そこから始まる恋の予感(浜茜)


*拓勝要素あり。


「ちゅーか、チョコが欲しい…」
「はぁ?」

今日から2月。
2月と言えば、女の子にとっても男の子にとっても特別なイベント、バレンタインがある。
2月に入れば女の子は当日の為に早速準備したり、美味しく出来るか、ちゃんと受け取ってもらえるかドキドキし、男の子は当日どれだけもらえるか、もしくは好きな子からもらえるか、ソワソワする日が続く。
浜野も、そんな普通の男の子の1人だった。

浜野が自分の机でぐでーっとしていると上から倉間の呆れた声が降ってきた。

「お前、去年結構チョコもらってたじゃねーか」
「訂正。本命チョコが欲しい」
「何個かもらってただろ」
「…訂正。好きな子から、本命チョコが欲しい…」
「あー…」

浜野が机に顔を埋める。
浜野の言葉を聞いて倉間は気まずげに目を反らした。

「ちゅーか、きっと今年もマネージャーとしてとの別にもう一個用意してるんだろうなぁ…」
「なんたって大切な『神サマ』へだもんな。去年も瀬戸に背中押されてなんとか渡してたし」
「倉間…ちゅーか、人の傷抉って楽しい?お願いだからもっと優しくして!」
「わ、悪い…」

浜野が足をバタバタさせながら喚くと倉間は若干たじろいだ。
浜野の様子はさながら小さな子が癇癪を起こしているようだった。

浜野が山菜茜に想いを寄せているのを知っているのは倉間と、この場にはいないが速水だけだった。
茜が『神サマ』の大ファンであることは周知の事実だったし、その隙間に誰も入る余地がない事を痛いほど分かっていた浜野は自身の想いを隠す事に決めた。
伝えても、困らすだけだと分かっていたから。
しかし、それでも好きな子には多少なりとも態度は変わってしまうもので。
いつも一緒にいる倉間と速水にはいつの間にか気付かれてしまったようだった。
二人にそう指摘されてから浜野はこうしてたまに二人にだけ愚痴を漏らすようになったのだ。

「けどま、一応義理だろうとなんだろうと、好きな奴の手作りチョコがもらえるんだから素直に喜んどけよ」
「ちゅーか…そんなの分かってるって…」

浜野の語尾がだんだん小さくなる。
倉間は小さくため息を吐くと、不器用ながらもその項垂れた頭をガシガシと、少しだけ優しさを込めながら撫でた。


そしてバレンタイン当日。

「浜野くーん、これあげるー!」
「おー!ちゅーか、皆今年もありがとー!」

去年も気さくで明るい性格が人を惹き付けるのか、浜野はいくつかのチョコを受け取っていた。
しかしそれ以上に名門の雷門サッカー部のレギュラー、そのうえHR優勝はそれなりのブランドになるらしい。
浜野だけでなく、倉間や速水も確実に去年よりも多くのチョコをもらっていた。
しかし、その中に浜野が本当に欲しいチョコは入っていなかった。

そうして午前中が終わり、待ちにまった昼休み。
今日は3人とも購買だったので急いで廊下を走った。
早く行かないと目当てのものが手に入らないどころか、売り切れてしまう可能性があるからだ。

(あ、)

しかしそんな時、浜野の視界にある人物が入った。

「速水ー、倉間ー!ちゅーか、俺用事思い出しちゃったっぽい!先行っててー」

浜野は軽く手をあげながらそう早口に言うと二人の返事も聞かず、購買の方とは別の道を先ほど以上に駆け足で駆けていった。
目指すは、大好きなあの子の所。

「やーまなっ!」
「!、浜野くん…」

気持ちを言わないとは決めているが、誰も積極的にアピールしないとはいっていない。
というより、浜野の性格上、するなと言われても無理な気がする。
つまり浜野が部活以外でも茜に話しかけるのは日常茶飯事だったのだ。
それもあってか、茜は急に話しかけられた事に驚きはしたものの、いつものようにのほほんと受け答えた。
浜野はそんな普通の事でさえ頬が緩むのを止められなかった。

「どうしたの?」
「んー?別に用はないけど山菜が見えたから!…ちゅーか、山菜眠そうじゃね?」

よく見ると、珍しく茜の目の下にうっすらとクマができていた。
そのうえ欠伸のせいか、目尻には涙が少し滲んでいた。

「昨日チョコ作るので忙しくて…。あ、ちゃんと後で部活の時に皆に配るから待っててね」
「うん!ちゅーか山菜のチョコ美味しいから楽しみ!…あれ?その袋は?それもチョコ?」

茜は右手に淡い緑色の小さい紙袋を持っていた。
ここからでも、甘いチョコの匂いが漂ってくる。
浜野がそう問うと茜は頬を染めた。
これはもしかして、

「うん。神サマへのチョコ。渡しにいこうと思って」
「あー…そっか。あれ、ちゅーか、この道神童の教室と真逆じゃね?」

必死に笑顔が崩れないように表情を保つ。
どう見ても、そのチョコが本命なのは明らかだった。
わかっているとはいえ、実際に現実を突き付けられるのは辛い。

「神サマ、教室だとゆっくりご飯食べられないから今日は部室で霧野くんと食べてるみたい。さっき霧野くんが教えてくれたの」
「そっかー…ちゅーか、受け取ってもらえるといいね」
「うん」

勿論、あの神童が人からもらったものを突き返すなどとは考えられないが一応社交辞令みたいなもので茜に笑いかける。
浜野がそう言うと茜は花が咲いたように笑った。

(可愛い…けど、全部『神サマ』だからだもんなぁ)

「浜野くん?」
「あ!えーとえーと、ちゅーか早く行った方がいんじゃね?ごめん、引き止めて!」
「ううん。じゃあまた部活でね」
「おー!」

浜野が急かすと茜は踵を返すとパタパタと駆けていった。
茜がいる間はどうにか笑顔を保っていたがどうやら限界だったらしい。
茜の姿が見えなくなるとその場にしゃがみこんだ。

「…ちゅーか、購買行かなきゃ」

浜野は小さくため息を吐きながらクシャリと頭を掻くと立ち上がり、速水達が待つ購買へと向かった。


そして部活の時間。
例年通り、終わってからだと慌ただしいので来た人から順にマネージャーからチョコを受け取る。

「ハイ。どうぞ」
「ありがとー!」

浜野も速水達と一緒に茜からチョコを受け取る。
ここまでは去年と一緒。

(…あれ?)

ただ違うのは、茜の目尻が赤くなっている事。
笑顔が、固くなっている事だった。

(…ちゅーか、なんで泣きそうなの?)

本当は問いただしたかったが、なんだか聞いて欲しくなさそうだったので浜野は大人しく倉間達を追って更衣室に入っていった。


「うーん…」
「んだよ、さっきから随分と上の空じゃねーか」

今日の部活はグランド。
暖かな日差しの中、雲1つない青空の下、天気の様子とは裏腹に、浜野は倉間と一緒にストレッチをしながらうんうんと1人で唸っていた。
鬱陶しそうに倉間は浜野に問いかける。

「いやー、ちゅーかさ、山菜の様子が気になってさ」
「あぁ…なんか眠そうだったよな。でもそんなの他の2人も同じじゃねーか」
「そうじゃないって!なんかさー…」
「…よくわかんねーけど気になるなら直接聞けばいいだろ」
「んー…」

倉間がそうアドバイスするが浜野の返事は煮え切らない。
聞きたいのは山々だがはたして聞いても良いのだろうか。
浜野にしては珍しく考えこんでしまった。
そうしているうちに集合の笛が鳴った。

そしていつも通りメニューをこなし、休憩の時間。

「浜野くん、ドリンク」
「ん…ありがと」
「?、どうかしたの?」
「んー…ちゅーか山菜さぁ…」

浜野がドリンクを口にしながら茜には目を合わせないように話しかける。
その時だった。

「眠い…」
「へ?」

茜が浜野の方へ倒れこんできた。
浜野は慌てて抱き止めるがその際まだ中身が沢山入ったドリンクを落としてしまった為その音で一気に皆の視線を集めた。

「え、ちょ、山菜!?」
「山菜さんどうしたの!?」

一様に皆驚いているが浜野が耳を澄ませると微かに寝息のようなものが聞こえてきた。

「寝、てる…」
「茜、随分と昨日遅くまでチョコ作っていたからなぁ。授業中も眠そうだったし」

水鳥が呆れたように笑いながら近づいてくる。
そう言われるとなんだか耳が痛い。
水鳥が軽くペチペチと茜の頬を叩くが起きる気配はなかった。

「あらら…。でもそのままっていう訳にはいかないし、浜野くん、悪いけど山菜さんをとりあえず部室の方へ運んでくれる?起きたらそのまま帰させていいから」
「あー…はい」

春奈は苦笑しながら浜野に頼んだ。
浜野は出鼻を挫かれた気がしたがそれ以上に茜とこんなに接近したのは初めてだったので軽く放心していた。
浜野は我に返ると茜を背中におぶり、部室へと駆けていった。
その時、浜野の口元が緩んでいた事に気がついた人は誰もいなかった。


「よっ…と」

壊れものを扱うかのように優しくソファに寝かせると浜野は茜の鞄を取りにいった。

(ちゅーか山菜って軽いなぁ〜。それとも女子って皆あんなもんなの?ちゅーか山菜の体柔らかかった…!)

そんな事を思いながら再び茜のもとへ戻ると茜はまだ眠っていた。
浜野は床に座りこんで茜の寝顔を見つめていた。

(…ちゅーか、山菜が俺に夢中になればいいのに)

チョコ作りで寝不足だと言っていたが正確には『神サマ』へのチョコ作りで寝不足なのだろう。
そんなにも、茜に想われている神童が羨ましかった。
そんな時だった。
我ながら不毛な片思いしてるなぁと1人ため息を吐いていると茜の鞄から見覚えのある袋が見えた。

(これ…神童への…)

それは、昼間茜が持っていた緑色の紙袋だった。
悪いと思いながらも鞄から袋を出すと中にはチョコも入っていた。

(ちゅーか…なんで?)

浜野が疑問に思っていると後ろから身動ぎする音が聞こえた。

「ん…」

ギクッとしながらも恐る恐る振り返るとそこにはまだ目がトロンとしているが目を覚ました茜がいた。

「や、山菜…」
「あれ…どうして私…」

半ボケなのか茜は目を擦っていたが浜野が持っているものを見ると大きく目を見開いた。

「浜野くん…」
「あ、えっと、ごめん!昼に持ってたのになんでまだあるのかなー…って。渡せなかったの?けどまだ部活終わってから渡すってのも―…」
「違うの」
「え、」

気まずさを誤魔化すように笑いながら浜野が早口でまくし立てるがそれを遮るように茜の冷たい声が部屋に響いた。

「渡せなかったんじゃない。受け取ってもらえなかったの」
「まっさかぁ、だって神童だろ?」

浜野は軽く笑い飛ばすが茜は弱々しく首を振った。
さすがにその雰囲気に浜野も態度を変えた。

「…ちゅーか、マジで?」
「…神サマ、好きな人いるんだって。だから誰のものも受け取れないって」

そう言いながら茜の瞳は潤んでいった。
今までは、自身の希望もあって茜の神童を想う気持ちはファン的な意味が強いと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
茜は本当に、浜野が茜を想っていると同じくらい、神童が好きだったのだ。
最初は茜も堪えていたみたいだが、だんだんと抑えが効かなくなったのか、遂に雫が茜の頬を伝ってぎゅっと握りしめている手の甲に落ちた。
それを見た瞬間、浜野の中で何か弾けた。

「浜…野、くん…?」
「ちゅーか、俺にしちゃいなよ…」

浜野は立ち上がると頭から茜を勢いよく抱きしめた。
茜が神童を想う気持ちに負けないくらい強く。
いっそ神童の事など忘れてしまえばいいと思いながら。
しかし行動とは裏腹に浜野から出た言葉は普段から想像できないほど、弱々しかった。

それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
5分かもしれない。1分かもしれない。はたまた10秒も満たなかったかもしれない。
浜野はゆっくりと茜を自分から離した。

「浜野、くん?」

当然の事ながら茜は驚き、戸惑っている。
浜野はいつものようにニッと笑う。

「浜…」
「スミマセンでした!」

すると突然浜野は腰を90度曲げて大声で叫んだ。
そのままぐるんとドアの方へ向くと一直線に全速力で駆けていった。

「行っちゃった…」


「倉間ぁぁぁー!」
「げほっ!…んだようっせーなぁ。山菜はどうした…」
「ちゅーか、やらかした…」

浜野はそのまま倉間に後ろから突撃した。
倉間は若干噎せながら後ろに振り返って声をかける。
しかし見たことないくらい顔を赤くした浜野を見ると思わず言葉を失った。

「…お前何しでかしたんだ?」
「聞かないで!ちゅーか思い出すだけで恥ずかしい!」

だけど確かにこの日、1つの恋が動き始めた。
―――――――――――
そこから始まる恋の予感
title by 『秋桜』

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