彼と短い恋をした(ララ京)


「ツルギ、最後にお願いがあるのじゃが…聞いてくれるか?」
「何だ?」

無事銀河を救った天馬達。
やっと平和を取り戻したのだった。
天馬達はララヤから星を挙げての表彰式を受けた後、暫くファラムを観光していた。
地球に似ているようで、全然違う、ファラムの科学技術に驚きながらも各々が楽しい時間を過ごしていた。
しかしそれでも帰らなければならない時はやってくる。
ファラムで過ごす最後の夜となった時、ララヤが天馬達のもとに訪れた。
しかしララヤが用があるのは剣城のみ。
剣城を見つけると小走りで駆け寄り、剣城の裾を引っ張った。
そして不安そうに、上目遣いをしながら剣城に請う。
長い間一緒にいたララヤを剣城が邪険に扱うはずもなく、ララヤに軽く目線を合わせるように背中を曲げる。
そして躊躇いがちにもララヤが言った言葉は、

「今日…わらわの部屋で一緒に寝てくれないか?」
「………は?」

とんだ爆弾発言だった。

当然の事ながら、ララヤの言葉に思わず固まる剣城。
後ろにいる皆も驚く者、頬を染める者、面白そうにしている者、様々だ。

「…ツルギ?」

不安そうに剣城の裾を引っ張るララヤにやっと身体の硬直が解けた剣城は思わぬ要求にしどろもどろになりながら少し後ずさった。

「あのなララヤ、それはちょっと…それにミネル達も許可しないだろ」

剣城はファラムに着いて早々ララヤに求婚された為、ララヤに仕える侍女達、特にミネルからその方面ではキツく言われていた。
だが相手は自分よりも幾分か幼い小さな女の子。
それに加えファラムに行ってからは常にドタバタしていた為ミネル達が心配するような事は何一つなかった。
それなのに、だ。

「安心しろ。ツルギがそう言うと思って既にミネルからは許可を取ってある。何も心配する事はない」
「いや、しかし…」

だから来い、とララヤは剣城に軽くしがみつきながら剣城を揺する。
しかしそれでも剣城の返事は煮え切らない。
剣城はララヤに対して謂わば妹のような感情を抱いている。
出来ればララヤの願いは聞き届けたいが本当に叶えて良いのだろうか。
剣城は助けを求めるように後ろにいる天馬達を見た。
しかし天馬は無情というか、能天気にあっけらかんと言い放った。

「いいんじゃない?最後なんだしさ。そりゃ、俺達だってやっと本物の剣城に会えたんだから色んな事話したいけどそれは地球に帰ってからでも出来るし」
「だが…」
「行ってきなよ剣城くん!」
「そうそう。それとも何か疚しい気持ちでもあんのか?」
「な…っ!」

瞬木のからかう声色に思わず声をあげそうになる剣城。
しかしすぐ傍には恐らく瞬木の言葉の意味がわからないのだろう。不思議そうに首を傾げているララヤがいる。
剣城はそんなララヤを見るとどうにか高ぶった感情を大きなため息を吐いて鎮めさせた。

「ツルギ?」
「はぁ…わかった、今日はお前の所で寝る」
「本当か!?」

剣城の言葉でララヤの表情が不安げだったのが一気に明るくなった。
剣城はその表情に思わず毒気が抜かれた気がして、無意識のうちに頬が緩んでいた。

「ちょっと待ってろ。色々支度してくる」
「わかった!」

剣城はポン、と軽くララヤの頭を優しく撫でた。

「良かったですね、ララヤ女王!」
「うむ!」

こうなったら仕方ない。
最後の思い出作りだ。
実際の所、ララヤとは長い間一緒にいたにも関わらず、ゆっくりと話す時間は皆無と言ってよかった。
だとすればこれはいい機会なのかもしれない。
剣城は知らず知らずのうちにこれから過ごすララヤとの時間が楽しみにしている自分に驚き、恥ずかしさからか無意識のうちに手で自分の口元を覆った。


「…さすが王族なだけあって広いな」
「ふふん、羨ましいか?」
ララヤの寝室は意外にもシンプルで、中央よりもやや右寄りにキングサイズよりも幾分か大きいベッドがあり、壁側にクローゼットやぬいぐるみなどがいくつか置いてあるのみだった。

「ふわぁ〜ぁ、」

剣城が部屋の大きさに驚いているにも関わらず、ララヤは大きな欠伸しつつ、身体を伸ばすとベッドに思い切り倒れこんだ。

「ララ…」
「ツルギも早く来い」
「うわっ、」

ララヤは上半身を起こして剣城の腕を引っ張った。
そんな細い腕の一体どこにそんな力があるのだろうというくらい力強い引っ張られた為、完全に気を抜いていた剣城は呆気なくララヤの隣に倒れこんだ。

「おいララヤ…」
「わらわのベッドはふかふかで気持ち良いだろう?」
「…まぁな」

文句を言おうとしたはずなのに、ララヤが頬を染めながらあまりにも無邪気に笑うものだから剣城はすっかり気が抜けてしまった。
剣城はフッと笑うとララヤの頭を優しく撫でた。

「ツルギ?」
「今日が最後の夜だ。沢山話したい事があるんだろ?最後まで付き合ってやる」
「――っやっぱりツルギは優しいな!」
「お、おい」

ララヤは剣城の首もとに腕を絡めると満面の笑みを浮かべた。
剣城も最初は戸惑ったものの、ララヤの嬉しそうな表情を見るとゆっくりとララヤの背中に腕を回した。
しかしさすがにずっとそのままの状態でいる訳にもいかないので、ララヤは名残惜しげに剣城から離れると再び剣城の隣にコロンと寝転んだ。
そうして、自然と二人からは笑みが溢れた。


「…ツルギ、今までありがとう。そして済まなかったな」

いきなり仲間と離れ離れにして。色々と無茶を言ってしまって。

ララヤが一番初めに言った言葉はこれだった。
ララヤは申し訳なさそうに眉をひそめ、泣きそうにながらも微笑を浮かべる。
ララヤから告げられた言葉は短かったが、その言葉には沢山の意味が込められていた。

「それでも…――っこんな事を言うのはとても勝手だとわかっておる。それでもツルギに会えて本当に良かったと、心の底から思うのじゃ」
「ララヤ…」

剣城がいたからこの星の真実に気付けた。
剣城がいたからこの星を救えた。
全部全部、剣城のおかげだ。
どれだけ言葉を尽くしても感謝の気持ちを伝え切れない。
それと同時に、どれだけ言葉を尽くしても謝罪の気持ちを伝え切れなかった。
そんな想いからか、ララヤの瞳には次第に涙が溜まり始めていた。
しかしこんな自分に泣く資格などないと思っているのかゴシゴシと腕で強く擦る。
しかし剣城はゆっくりとララヤの腕を掴むと自分の袖の部分でそっとララヤの涙を拭った。

「ツル…ギ…?」
「ララヤの気持ちはよくわかった。だからもういい。そもそも俺は別に怒っていない。だからもうそんなに強く自分の事を責めるな」
「だが…」
「むしろララヤには感謝してるくらいだ。ララヤのおかげで一番戦いたい奴と戦う事が出来た」

だからありがとう、と剣城は今までに見た事がないくらい優しい笑みを浮かべた。
そして気持ちを切り替えるようにポン、とララヤの頭を一撫でした。

「だからもうこの話は終わりだ。もっと他の事を話そう」
「他の事?」
「そうだな…例えば、ララヤの事とか」
「わらわの?」

ララヤがキョトンと目を丸くする。
その表情は最早女王の凛とした表情でも、不安げな表情でもなく、年相応のあどけない表情で、剣城は思わず小さく笑みを溢した。

「俺が知っているのは女王としてのララヤばかりだ。だから俺はただの『ララヤ』の事をもっと知りたい」
「…例えば?」
「何でもいい。ララヤの好きなもの、嫌いなもの、そういった事でいいんだ」
「わらわの好きなもの…改めて聞かれると難しいな」

ララヤは腕を組んで唸る。
しかし剣城は急かしたりせず、ゆっくりとララヤの答えを待った。
するとララヤは何か思いついたのかパッと表情を明るくした。

「わらわが好きなものはファラムに住む民達、お父上、それから剣城、そなたじゃ!」

ララヤは満面の笑みを浮かべながら剣城の方を向いた。
剣城はというと、慣れていない純粋な好意に思わず目を大きく見開いた。
しかしフッと小さく笑みを浮かべると感謝の意味を込めながらララヤの頭をそっと撫でた。

「剣城は?」
「え…」
「わらわだって剣城の事をもっと知りたいのじゃ。それにわらわだけというの不公平であろう?」
「…そうだな。俺の好きなもの、大切なものは家族や仲間、それにサッカーだな」
「あ、知っておるぞ。そういう者を『サッカー馬鹿』というのだろう?」
「…まぁ俺は俺以上のサッカー馬鹿を知ってるがな」
「?」
「…なんでもない。他には?ララヤにも嫌いなものぐらいあるだろ?」
「う…」

そうして、とりとめもない事を話しているうちにララヤの瞼がゆっくりと下がり始め、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。
しかしララヤはまだ話し足りないのか、目強く擦る。
しかしそれを剣城がやんわりと止めた。

「剣城…?」
「そろそろ限界なんだろ?明日も早い。もう寝ろ」
「いやじゃ!」
「ララヤ…」

今まで剣城の言葉を素直に聞いていたララヤが初めて否定の言葉を口にした。
しかしララヤの気持ちが痛いほどわかる剣城は無理強いなど出来るはずがなく、困ったようにララヤを見つめるだけだった。
ララヤはララヤでずっと剣城と見つめあっていた体勢とは一転、コロンとうつ伏せになってしまった。
まるで剣城の言葉を全身で拒否するように。

「今夜が最後なのに…」

ララヤが寂しそうに呟く。
剣城は小さく息を吐くとララヤ、と呼びかけた。
その声にピクリと反応するとララヤは目線だけ剣城の方に向けた。

「一度しか言わないからよく聞けよ」
「?」

そう言いながら剣城は身体を起こす。ララヤもそれに倣い不思議そうにしながらも起き上がって剣城を見た。
そして剣城は初めてララヤの頭ではなく、頬をそっと撫でた。

「剣城…?」
「俺だって、お前との別れが悲しくない訳じゃない。出来る事ならお前ともっと一緒に居たいと思ってる」
「なら…!最初に言ったように、わらわの夫となればよい!あの時は…ツルギの事をお父上の代わりとしてしか見ていなかったが、今なら本当にツルギとなら結婚してもよいと思っている!」
「ララヤ」
「う…」

わかっていた。
そんな事は無理だという事ぐらい。
剣城が大切な仲間を置いていけるような人ではない事は。
それでも、次いつ会えるか、いや、会えるかさえわからないのにそう簡単に別れを受け入れられるほどララヤは大人ではなかった。

「ララヤ?」

ララヤは下を向くとぐっと下唇を噛んだ。
シーツには一つ、また一つと雫が滲んでいる。

「何故…わらわ達は生きる星が違うのじゃ…こんな事ならいっそ…!」
「会わなければ良かった。そう思うのか?」

剣城の核心を突いた言葉にぐっと息を詰める。
剣城に会えて良かった。だけど…
ララヤの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「ララヤの気持ちはよくわかる。だけど俺はそう思わない」

ララヤがバッと顔をあげると剣城は優しい眼差しでララヤを見つめていた。

「ララヤに会えなかったら気付けなかった事が沢山ある。お前と過ごした日々に、無駄だった事なんて一つもない」
「それはわらわだって同じじゃ!だけど…」
「だけどな、ララヤ。傍に居ないからって、心までが離れる訳じゃないだろ?」
「……」
「俺達は、この戦いの前にも沢山の出会いと別れを経験した。だけど俺はいつだってその人達の事を忘れた事はなかった」
「それが…心が傍に居るという事なのか?」
「そうだ。俺は例え地球に帰ったって、お前の事は忘れない」
「…約束だぞ」
「あぁ。だからもう寝ろ」
「…わかった」

ララヤは渋々ながらも再び寝転んだ。
そして、

「あ、おい!」
「良いであろう、このくらい」

ララヤは思い切り剣城に抱き付いた。
剣城も驚いてはいるものの、ララヤの事を優しく受け入れた。
所謂腕枕状態なのが少々辛いが仕方ない。

「…おやすみ、ツルギ」

ララヤはぎゅっと剣城の服を掴み、顔をあげたかと思うと剣城の口のギリギリ端っこにキスをした。
しかしララヤは再び俯くとそのまま剣城の胸の中で深い眠りに落ちた。

「…俺が寝れねぇ」

すぐに俯いてしまったため、ララヤは気付かなかったが、剣城の顔は見たことがないくらい真っ赤になっていた。
ララヤにとっては挨拶みたいなものだったかもしれない。
はたまた本当に『好き』という気持ちを込められたものかもしれない。
どっちにしろ、ララヤはすでに眠っていて真実はわからない。
剣城は困ったように、だけど頬を少し染めながらララヤの頭を優しく撫でた。

「…おやすみ、ララヤ」

剣城もララヤに応えるように静かにララヤの目元にキスをした。
そしてそのまま剣城も眠りについた。

お互いがどういう意味でキスしたかは、お互いにしか知らない。



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彼と短い恋をした
title by 『秋桜』

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