いつかきっと、見つけるよ(黄名子+α)


*アス黄、円夏要素あり

フェーダとの戦いも終わり、互いの健闘を祝う意味でエルドラドの敷地内で打ち上げを行っていた。
そこにはSSCも大人も過去も関係ない、ただ純粋にサッカーが好きな人達が集まっていた。
さっきまで黄名子もフェイや天馬達と話していたが天馬達ばっかりずるい!私達もガールズトークしたい!という葵達の強い希望によって黄名子は連れ出されてしまった。

「にしてもホントびっくりしたよ。まさか黄名子ちゃんが未来の人、しかもフェイのお母さんだったなんて…」
「ごめん、黙ってて…。──うちはフェイの事もフェーダの事、SARUの事も知ってた。けど、フェイを救う為には皆に言う訳にいかなかったやんね」
「まぁ事情が事情だし仕方ねーだろ。それに、どの時代の人間だろーと黄名子は黄名子だろ。これから先同じ時間を過ごせねーのは残念だけど今まで一緒に戦った仲間には違いねーんだからいーじゃねーか」
「水鳥さん…」

言葉遣いは粗いものの、さっぱりとした水鳥の言葉に黄名子は心が救われるのを感じていた。

フェイを助けたい、その一心でずっと戦っていた身としては時に隠し事をし続けているのが辛い時もあった。
特に天馬や神童達は自分が正常の歴史に戻した時に特異点であるが故に消えてしまうのではないかと心配していた。
本当はそうじゃない。本当の歴史になっても自分は消えたりしない。元の時間に帰るだけだと。皆が心配する必要はないのだと言えたらどれだけ良かっただろう。
だけど言わなかった。言えなかった。自分の役目はフェイを守ること。その為には多少天馬達に怪しまれたとしてもエルドラドに、フェーダに、何よりもフェイにその正体を気付かれる訳にはいかなかった。
だから本当は最後まで自分の事を言うつもりはなかった。だけどあの子があんまりにも寂しい瞳をしていたから。あの子があんまりにもボロボロに傷ついていたから。だから言ってしまった。自分とあの子の繋がりを。あなたは愛されていたという事を。だけど今となっては言えて良かったと思う。もう二度と会う事のできないあの子に愛の言葉を伝える事ができたから。あの子と過ごせる時間は残り僅か。だからこそ可能な限りあの子に沢山の言葉を伝えたい。未来の自分があの子に伝えられなかった分まで。

「それでさ…実は気になってたんだけど…」
「ん?」
「ズバリ!未来の夫に会うってどんな感じなんだ!?」
「へ?」
「み、水鳥さんてば…」
「でも、私も気になる」

こっそりしんみりとした気分を味わっていたのも束の間。
ニヤニヤと、興味津々そうな表情をしながら水鳥はずいっと黄名子に詰め寄る。
葵も葵で苦笑いを浮かべているものの内心好奇心は隠しきれないらしく、えへ、と何かを誤魔化すかのように気まずげにしつつも笑みを浮かべながらこちらを見つめてきた。
黄名子はあはは…と少し笑いつつもんー、と少し考え込むように視線を上に向ける。
そしてゆっくりと少し遠くの所でトウドウと話しているアスレイへと目線を向けた。

「正直な所…やっぱりよく分からないやんね」
「えー、なんだよそれ」

黄名子は葵達に視線を戻すとあははー、と笑いながら頭をかく。
黄名子の反応に水鳥達はつまらなさそうに口を尖らした。

「分からないものは分からないんだから仕方ないやんね。フェイの事は好きだよ?最初はフェイの事も変に意識するのもよくないと思って単なるサッカー仲間としか認識してなかったけど一緒に時を過ごすにつれて愛しいな、守りたいなって思うようになった。初めは分からなかったこの気持ちも、これは愛なんだっていうのが今なら分かる」
「黄名子ちゃん…」

黄名子はそっと自身の胸に手をあてる。この戦いで生まれたこの気持ちを忘れずに大切にしたいというように。
あまりにも美しく、穏やかに小さく笑みを浮かべるものだから茜は思わずシャッターを切ってしまった。
そして満足げにその写真見返しながら茜はポツリと呟いた。

「私、今だから言うけど黄名子ちゃんはフェイくんの事が好きなんだと思ってた」
「あ、それあたしもちょっと思ってた!てか、多分ほとんどの人が思ってたんじゃねーの?」
「あー…多分そう思われちゃってるんだろうなーてのはちょっと思ってたやんね」

茜の告白に黄名子は苦笑いを浮かべながらポリポリと頬をかく。
白亜紀でフェイの弱さに気がつき、フェイに対して仄かな愛情を抱き始めた頃、あの時はあの気持ちをどのように処理すればいいのか分からず色々と空回ってしまっていた。過剰にフェイの一挙一動に反応してしまい、次第にはサッカーにも影響を及ぼすようになってしまった。しかしそれをマスタードラゴンがあたたかく諭してくれた。優しさや愛だけでは愛する者を守れない。愛する者に降り掛かる危険に立ち向かえる強さと相手の傷ついた心や相手自身を理解する賢さを身に付ける事がより深い愛へと繋がるのだと。黄名子にならそれができるはずだとマスタードラゴンは伝えてくれた。あの言葉があったからこそ今の自分があると黄名子は強く実感していた。
しかしこの気持ちを他の皆に恋心と勘違いされてしまうのは誤算だった。だが自分の挙動を顧みればそう思われても仕方ないかもしれない。意味は違くともフェイを愛していたのは本当だったから。とはいえ、最初にこの時代に来た時に倒れてしまったフェイの傍に居させてくれたのだって恐らくはそういった背景があったからなのだろう。あの時は色々と必死だったからあまり深くは考えてはいなかったが今となっては少し恥ずかしい思い出だ。

「うち、実を言うと初恋もまだやんね。そりゃ、小さい頃保育園の先生が好きだったとか、クラスの男の子がちょっと気になる、ぐらいはあったけどちゃんとした恋っていうのはまだやんね。だからまだどういう気持ちが『好き』っていうのかよく分からないの」
「え、じゃあ尚更アスレイさんの事は戸惑ったんじゃない?」「そりゃあ勿論!ちょっと話しただけでこの人とうちは正反対だってのはすぐ分かったやんね!だからこそうちらどんな風に出会うのか気になったけどさすがにそこまでは教えてくれなかったやんね」

結婚して子供を産む、という人生最大のネタバレをしておいて今更、とも思ったけど、と黄名子はケラケラと笑う。

「でも……子供を、フェイを強く想う気持ちは痛いほど伝わった。それと同時に強い後悔の念を。だからうちはアスレイさんを手伝う事に決めた。…その選択を、うちは今でも後悔してないしむしろ選んでよかったって、心からそう思う」
「黄名子ちゃん…」
「だからこそ…ちょっとだけ不安やんね」
「え?」

黄名子は目線を下に落とすとぎゅっと膝の上で拳を握りしめた。
フェイを想う気持ちに気付いた瞬間からひっそりと、ただ漠然と頭に浮かびあがった不安が今ではもう無視できない程大きくなっている。
きっとこの気持ちを吐露したところで何も変わらない。だけど過去に1人で帰る前に少しだけ気持ちを和らげたかった。大丈夫だと、誰かに言って欲しかったのだ。

「うちね、フェイがお腹に宿った先の事はそんなに心配してないの。確かにこの未来ではうちはフェイの傍にいる事が出来なかった。けどうちは絶対に諦めない。歴史は、未来は変えられるって、皆に教えてもらったから。だからうちがこれから先作る未来では今よりももっと優しい未来を作ってみせるって、決めてるやんね」
「うん…。黄名子ちゃんなら、きっと出来るよ」
「今の黄名子は化身だって出せるしミキシトランスだってできんだ。心身共に強くなった今、簡単に負けたりしねーよ」
「ありがとう、葵ちゃん、水鳥さん」

誰もハッキリと言葉にはしていなかったが黄名子の未来を──最期を、既に皆薄らと気がついていた。しかし未来は無限の可能性を秘めているという事を誰もが知っていた。だから大丈夫であると、きっと、未来を知っているからこそ皆が笑っていられる新しい未来を今の黄名子になら作れると信じている葵達が黄名子の背中を押すように笑顔を浮かべる。しかしそれでも黄名子の表情は晴れなかった。そんな黄名子の姿を見て茜はそっと声をかける。

「…何が不安なの?」

茜の言葉に黄名子は小さく肩を震わせる。
その言葉に背中を押されるように黄名子は小さく口を開いた。どうか、この不安が杞憂を終わる事を願いながら。

「──うち、ちゃんとアスレイさんの事好きになれるのかなって」
「え?」
「今のアスレイさんを見ても、うちはアスレイさんを好きだとは思えない。それはアスレイさんがどうとかじゃなくて、20歳近く離れてる大人に好きとか思えないやんね」
「まぁ…そりゃそうだよな」

言うなれば自分の親と同世代の人に恋するようなものだ。勿論、そういった人達、夫婦がいる事も分かってはいるがまだまだ恋を知らない自分達にとっては想像すらできない世界だった。

「ううん、それだけじゃない。今のうちはアスレイさんの知ってる黄名子じゃない。アスレイさんの知ってる黄名子は未来や過去に飛んだりしていないやんね。本来ならするはずのなかった経験をうちはしている。きっとうちと同じ歳の時にはまだ誰かを愛しく想う気持ちなんて知らなかった。自分の全てをかけてまで守りたいって想う気持ちなんて知らなかった」
「黄名子ちゃん…」
「そんな風に変わってしまったうちを、これから出会うアスレイさんは好きになってくれるのかな。ちゃんと、うちらは愛し合えるのかな。…フェイに会いたいが為に、自分の気持ちを偽らないかな。──アスレイさんの気持ちを、利用しないかな」

黄名子の表情に暗い影が落ちた。
黄名子が抱えていた不安はこれから先、アスレイと結婚するまでのタイムルートを自分の意思で歩めるかという事だった。自分が望む未来は皆が笑って過ごせる未来。そこに一つだって嘘は混ぜなくなかった。しかし望む未来の行く末を知っているからこそ、自分自身を騙してでもその未来へと歩んでいってしまうのではないかという事を黄名子は恐れていた。
こんな事を話しても葵達が困ってしまうのはわかっていた。だって、人の気持ちがどうなるかなんて誰にも分からないから。ましてや、まだ何も起きていない出来事に対して、誰が断言できようか。それでも、この不安を1人で抱え込むには事情が壮大過ぎた。いくら子を愛する気持ちを知っているとはいえ、黄名子だってまだたったの中学1年生なのだ。その上、黄名子は他の者と違って元の時代には1人で帰らなければならない。だからせめてその前に、例え嘘でもいい、大丈夫であると誰かに言って欲しかったのだった。

「黄名子ちゃん…」
「黄名子…」

きっと、黄名子の望むように、大丈夫だと、何も怖がる必要なんてないなど言う事は簡単だろう。
だけどまだまだ恋愛初心者の自分達の言葉ではどこか薄っぺらく感じてしまう。
それではきっと、黄名子の不安は取り除けない。
どうすれば笑顔で黄名子は元の時代に帰れるのか、そう頭を悩ませていた所、テーブルに一つの影が落ちてきた。

「なんだか随分と暗い顔をしているな」
「円堂監督!!」

葵達の後ろから声をかけて来たのは円堂だった。その後ろには豪炎寺や鬼道までもがいた。

「えっと、どうしたんですか?3人揃ってなんて…」
「いや何、選手達の事はだいぶ労ったけどマネージャー達には何も言ってなかったなって思ってさ。ありがとうとお伝え様を伝えにきたんだけど…なんか、それどころじゃなさそうだな」

円堂が若干気まずげに頬をポリポリと掻きながら小さく笑う。その表情に今までの話が他の人達にも聞こえていたのではないかと黄名子は不安でサッと顔を青くした。

「聞こえていたのは俺たちだけだ。──心配するな。アスレイさんやフェイには聞こえていたという様子はない」
「そ、っか……」

豪炎寺の言葉にそっと胸を撫で下ろす黄名子。きっと、今の話を二人が聞いていたら無理しなくていい、君は君の未来を歩めばいいなどと言ってきただろう。──二人とも、とても優しい人だから。だけどそれは自分の望む未来ではない。その事を、自分がここを去る前にちゃんと二人が気づいてくれると良いのだが。

「──黄名子が不安に思う気持ちも分かるぜ。恋とか愛とかって難しいもんな」

円堂がそう言いながら黄名子達のテーブルに腰を下ろし、それに倣うように豪炎寺達も席に着いた。さすがに一つのテーブルに7人もの人数が囲むとなるとかなりの大所帯となり目立つようになるが幸い他の皆はまだ興奮が収まらないようで他の者から声がかかる事はなかった。

「俺もさ、今の奥さん──夏未とはお前達と同じくらいの歳、中学からの付き合いだけどあの頃はこんな風になるなんて思いもしなかったよ」

円堂は昔を懐かしむように小さく笑う。
天馬達と同じように中学生だったのは遠い昔の話。その頃はまだ恋愛事には興味がなく、サッカーばかりを追いかけている日々だった。
夏未の事だって大切には思っていたが最初はマネージャーの、仲間の1人としてしか思っていなかった。仲間から特別な1人へと変わっていったのはいつだっただろうか。

「あの円堂監督が…」
「恋バナしてる…」

そんな風に円堂が哀愁を漂わせているなか、水鳥と茜が信じられないものを見たという風にあんぐりと口を開けた。
あんまりの言いように円堂がガックリと肩を落とす。

「おいおい。俺は一応この中でも唯一の既婚者だぞ?恋の話ぐらいできるっての」
「いやー、だって監督っていうと天馬に並ぶサッカーバカっていう印象が強くてさ」
「なんだか新鮮」

それでも慣れない話題のせいなのか円堂は僅かに頬を赤く染めあげる。その珍しい表情を見た茜はここぞとばかりにまたもやシャッターを切った。円堂はすかさずその写真を消そうとするがあっという間にその写真は保存されカメラは茜の腕の中にしっかりと抱き抱えられてしまった。監督としての威厳を保ちたい円堂としてはどうかその写真が教え子達に見られない事を祈るばかりであった。

「山菜、せめてその写真は流通させないでくれよ…。流石に恥ずかしい」
「うふふ」
「誤魔化された!?」
「まぁそれは置いといて、コイツも偉そうに言っているがそう言った事を意識し出したのは確か高校に入ってからだからな」
「え!そうなんですか?」
「でもそれはなんか納得…」
「相手は中学時代から好きだったみたいだけどな。というかお前、あの頃から割と色んな奴に好かれてたけど気付いてたか?」
「へ、そうなのか?」
「おい豪炎寺、このサッカーバカがそんな事に気付く訳ないだろ。正直、俺は今でもコイツがこんなに早く結婚出来た事に驚いてる」
「なんだとー!」
「けど奥さんは中学からの知り合いなんでしょ?どうやって好きって気付いたやんね?」

思い出話に華を咲かせる大人達。なんだか話が逸れていってしまったのを慌てて黄名子が修正する。
アスレイといつ出会うか分からないがそれでも現時点でそういった対象として見ていない相手とどうやったらそんな関係になれるのかが気になったのだ。

「うーん、そう言われると難しいな…」

黄名子の言葉に豪炎寺や鬼道に突っかかる事をやめた円堂は腕を組み空を仰ぐ。
脳裏に浮かぶのは夏未の笑顔、泣き顔、怒った顔、様々だ。どの表情も夏未ならではの魅力があるし、面と向かって言った事は少ないが夏未の表情全てが好きだった。それだけではない。情けなく丸まっている背中を叩いてくれる頼もしさ。馬鹿やってばっかりの自分を時には呆れながらも見守ってくれる優しさ。一度決めた事はどんな事でもやり通す意思の強さ。好きな所はいくつもあるがどれが決定打だったかと言われると分からない。ただ気が付いた時にはこれから先共に歩んでいく相手は夏未がいいと、夏未以外考えられないと思っていた。

「わりぃ、よく分かんねーや」
「え、」

円堂はしばらく考えこんでは見たものの納得できる答えは導きだせなかった。そんな円堂の言葉に黄名子はポカンと口をあける。

「きっとさ、こういうのに決定的なものってないんじゃないかな」
「どういう事やんね?」
「一緒に長い時間を過ごして、色んな経験を一緒にして、そうしているうちにもっと一緒にいたいって、1番近くで笑いあったり支え合ったりしたいって思うようになるんだと思う」
「円堂監督…」
「黄名子は今、アスレイさんの事どう思ってるんだ?恋愛的な意味じゃなくて、なんつーか、人として、さ」
「人として…」

円堂に言われて黄名子はそっとアスレイの方へと目線を向ける。
部屋の角でトウドウやサカマキと共に目尻を下げて小さく笑みを浮かべているアスレイ。会う時はいつもどこか申し訳なさそうな、難しい顔をしていてばかりだった。しかし今はようやく肩の荷がおりたせいかその表情は今まで見たことがない程穏やかだった。

──アスレイさん。一度は自分と息子を守る為とはいえフェイをひとりぼっちにしてしまった人。けれどそれを悔いて単身フェーダに入り込むだけでなく幾つものルールを破ってでもこんな子供相手に頭を下げてフェイを守って欲しいと頼み込んできた。文字通り、己の全てを投げ打ってフェイを再び取り戻そうと、助けようとした人。愚かで、不器用で、だけど確かに深い愛情を持っている。あの人をどう思っているか。それはきっと一言では表せない。けれど強いて言うならば、

「──馬鹿な人」
「え、」
「ほーんと、あの人お馬鹿さんやんね」

黄名子はケラケラと笑い声をあげた。まさかそんな答えが返ってくるとは思わず、円堂をはじめとした他の面々はポカンとした表情になった。

「だってあの人最初うちがフェイってどんな子かって聞いたらなんて答えたと思う?『君と私に似て可愛くてとてもいい子』って言ったやんね!それが分かってるならなんでフェイを置いて行ったりこんな回りくどい事してるやんねって思わず言っちゃった!」

あの時あまりにも真面目な顔をして親バカな台詞を言うものだから内心変な人と思ってしまったのは内緒の話だ。まぁ、そもそもいきなり現れて未来の夫だといった時から実は危ない人ではないかと思ってはいたのだったが。

「でもそう言ったらあの人、『私はフェイだけでなくSSC皆を救いたいのだ』って言ったの。その時はまだその意味が分からなかったけど今は何となく分かる気がする」

黄名子はそう言いながらそっと目を閉じる。脳裏に浮かぶのは試合後、どこか清々しい表情をしていたSARU達の姿。きっと、彼らが能力を手放す事が今回の出来事の結末じゃない。これからが始まりなのだ。彼らがこれからどんな風に成長していって大人になって行くのか、それはきっとアスレイ達の働きにかかってる。

──出来る事なら、うちも手伝ってあげたかったやんね。

黄名子は頭に浮かんだ言葉を必死で振り払う。これ以上時空を歪める事はできないのだ。だからせめて自分は祈ろう。どうか彼らに優しい未来が待っているようにと。

「アスレイさん、うちにフェイの事教えてくれた時すっごく優しい目をしてた。それで分かったやんね。この人は不器用なだけで本当はすごく優しい人なんだって。その証拠に、アスレイさんが見せてくれた写真の中の未来のうち、本当に幸せそうだった」
「黄名子ちゃん…」

詳しい時期を教える訳にはいかないから、と見せてくれた写真はあの人と結婚してからのものだった。その頃のあの人は今みたいに難しい顔じゃなくてちゃんと幸せそうに笑っていた。きっと、あの姿が本来のあの人の姿なのだろうと思った。フェイの写真を見せてもらった時にフェイはあなたに似ているのねと言ったら姿だけだよと、笑った顔やサッカーをしてる時の表情は君にそっくりだと言われた。──表情に暗い影を落としながら。きっとフェイのそんな姿をあの人は陰ながらにしか見ていないのだろう。きっとあの人だって本当はもっと近くで見ていたかったはずだ。だけどそんな資格がない事はあの人が1番よく分かっていたのだろう。どんな理由があったとしても、フェイを1人にした事は許せない。でもだからこそあの人の力になりたいって思った。うちはフェイだけでなく、あの人にも笑って欲しいと心からそう思ったのだ。

「──今はそれで、十分なんじゃないか?」
「え?」
「確かにこれから先黄名子が今この時代と同じようにアスレイさんと本当の意味で夫婦になれるかなんて俺にも断言はできない。だけど黄名子が真っ直ぐで優しい奴だって事は知ってる。きっと、アスレイさんに対して不誠実な態度を取ったりはしないさ」
「円堂監督…」
「そうだよ黄名子ちゃん!それは私達だって断言する!」
「そうだぜ黄名子!」
「うん!」
「葵ちゃん…。それに水鳥さん、茜さんも…」

円堂や葵達だけでなく鬼道や豪炎寺までもが大きく頷いてくれた。その力強さに、黄名子は思わず目が潤むのを感じた。

「確かに今の黄名子はこの時代のアスレイさんが知ってる黄名子とは少し違うかもしれない。だけど黄名子自身が持つ強さや優しさは少しも変わってない。俺はアスレイさんじゃないからはっきりした事は言えないけどそういう所にアスレイさんは惹かれたんじゃないかな」
「そう、なのかな」
「黄名子がアスレイさんに向ける想いだって今は恋愛的なものじゃなくてもいつかアスレイさんに出会って一緒に過ごしていけばそういう気持ちに変化していくかもしれない。もちろん、そうならないかもしれない。だけど今、アスレイさんに対して笑っていて欲しいって思えるならきっと大丈夫だ。だからあんまり気負わずに、な」

にかりと、円堂は大きく太陽のような笑顔を浮かべる。自分が円堂と共に過ごした時間はあまりにも短い。だけど天馬達があれほどまでにこの監督を尊敬する理由が何となく分かった気がした。円堂の言葉は、前を向かせてくれる不思議な力が宿っているのだ。

「皆、ありがとう」

黄名子はぐしぐしと腕で目元を拭うと思い切り破顔させた。確かに未来がどうなるかは分からない。だけどその言葉達が大きく背中を押してくれたのは事実だった。

「黄名子、ちょっといいか」
「! アスレイさん」

えへへ…、と目尻に涙を浮かべながら笑みを浮かべているとアスレイが後ろから声をかけてきた。しかし黄名子の目元が少し赤くなつているのに気がつくとアスレイは目に見えてオロオロとし始めた。

「ど、どうしたのだ黄名子。何かあったのか?やはり慣れない旅路で疲れが出たのか?」

その姿は長い間SARU達を欺いていたエルドラドの元幹部とは思えず、黄名子は思わず小さく吹き出してしまった。

「き、黄名子?」
「ふふっ…。ごめんなさい。なんでもないやんね」

──アスレイさんはフェイの事を話す時とても優しい目をしていた。そして同時にうちの事を話す時も。この人は、本当に心から未来のうちを愛してくれて──未来のうちも、きっとそんなこの人が本当に好きなんだなって思った。だって、この人と一緒に写っている写真の中のうちは自分でも見た事がないくらい嬉しそうに笑っていた。

「ねぇアスレイさん」
「な、なんだ?」

本当におかしな人。弱くて、臆病で、だけど強い意思を持っている。だから未来のうちはこの人を幸せにしたいって思ったのかな。

「うち、きっと貴方を見つけるから。そして絶対、優しい未来作ってみせるやんね」
「! ───ありがとう」

目の前にいる未来の夫は一瞬何を言われたのか分からなかったのかびっくりしたように目を大きく目を見開いた。しかしうちの固い決意を感じとってくれたのか薄く涙を浮かべると小さく笑ってみせた。

そうして見せた笑顔は、やっぱり愛しいあの子とそっくりだった。

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