ときめきは尽きない(天葵)


*木春要素あり。


「あーっ!今日も練習ハードだったーっ!」
「でも、楽しかったんでしょ?」
「へへっ、まぁね」

部活が終わり、各々が帰路に着く頃、葵は天馬の部屋で宿題をする約束をしていた為、今日は天馬と一緒に木枯らし荘へと歩いていた。
幼馴染の時間は長くとも、恋人としての時間はまだ浅い。
付き合ってから葵が天馬の部屋を訪れるのはこれが初めてだ。
なので信助など外部の人間からには恋人の家に行くというものは少しぐらいはソワソワするものではないのかと少しばかり邪推されたものだが、肝心な2人は何を今更、という感じで緊張のきの字もなかった。

「…ねぇ。あれ、音無先生じゃない?」
「あれ、木暮さんもいる」

河川敷の前を通ると丘の所で二人が並んで座っているのが見えた。
そういえば、春奈がやけに急いで帰る準備をしていた。
なんでも大切な約束があるとかなんとか。
恐らく約束とは木暮と会う事だったのだろう。
二人が中学の時からの知り合いなのは本人達から聞いていて知っていた。
そのため二人が一緒にいる事はさほど不思議ではない。
しかしそこへ流れる雰囲気がただの『友人』ではない事をなんとなく、天馬達は悟っていた。

「あーもー!毎日残業残業!なんでこんなに新任は仕事が多いのよー!」
「何を今更…。新卒が忙しいのはどこも一緒だろ」
「分かってるわよ〜…」

但し二人が話しているのはなんてことない普通の会話。
それでもそんな二人から天馬達は目を離せなかった。

「でもそのせいでなかなか木暮くんに会えないじゃない」
「…こうなる事は分かっていただろ」
「分かってるわよ!だから!今日は木暮くんを充電させて!」
「……は?」

瞳を潤ませながら木暮を睨む春奈。
勿論、急にそんな事を言われた木暮は面食らった。

「充電って…何するんだよ」
「抱きしめて!」
「いっ!?」

お互いが真っ赤になるのは必然。
二人で無言で向かい合う。
その沈黙に耐え切れなくなって渋々木暮が口を開く。

「…誰かに見られたらどうすんだよ。ここ、天馬よく通るんだぞ」
「今いないでしょ!だからいないうちに早く抱きしめて!」

(いやいやいるんですけど!)

当然の事ながら天馬達の心の声は聞こえない。
しかし木暮のその先の動向が気になるのもまた事実。
天馬達はいつの間にか木暮達がよく見える位置まで移動していた。

「ほら早く!さもないと私から抱きつくわよ!?」
「ぐ……あーもー、分かったよ!…ちょっとだけだぞ」

木暮はそう言うと、小さくため息を吐きながら春奈を優しく抱きしめた。

(わ……)

木暮の動作に春奈は嬉しそうに顔を綻ばせる。
木暮達の間に漂う雰囲気は決して『友達』なんかじゃない。
『恋人』そのものだった。

「い、行こうか」
「そ、そうだね」

なんだかこれ以上は見てられない。
見てはいけない気がして木暮達に負けないくらい顔を赤くしながら天馬達はそそくさとその場を後にした。

「…ちゅーしたい」
「それはさすがに勘弁して…」


「お、お邪魔しまーす…」

何度も入った事のある天馬の部屋。
なので恋人になったくらいで緊張するはずもない。
そう思っていた。
だけど先程の音無先生達の姿を見た後だからなんだか変に意識してしまって、少しだけ声が震えた。

「何遠慮なんかしてるのさ」
「別に遠慮なんか…」
「今日は木暮さんもあの通り、木枯らし荘の皆帰ってくるの夜だから変に気ぃ使わなくて大丈夫だから」
「そ、それって…」

夜まで2人っきりって事じゃない!

そう叫んでしまいそうなのをぐっと堪えた。
どうしてわざわざ天馬がそんな事を言ったのかわからない。
いや、きっな何も考えていないんだろう。
はじめこそ、天馬もさっきの音無先生達の姿を思い出してか、顔を赤くしていたけど木枯らし荘に着く頃にはすっかりいつもの天馬に戻っていた。
こっちはまだ顔に熱を感じているというのに。
天馬らしいと言えばそうだけど、なんだか悔しくなった。

「あれ、葵、なんか怒ってる?」
「怒ってない!」
「お、怒ってるじゃん…」
「怒ってないってば!ほら、早く宿題やろ!」
「う、うーん」

私が腰を下ろすと天馬は苦笑いをしてみせた。

「じ、じゃあ俺飲み物とか持ってくるから」
「…ありがと」

パタパタと天馬が階段を降りていく。
その音を合図に私は自己嫌悪に陥りながら額を机の上に当てた。

「あー、もー…」

なんだかさっきの音無先生達の姿のせいで緊張からか、勉強する前から疲れてしまった。天馬がそういう事に疎いのは分かっていた。
天馬から告白してくれたのが奇跡なくらい。
それでも、天馬と付き合うようになってから天馬は今まで以上に好意を分かりやすく伝えてくれるようになった。
ちゃんと、『幼馴染』じゃなくて『恋人』として大切にしてくれるようになった。
でも、もう少しぐらい意識してくれたっていいじゃない。
そう思ってしまうのは贅沢なのだろうか。

「お待たせー」
「ひゃあ!」
「? 何、どうしたの?」
「な、何でもない…」
「ふーん?」

お茶とお菓子を持ってきた天馬は私の行動に不思議そうにしてたけどそれらを机の上に置いてドアを閉め、上着を脱ぐと私の傍に座った。

「よいしょ…っと」
「! な、なんで…」
「ん?」
「なんでドアに鍵かけたの」
「え、いつもの事じゃん」
「あ、そっか…」
「うん」
「じ、じゃあなんで上着脱ぐの」
「だって中だと暑いし」
「そ、そっか…」
「? 変な葵」

何故だろう。
天馬がしている事はいつもと変わらない。
それなのに天馬の仕草一つ一つにドキドキする。
こんな事、今までなかったのに。
どうにか平常心を保とうとしてカバンから宿題を出そうとするけど自分でもギクシャクしているのが分かる。
こんな事だと変に意識しているのが天馬にバレてしまう。

「…葵、もしかして緊張してるの?」

……やっぱりバレた。

「や、えっと、その…」

どうにか誤魔化そうとするけれどかえってしどろもどろになるばかり。
こっちは穴があったら入りたいくらい恥ずかしいというのに天馬は何故か私を見てへにゃりと笑った。

「良かった。葵もちゃんと、俺の事意識してくれてるんだね」
「天…馬…?」
「だいたい葵も無防備すぎだよね。いくら幼馴染で気がしれてるからって彼氏の部屋に行きたいだなんてさ」
「う……」
「俺だって、男なんだからね?」
「ーーー、」

天馬が優しく私の頬に手を添える。
天馬の表情は今まで見たことがないくらい真剣で、『男の人』の顔をしてた。
私は何も言えずただ身体を固くするだけ。
だけど天馬はそんな私の緊張を察したのかふわりと笑みを浮かべると少し背伸びして私の額に小さくリップ音をたてながらキスをした。

「ひゃあ!」
「そんなに身構えなくても、今はこれ以上何もしないよ。俺も宿題やんなきゃヤバいし」

そう言って苦笑を浮かべる天馬は私のよく知ってるいつもの天馬。
それでも、さっきまでの出来事が出来事だから私はあ、だとか、う、だとか、意味をなさない言葉を発するだけ。
顔に熱が集まっているのがよくわかる。

「けどさ、またこんな風に誰もいない時に、俺の部屋に行きたいとか言われたらさすがに今度は何するかわかんないからちょっとは色々自覚して欲しいな」

勿論、葵の事はめちゃくちゃ大事にしたいけど、と天馬は言葉を続ける。
そしてそのままゆっくり抱きしめられた。
凄い事を言われているはずなのに、私はなんだか天馬の体温に安心してしまい、全身の力を抜いて天馬に身体を預けてしまった。
そしてそのままゆるゆると天馬の背中に腕を回した。

「ちょっとどころじゃないよ…」
「あはは…」

私が小さくため息を吐くと天馬は苦笑いを浮かべた。

「…天馬がそんな風に思ってくれてるなんて知らなかった」
「そりゃ…葵の事、怖がらせたくなかったし。それに葵、木暮さん達を見るまでは全然意識なんかしてなかっただろ?」
「う…」

確かに天馬の言う通り。
きっと、さっきの音無先生達の姿を見たせいでこんなに緊張してしまったのだろう。
だけど天馬は私が緊張する前からずっと緊張していた。
相手に意識して欲しい、そう思っていたのはこちらだけではなかったという訳だ。

「…ごめんね、天馬」
「なんで謝るのさ。謝る必要なんて全然ないよ」
「うん…」

天馬はそう言うけれど、私は自分で思っていた以上に天馬に思われていたことに気付けなかった。
その事がとても悲しかったし、天馬に対しても失礼で、私は天馬に対する罪悪感でいっぱいだった。
だからせめて、私も『大好き』という気持ちをめいいっぱい込めて、天馬の背中に回している腕に力を込めた。
天馬は一瞬ビックリしたようだったけれど、天馬もきゅ、と少し力を入れると頭を頬ずりされた。
たったそれだけの事なのに、私は心の奥があったかくなり、ドキドキした。
そして天馬はゆっくりと身体を離し、二人でちょっと照れ臭そうに笑った。

「えへへ…」
「じゃ、宿題やっちゃおっか!」
「うん!」

私達はようやく机に向き合った。
だけど、

「葵」
「ん?」

ーーーちゅ、

「ーーっ!?」
「えへへ〜」

天馬に呼ばれて振り返った途端、唇に何か柔らかいものが当たった。
キスされたのだと、わかったのは天馬の顔が離れてから。
さすがに天馬も顔を赤くしているけれど自分でそれ以上に赤くなっているのがわかる。

「な、なんで…!それに何もしないんじゃ…!」
「んー、これだけこれだけ。さ、とっとと宿題終わらせよ!」
「ーーっもう!」

私は頬を膨らませるけど天馬は笑って誤魔化すだけ。
それでも、天馬の耳が真っ赤になっていたことは見逃さなかった。
そしてその後、どうにか宿題に取りかかったけれど勿論勉強に集中できるはずもなく、その日の宿題の成果はボロボロだった。
それでも、心が満たされた気分になっていたのは私だけの秘密だ。


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ときめきは尽きない
title by 『魔女』

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