今日だけ、とくべつ(錦水)


「今年はどんなの作ろうかな」
「茜はマメだねぇ」
「水鳥ちゃんも作るんだよ」
「え」

昼休み、教室でふと思いだしたように茜がバレンタイン特集が組まれている雑誌を取り出した。
茜は去年もマネージャー皆で部活の人達にあげていたし、想い人や友達にチョコをあげていたので当然の考えだったが、まだマネージャーになっていなかった水鳥は去年はもっぱらもらう専門だった。
普段はスケバンとして恐れられているが水鳥の何事にも物怖じせず、物事をハッキリ言う性格には密かに憧れている人は意外と多く、下手すればそこらの男子よりもチョコをもらっていた。
勿論、水鳥自身は誰にもチョコをあげなかった。
しかし今年はそういう訳にはいかないらしい。

「なんであたしが作んなきゃいけないんだよ!」
「マネージャーだから。伝統なんだって」
「う…」

そう言われると言い返せない。
自身ではマネージャーではないと言いながら実際は茜達の手伝い、というよりマネージャー業に精を出しているし、自分でもマネージャーだと言い切った例もなくはない。
茜にニコニコと雑誌を差し出され、水鳥は軽くため息を吐くと仕方なく先ほど茜が見ていたページを開いた。

「つってもなぁー。あたしチョコなんて作った事ねーんだけど」
「一緒にやれば大丈夫だよ」
「別に買ったチョコあげれば…」
「ダメ」
「んじゃチョコ溶かしてまた固めれば…」
「それじゃつまんない」

水鳥が次々と妥協案を繰り返すが茜はそれを笑顔で一刀両断する。

「んじゃ何ならいいんだよ…」
「そうだなぁー」
「なんじゃ、おまんでもチョコ作るのか」
「げ、錦」

水鳥が椅子に寄っ掛かりながら半分匙を投げかけていると、上から見下ろすように錦が興味本位からか、からかい半分に声をかけてきた。
それを見て水鳥は顔をしかめる。

「うっせー、似合わないのは知ってんだよ。けど伝統なら仕方ねーだろ」
「伝統?」
「そっか、錦くんは去年留学でいなかったもんね。あのね、サッカー部では代々マネージャーが部員達にチョコをあげるのが決まりなの。だから楽しみにしててね」
「おぉ!それは楽しみじゃきに。けどおまん、チョコなんて作れるんか?」

喜びの声を茜に向け、後半の心配そうな言葉は水鳥に向けて言い放った。
からかうならまだしも、本気で心配されるのは腹が立つ。
水鳥は錦に噛みついた。

「あたしだってチョコぐらい作ろうと思えば作れるっての!」
「けどおまん、握り飯だってものすごい不恰好ぜよ。おかげでおまんが作ったものは一目瞭然ぜよ!」

あっはっは!とお気楽そうに豪快に口を開けながら笑う錦に水鳥もさすがに堪忍袋の尾が切れたのか、昼休みで人が多い教室で錦をビシッと指指しながら声高らかに宣言してしまった。

「上等だ!そこまでいうならこの水鳥様がお前にびっくりするくらい旨いチョコ食わしてやるから、覚悟しときな!」

こう宣言してしまってはもう引き返せない。
忘れたと言ってもこの場には数多くの証人がいるし、なりより一度言った事を取り消すのは自分の信念に反する。
しかしかといって全く後悔しない訳ではなかった。
ろくに料理もしたことないのにこうも大口叩いてしまうとは。
この時以上に自分の短気な性格を恨んだことはなかった。
しかし錦は水鳥の動揺など気づかず、おぉ、楽しみぜよ!とこれまた豪快に笑いながら教室を出ていった。

「どうしよ茜…」
「頑張ろうね、水鳥ちゃん」

項垂れる水鳥をおいて。


「はぁー…どーすっかなー」

あの騒動の後、昼休みが終わるチャイムが鳴ってしまい、仕方なくこの話は放課後まで持ち込んだ。
今は、葵も混ぜて茜の家でどんなチョコにするかを話していた。

「ったく、なんであたしが錦達なんかにわざわざ…」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。たまにはこういうのも」
「やっぱり、皆には一気に沢山作れるクッキーとかがいいと思うの」

まだぶつくさ言っている水鳥を葵が苦笑いしながら宥めた。
葵はもともと1人で作る予定だったが材料費が安くすむから、と茜に誘われお邪魔することにした。
20人近くの部員にあげ、友達にもあげるともなればまだ中学生の葵達のお小遣いには厳しいものがある。
そんな時にこのお誘い。
断る理由はなかった。

どんよりとしている水鳥を他所に、いつでもマイペースな茜は雑誌から簡単と書かれているクッキーのレシピを二人に見せた。

「あ、いいんじゃないんですか。焼き加減さえ間違えなければ失敗しないし。これなら水鳥さんでも大丈夫ですよ!」
「葵がそーいうならそれでいいんじゃねーか?」
「じゃあ決まり」

部員達にあげるのはすぐに決まった。
問題なのは、

「シン様達にはどうしよっか」
「やっぱり、ちょっといいものあげたいですよね」
「へ?」

茜と葵は先ほどまで以上に真剣に雑誌やレシピを見ている。
水鳥は一瞬ポカンとしてしまった。
しかしすぐに我に返ると身を乗り出した。

「お、お前らまさかクッキー以外にも何か作るのか!?」
「そりゃそうですよ。大切な人には特別なものあげたいじゃないですか」
「シン様も皆と一緒なんて有り得ない」
「お前らすげぇな…」

葵はあの幼馴染みに、茜は言わずもがな、神童に。
恋する女の子が成せる業なのだろう。
そう意気込む二人はキラキラと輝いていた。
しかし水鳥は自分には縁がないものだと呆れ半分に適当に雑誌のページを捲っていた。

「水鳥ちゃんも、錦くんに作るんだよ?」
「はぁ!?」

確認のような意味で茜から言われた言葉に思わず水鳥は変な声を出してしまった。
葵もそうだそうだというように頷いている。

「なんでわざわざ錦の為にそこまでするんだよ!クッキー作んだからそれでいいじゃねーか!」
「それはマネージャーからのバレンタイン。宣言したんだもん。ちゃんと作んなきゃダメだよ?」
「ぐっ…」

噛みつく水鳥をさらりとニコニコ笑いながらかわす茜。
茜の笑みにはもともと弱い水鳥だったし、そう言われると反抗しにくい。
水鳥は諦めて降参した。

「あーもー、わかったよ、作ればいいんだろ、作れば。こうなったらアイツにすげー旨いモン食わせてやる!」
「その意気ですよ、水鳥さん!」
「まぁ、錦くんなら水鳥ちゃんが作ったものならなんでも食べてくれると思うけどね」
「ん?何か言ったか、茜」
「――ううん、なんでもない」

水鳥は茜の答えに不思議そうに首を傾げながらも先ほどの二人に負けないくらい、くいるように雑誌に目を走らせた。
そして良さげなものは見つけては材料費がかかるやら、作り方が難しいといいながらまた1つ、また1つと候補をあげていくのだった。

――水鳥ちゃんは、気づいていないんだろうなぁ…

錦くんが、水鳥ちゃんからのチョコを欲しさにああやって挑発した事に。

勿論、ただ単にチョコが欲しい訳ではなかった。
その証拠に、錦はちゃかしながらもいつも水鳥が作ったお握りを一番に目をつけては口一杯頬張っている。
要は、水鳥から特別な何かが欲しいのだろう。
ただ残念な事に、その気持ちの奥底に眠る根本的な想いには錦本人が気づいていなかった。
しかしそれは水鳥も同じ事。
口では文句を言いながらもちゃんと錦の事を考えてレシピを選んでいる。
先ほど水鳥が材料費が高いと言って投げたものの中には錦があまり好ましく思わないお菓子が数多くあった。
しかしそれも無意識なのだろう。

早く二人共気づけはいいのに。

そう思いながら茜は二人の会話に混ざった。


「で?結局何作ったんじゃ?」
「ガトーショコラ…」

水鳥にとっては余計なお世話だったが、茜が変な気を回したせいで今は部室に水鳥と錦、二人きりだ。
仏頂面で差し出したにも関わらず、錦は意気揚々と箱から中身を取り出した。
水鳥はその間もそっぽを向いている。

「水鳥…」
「んだよ」
「焦げちょる」
「文句言うなら食うな!」
「食う食う!食うぜよ!」

水鳥がそう吠えながら錦からガトーショコラを取り上げると慌てて錦は態度を変えた。
焦げていると言っても食べられないほどではない。
錦は焦げている部分を避けてフォークを突き刺し、大きく口を開ける。
モグモグと口を動かす錦に水鳥がやはり気になるのか、横目でそっと盗み見る。
そして錦の感想は。

「…微妙ぜよ」
「…っそこは嘘でも旨いって言え!」
「おわっ!」

首を傾げる錦に水鳥の拳が飛んでくる。
錦はそれを難なく避けると嬉しそうに笑った。

「けど作ってくれて嬉しいきに。感謝ぜよ!」
「〜〜〜っ、」

無邪気に笑いながらそう言われると何も言えなくなる。
水鳥は拳を下げると錦に背中を向けた。

「水鳥?」
「…来年は、もっとマシなやつ作ってやる」
「!、おぉ!楽しみじゃ!」

照れ隠しなのか、水鳥は口を尖らしながらも頬を少し染めてそう言うと錦は口元に食べかすをつけながらも満面の笑みを浮かべた。

水鳥はあまり恋愛だとかいうものはわからない。
それでも、錦の此方までホッとするような笑顔は決して嫌いではなかった。
その笑顔を見るためなら、慣れないお菓子作りも悪くないな、とこっそり思っていたのは水鳥だけの秘密だった。
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今日だけ、とくべつ
title by 『魔女』

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