今日も勝手に恋してる(天葵)


「どうしよう…」

私、空野葵は悩んでいた。
それはもう、頭を抱えたくなるほど。
来るべきバレンタインのせいで。

「もう作るものがない…!」

これが好きな人に渡せるかどうかという不安だったらどんなにいいか。
喜んでもらえるかというくすぐったさだったらどんなにいいか。

そんな気持ちも全くない訳ではなかったが今の私はそれどころじゃなかった。

「いやいや、葵の悩みってもうむしろこれ以上ないってくらい贅沢なものだから」
「ていうか、ノロケ?」
「私は本気なの!」

目の前に座る友達二人は呆れ半分、微笑ましさ半分でやれやれという風に肩をすくめさせた。
私は立ち上がって抗議するがまともに取り合ってくれない。
仕方なく私は椅子に座り直した。

「だってもう、トリュフもガトーショコラもブラウニーもフォンダンショコラも作った事あるし…」
「で、ネタがなくなったと」
「別に今まで作ったものでもよくない?」
「…それは嫌」

確かに普通の友達にあげるのであればそう思わなくない。
私と天馬は付き合っている訳ではないけれど私にとって天馬はずっと特別な存在だった。
サッカー馬鹿で、ちょっと頼りなくて、だけど肝心な時にはちゃんと私を守ってくれた、大切な人だ。
そしてやっとつい最近、天馬に対する想いが『好き』だという気持ちだという事に気がついた。
だから尚更、今年は何か特別なものを作りたいと思うのだ。

「けどさー、今まで作った事のあるやつの方が失敗する心配なくていーじゃん」
「…天馬、今まで私があげたチョコの種類、全部覚えてるのよね…」
「「やっぱりただのノロケじゃん」」
「違うって!」

確かに天馬が私が今まで渡したチョコをすっかり忘れるような人だったらまだ同じやつを作ろうと思ったかもしれない。
だけど変な所で記憶力のいい天馬はわりと長い年月、毎年違うものをあげているというのに未だに初めてあげたチョコの形を覚えている。
何故それがもっと他の所でいかされないのか不思議である。

「けどさぁ葵。わかってる?バレンタインって明後日だよ?」
「う…」

そう、今日は2月12日。
明日も普通に学校なので今日までに作るものを決めて、材料などを早く買わなければならない。
もう時間はあまり残されていない。

「あ、もうこんな時間じゃん」

友達の声に顔をあげて時計を見ると短針がもうすぐ昼休み終了の時刻を指していた。
友達はまた放課後ゆっくり考えな、と言ってくれたけど放課後も部活があるのであまり長い時間考えている余裕はなかった。
作るものを決めたとしても店が閉まっていたら元も子もない。

あぁ、もう本当にどうしよう。

全く非のない天馬に責任転嫁しそうになりながらもまた私は頭を抱えた。


そしてついに14日になってしまった。

「結局作れなかった…」

勿論、サッカー部の皆へという事でマネージャーとして茜さんや水鳥さんと一緒に作ったクッキーはある。
そして友達にはトリュフを。
だけど最後まで天馬に何をあげればいいか、何をあげたいか分からず、何も作ることなく当日を迎えてしまった。

「…とりあえず、学校行こ」

こんな事ならもうなんでもいいから天馬に作れば良かった。
きっと天馬ならどんなものだって今までと同じように少し頬を染めつつも、笑いながら受け取ってくれただろう。
しかし今さらこんな事を考えても仕方ない。
もはや後の祭りだ。
私は足が重くなるのを感じながらもバックを掴んで玄関の扉を開けた。


「葵ー、結局松風くんに何か作れたの?」
「…ダメだった」

教室でチョコを交換しながら友達が心配そうに顔を覗きこんでくる。
私はその問いに大きなため息と一緒に否定の言葉を返すしかなかった。

「もー、そんなんじゃ葵、他の子達に先越されも文句言えないよ?」
「………」

友達が言いたい意味はよく分かった。
痛いほど。
初めこそ天馬はドリブルだけはやけに上手い、サッカー初心者のようなものだったが瞬く間にめきめきと成長し、今では名門雷門サッカー部の、いや、HR優勝校のキャプテンだった。
人気が出ないはずがない。
朝練が終わった後も、隣のクラスの子が天馬を呼び出しているのを見た。
天馬の事だからきっと全部受け取っている。
今まではそんな光景見てもなんとも思わなかったが『好き』という気持ちに気づいた今は違う。
もやもやして、心がきゅーっと痛くなる。
だけど幼馴染みの私じゃ、何も用意していない私じゃ何も文句は言えない。

「…ホント、馬鹿だなぁ私」

小さく呟くと、友達が優しく頭を撫でてくれた。


そして放課後。
来た人から渡していくと皆嬉しそうに受け取ってくれた。
人数分作るのはマネージャーで手分けしても決して楽ではなかったがこの笑顔が見れるなら報われるというものだ。
おかげでこちらからも自然と笑顔が溢れる。
しかし天馬に渡す時だけはなんだか後ろめたくて笑顔がぎこちなくなってしまった。

「…葵?」

さすが幼馴染みといったところか、何か違和感を感じたらしい。
しかし私は一刻も早く会話を断ち切りたくて、仕事があるから、と逃げてしまった。
今は何を言えばよいのか、わからなかったのだ。


「葵ちゃーん!」

後片付けをしていると制服に着替えた信助をはじめ、皆が後ろに立っていた。

「もうすぐ終わるから先校門行っててー」
「分かったー」

1年生皆で帰るのは既に習慣となっていた。
勿論、各々に予定はあるので剣城くんがいなかったり、狩屋が変な気を回して私と天馬だけにしたり、一緒に帰る人数は色々だ。
だけど今日は珍しく皆いる。
今日はとてもそれが有り難かった。


「バイバイ葵ちゃん。クッキーありがとー!天馬もまた明日!」
「どういたしましてー!」
「またなー、信助!」

だけどやっぱり最後は二人になってしまう訳で。
信助に手を振るとなんとなく気まずい雰囲気のまま帰り道を歩いた。

「「………」」

天馬の家よりも私の家の方が近いので必然的に家の前まで送ってもらう事になる。
さっきは剣城くんのチョコの多さにあまり気にならなかったがこうして改めて見てみるとやっぱり天馬も結構もらってるんだなぁと悲しくなる。
天馬が右手に持っている紙袋がカサリとやけに大きく響いた。
そうしているうちに私の家の前に着いてしまった。

「じゃあね天馬。また明日」
「あ、うん…」

天馬に向かってどうにか笑顔を浮かべるが背を向けてドアに手を伸ばした時にはさすがにため息が溢れた。

「――葵!」

呼ばれて振り返ると天馬がポリポリと頬を掻きながら何か言いたげな表情をしていた。
私はドアにかけていた手をゆっくりとおろした。

「……何?」
「あの…さ、今年は葵…」

俺には、くれないの?

困ったように、少しだけ眉を下げながら笑う天馬の声には悲しさと寂しさが込められていた。
その言葉に、今まで抑えていたものが嗚咽と共に溢れてきた。

「う、う〜〜〜」
「え、ちょ、葵!?」

当然の事ながらいきなり泣きだしてしまった私に天馬は驚き、慌てて近寄ってくると汗臭いタオルを取り出して涙を拭ってくれた。

「え、俺なんか悪い事言った!?」
「ち、違う…ごめんね、天馬」
「へ?」

ごしごしと少し乱暴に拭かれたから目元が赤くなっているかもしれない。
だけど今はそれどころじゃなかった。

「も、勿論天馬に作る予定だったけど、何作ればいいかわからなくて…」
「へ?」
「天馬、今まで私があげたチョコの種類全部覚えてるからまた何か新しいものあげたかったんだけど、もう作れるものがなくて…」
「…それでくれなかったの?」
「………」
「別に葵がくれるならなんでも良かったのに」
「…それじゃ嫌なの」
「?」

私がこんなにもこだわる理由はわからないだろう。
いや、むしろわからなくていい。
この理由を知るのはまだ私だけでいい。
まだ私がぐすぐす鼻をすすっていると天馬がポツリと呟いた。

「だけど俺は、どんなものでもいいから葵から欲しかったよ」
「え…」
「いつくれるのかなって、ずっとそわそわしてたけど、葵くれないし。ずっと寂しかったし、物足りなかった」

勝手だよね、と苦笑いする天馬。
これは自惚れていいのだろうか。
天馬にとって、一番近くにいる女の子は私であると。

「…何食べたい?」
「え?」
「まだお店空いているし、バレンタインもまだ終わってないもん。リクエストしてくれるなら今から作ってあげる」
「ホント!?」

ちょっと時間かかるかもしれないけど。

私がそう言い終わらないうちに天馬はさっきの表情とは一転。
瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべた。

「だったら俺、葵のトリュフ食べたい!一昨年のやつ美味しかったし!」
「…ホント、よく覚えてるよね」
「え?」

作ったものは覚えていても、さすがに作った年は私も覚えていない。
ホント、変なところで記憶力いいんだから。
私はこっそり笑みを溢した。

「葵?」
「――なんでもない!分かった!後で持ってくね!」
「うん!」

さっきまで沈んでいた気持ちはどこへやら、一気に心に心地よい風が吹き抜けた気がした。
やっぱり恋って凄い。
好きな人の言葉1つで、元気になれる。

今日、初めて心から笑えた気がした。

さぁ、早く着替えて店に行かなければ。
玄関のドアを勢いよく開いた。


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今日も勝手に恋してる
title by 『魔女』

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