「ねぇ玲名」
「…なんだ」
「俺強くなってくるから。その時にはまた、一緒に星を眺めよう?」
「…気が向いたらな」

少しほろ苦い、これが二回目の天体観測。


時は過ぎ、今夜は20年来の流星群の日。
俺は一人いつもの丘で寝そべっていた。

―FFIで優勝した後、約束通り玲名と星を見に行こうと思ったけど受験勉強やバイトを始めたりしてお互いにそれどころじゃなくなってしまった。
そうしているうちに高校生活も終わり、玲名は卒業と同時に海外へ留学してしまった。
甘えが出てしまうから、と言ってその時メアドを変えてしまい姉さんと女子数人以外には連絡先を教えてくれなかった。
甘え下手なのは玲名らしいと思ったけどポッカリ心に穴が空いてしまった気がした。
届かないとはわかっていても俺は玲名にメールを書き続けた。
おかげで俺の携帯の送信ボックスは玲名への未送信メールで一杯だ。

ちゃんと元気にしているのだろうか、仕事は大変だけど緑川達が支えてくれているから俺はそれなりに元気でやっている。
けれど傍に玲名がいないのが凄く寂しい。

―20年前の約束を玲名は覚えているだろうか。
いや、たとえ覚えていたとしても玲名が帰国したという知らせは聞いていない。
きっとここへは来ないだろう。
だったらせめて、玲名もどこかで同じ空を眺めてくれたなら、

「…なんてね、」

後数分で流星群が始まる。
すると後ろで草を踏みしめる音がした。

「ヒロト」

振り返るとあの時のように沢山服を着込んでいるあの子がいた。
俺は久々に面と向かって愛しいあの子の名前を呼んだ。


(さぁ、一緒に星を見よう)

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