頂き物 再び訪れる朝日の昇る場所    2013/11/07 22:34

いつかのレイタマの話をマナベさんが書いてくれました。
転載許可いただいたので!
トキオエンド前提です。


再び訪れる朝日の昇る場所 1
――――――
自由を失った右足を引きずりながら、何度となく足を運んでいる病室へと向かう。
俺の足はあのヘリコプターでの戦闘の後、特殊部隊の最前線で任務を遂行するには不適格な足となってしまった。
日常生活ではほぼ支障は無いが、生死に係わる戦闘の最前線となると話は別だ。
隊長の厚意でJ部隊には籍を置いてもらっているが、実際は後方支援もままならないのが現状である。
銃の腕には自信はあったが狙撃手というほどでもなく、パソコンを使うのも報告書を作成するのが精々な自分には諜報班になれるようなコンピュータのスキルも持っていなかった。
あの事件でカナエを失ったうえに、足の自由まで失ってしまった。
そして自分の居場所も・・・
気づくと廊下の真ん中で立ち止まっており、不自由になった足を見つめていた。



何度目だろうか。
スライド式の白いドアを前にして一呼吸するのは。
また今日も枕が飛んでくるのだろうか・・・いや、枕だったらまだ良い。
どうやって手に入れてきたのか、メスやハサミが飛んでくる時だってあるぐらいだ。
病室の主である彼は、今日も俺を見ると銀髪を逆立て赤い瞳を怒りに染め睨みつけてくるのだろう。
レイは俺を嫌っている。
でも俺はレイに会おうと思う。
俺は彼の大切な人を奪い、そして失わせてしまった人だから。
同情や償いと言われてしまえばそれまでなのだが、彼がアマネやカナエの後を追ってしまうのではないかと心配な気持ちがあるのも本当だ。
そして好きの意味はきっと違っても、好きな人が、カナエが側に居ない悲しい感覚は一緒だと思うから。


己の拳を見つめて気持ちを引き締め直し、ドアをノックした。

「こんにちは」

俺は覚悟を決めて白いドアをスライドさせた。
ヒュン
耳を掠める音。
一瞬、目に映った鋭い切っ先。
何が飛んできたかなんて判断はつかなかったが、それが危険な物だという事だけは一瞬でも理解できた。
左足に重心をかけ、身体を捻る。
最前線から退いたといっても、それぐらいはまだ出来る。

「なんだ、当たらなかった。今日こそお前の頭に刺せるかと思ったのに」

飛んできた物に視線を移すと、自分を超えた廊下の壁にはフォークが刺さっていた。

「フォークなんて投げたら危ないだろ。後ろに人が居たらどうするんだ?」

「知るか。当たったら死ぬか怪我するだけだ」

「だからそれが危険なんだろ」

俺は一度廊下に出て、壁に刺さったフォークを抜いて病室へ戻った。
するとレイはぷいっと俺から顔を背けて、窓のほうを向いてしまった。

「フォークはここに置いておくよ」

返事はない。

「傷はまだ痛む?」

背中を向けたまま何も言わない。

「ご飯はしっかり食べられた?」

うんともすんとも言ってくれない。
こちらの声にもう反応するつもりは無いみたいだ。
相変わらずの持久戦だ。
ため息をひとつ零し、手近にあった椅子に座った。

「・・・帰れよ」

ぶっきら棒な声が返ってきた。

「帰らな・・・わっ!」

枕が飛んできた。

「危ないなぁ」

「帰れっ!」

真っ赤な瞳は憎しみの色に満ちていた。
今にも零れ落ちそうな涙が、心に突き刺さる。

「俺のこと嫌いか」

「当たり前だろ!俺からカナエを奪って、アマネの居所を分からなくしたのはお前だろ!」

そう。彼から大切な人々を奪ったのは俺自身だ。

「うん、そうだね。・・・俺がいるとレイの傷に触るみたいだね」

そっと立ち上がった。

「でも、また来るよ」

レイに背中を向けた瞬間、顔の横を何かが掠めた。
ピリッと頬が痛んだ。
白いドアに突き刺さったのは、手術用のメスだった。

「もう、二度と来るなっ!」

振り返ると、銀髪を逆立て今にも泣き出しそうな顔で俺を睨んでいた。

「それでも必ずまた来るよ。俺はレイが心配だから」



病院のエントランスの自動ドアを抜けると、トキオは芝生の上に居た。
膝の上にも背中にも子どもを乗せて楽しそうに遊んでいる。
その姿はまるで保父さんのようで、銃を撃っている姿なんかよりもとても似合っていると思った。

「お待たせ」

近付かずに声だけで呼びかけると、トキオは膝に乗せていた子どもを立たせ、自分も立ち上がった。
近くに居た看護師さんが、お礼を言っているのが聞こえたので、よく見ると遊んでいた子どもたちはパジャマを着ていて、彼らが患者だということが知れた。
俺は彼の近くまで行こうとしたら、その場から動かなくて良いというように手を突き出された。
程なくしてトキオは俺の隣に並んだ。

「人気者だな」

「子どもは好きだからな」

「おにーちゃーんっ」と子どもの声が聞こえると、先ほどの子どもたちがこちらに向かって手を振っていた。
何処へ行っても直ぐに馴染んでしまう彼の特技はやっぱり凄いと思う。

さて、帰ろうかと帰路を促される。
言葉に従うように病棟に背を向けた。
トキオは何故か俺と一緒に病院へついてこようとする。
「一人で行けるから大丈夫だ」と言っても「お兄さん暇だから一緒について行っても良いだろ?」と言ってついてきてしまう。
そんな事を口では言っても本当は暇ではないのを知っている。
トキオも下準備を始めているのだ。
俺と一緒に特殊部隊を辞める為に。

「もう会いに行くのは止めたらどうだ」

トキオの手が俺の頬を撫でる。
そこは先ほどレイの投げたメスで傷ついた場所だった。

「だって、心配じゃないか」

「心配?何が」

「レイが慕っていたカナエもアマネも行方の知れないままで、もしかしたら・・・死んでいるかもしれない。そんな状況だから、レイが2人のあとを追って・・・」

クスッとトキオが笑った。

「大丈夫だ」

「何でそんな断言できるんだ」

「生に対する執念深い匂いがする」

トキオの目がレイの顔を思い出しているからか、鋭く光る。

「匂い?」

「あぁ、俺と同じ匂いだ」

「トキオと?」

「タマキには分からないさ。さ、帰ろう」

右足をケアするようにトキオの手が俺の腰に添えられる。

「分からなくない!俺はレイが心配でっ・・・むぐっ!?」

「良い子だタマキ。でもな、育った境遇が違うと理解できることと出来ない事もあるんだ」

突然公衆の面前で突然キスをされ、俺のしている行為を全て否定されているようで苦しくなった。

「何するんだっバカッ!それに悲しいって気持ちと、さみしいって気持ちは俺にだってわかる。レイが心配なだけなんだ!」

抱きしめるようにしていたトキオを突き飛ばした。

「っと、あまり無理するな」

「お前なんか知らないっ!」

俺は走り出したいのに、急に動かそうとした右足はうまく言うことをきいてくれなくて走れなくて、それでも必死でトキオから逃げるように、悔しさから逃げるように不自由な足を引きずりながらトキオから逃げた。




再び訪れる朝日の昇る場所 2
――――――
今日は一人で病院に来た。
トキオに一昨日あんな事を言われて一緒に付いてきてほしいなどと思わなかった。
こっそりと部屋を抜け出し、バレないようバンプアップを後にした。
俺は俺がレイにしてやれる事をしたいと思うまでだ。
トキオにも誰にも関係ない。
彼の側に居てやる事。
これがレイに対する俺の使命だと思っているから。


スライド式のドアの取っ手掴み引くと、今日もフォークが飛んできた。

「危ないって言っただろ」

俺は廊下の壁に突き刺さったフォークを抜き部屋に入った。
壁にはレイが俺に物を投げてきた数だけ穴が空いている。

「死ねよ」

「乱暴な奴だな」

近くにあった丸椅子を引き寄せ座った。

「座るな。帰れよ」

「帰らないよ」

「なんでだよっ!」

また枕が飛んできた。

「今日は一人だから」

「は?」

「今日は一人で来たから。だからずっとレイと一緒に居るよ」

「お前が一人とか信じられるか。いつも一緒に来ていたお前のお守役はどうしたんだよ」

レイは窓の外を見下ろしながら言った。

「お守役?トキオの事か」

俺は受け取った枕をベッドに置く為に立ち上がると、レイ視線の先。
彼の居るベッドの上からはトキオがよく子どもたちと遊んで待っていた芝生が見下ろせた。

「知ってたんだな。俺が一人で来ていない事」

「お前が一人になる所を見た事が無い」

「そう言われると・・・そうかもな。でも、今日は居ないだろ。誰かを待たせる心配もない。だからずっと今日は居るよ」

「関係ないって言ってるだろっ!帰れっ!!」

ドンッと力強く胸を押された。
強い力に俺は踏ん張る事が出来ず、背中から床に転倒した。
近くにあった丸椅子がぶつかり派手な音を立てる。

「痛たっ」

「・・・なんで・」

「え?」

「なんでそんなに簡単に吹き飛ばされるんだよっ」

突き飛ばした筈のレイが泣きそうな怒りそうな顔をして俺を見下ろしていた。

「知ってるだろ。ヘリコプターの中でアマネと交戦で俺は右足を負傷したって」

床に手を付き右足を使わないで立ち上がった。

「だからって・・・」

「ある程度は大丈夫だけど、そんなに強い力で押されたら流石にな」

「嫌だぁぁぁっ!!」

突然ヒステリックな声で叫んだレイに驚いた。

「レイ?」

「お前まで壊れちゃうなんて!」

そう言って俺を見たレイの顔には涙が目いっぱい溜まっていた。


レイは動かなくなった俺の足が信じられないようで、2、3度、肩を押された。
その度、軽い力でもよろけ倒れてしまう俺を見て、唸って、首を振っていた。

「レイ・・・」

「お前本当に弱くなったんだな」

『弱く』というストレートな言葉に胸の痛みを感じながらも、初めて見る真剣な顔に俺は頷いた。

「ヘリコプターの中でアマネに刺されたんだ」

鋭利なナイフで刺された太ももをパンツの上から摩る。
大きな傷だった為、そこはケロイドとなって跡が残っている。

「なんでお前が生きていて、カナエが居ないんだよ。アマネが居ないんだよっ!!」

レイは枕を掴んで投げようとしたが止めた。

「なんでだろうな。俺にも分からないんだ。気付いたらベッドの上に居て、さっきまで戦っていたアマネも隣に居た筈のカナエも居なかったんだ」

「お前が死んでカナエとアマネが俺と一緒に居てくれたら良いのに、なんでお前がここに居るんだよっ」

「なんでだろうな?本当に俺にも分からないんだ」

そう言うしか出来ない。
本当に自分でも分からないのだから。
なんで自分だけが生きていて、カナエやアマネの姿が見えないのか。

「カナエもアマネも俺の大切な人だったんだ」

「見ていてそうだと思っていたし、カナエからもレイの事を大切な弟みたいな子だって聞いてた」

「お前の口からカナエの事が出てくるのはムカつく!お前が居なければ、俺の隣からカナエが居なくなる事も、アマネが居なくなる事もなかったんだ」

レイには俺が全ての悪の元凶に見えるのかもしれない。
この事件に至るまでのすべてがレイにとって重要なのではなく、レイの大切な人たちが居なくなったという一点が重要なのだと気付かされる。

「本当に大切な人だったんだな」

「当たり前だろ、俺の好きな人なんだ」

「アマネもなのか?」

「は?」

「アマネもカナエみたいに大切な人な人なのか?」

「当然だろっ」

「俺には冷酷で怖い人という印象しかなかったんだが、えっと・・・カナエからも聞いた話と、レイからも聞く話だとそうでも無いんだなって思って」

「う・・・ん。アマネちょっと怖い」

甘える子どものように唇を尖らせながら言うレイが可愛らしく感じる。

「やっぱり怖いんだ」

「でも、ご飯くれた!」

「うん」

「寝るとこ用意してくれたし、字を教えてくれた。あ・・・でも、訓練厳しいし怖いしすぐ怒るし何回かほんとに殺されかけたけど。 それでも俺をまたあの場所に捨てる事もしなかった。いつもカナエと一緒に居られるようにしてくれた」

アマネとの思い出をキラキラと話すレイに俺は言葉が詰まった。
カナエからもある程度スラムでの状況は聞いていたが、俺にとっては当たり前の事がスラムに居る子どもにとって食べる事も寝る事も勉強をする事も当たり前ではなかったのだ。

「ごめんな」

ナイツオブラウンドを壊滅させる事は必要な事だったが、それとカナエやアマネが居なくなってしまったと言う事はレイにとってイコールではない。

「お前本当に殺されたいのか?」

「え?」

「謝るなんて俺に殺されたいんだろ?」

ドンと強く肩を押された。
レイは先ほど俺が踏ん張れないという事を知っていながらしてきたのだ。

「ぐっ!?」

喉元を押さえつけられ、目の前にフォークを突きつけられた。

「謝るなんて、俺に失礼だ!」

「そっか、そうだよな。でも、俺には謝る事しか出来ないんだ」

目の前に突きつけられるフォークをぼんやり眺めて言った。

「それとな俺、J部隊を辞めるんだ。俺が日常生活を送るのがやっとなのはわかってくれただろ?」

「なら、もう此処へも来ないのか・・・」

その目が捨てられた子どものような目をしていた。
五月蝿く思われながらも俺は少しでも彼の何かになれているのだろうかと思ってしまう。
彼の生きる意味の何かに。

「それとは別の話だ。俺は特殊部隊を辞めても警視庁を辞めてもレイのお見舞いには来る。でも、足の不自由な俺が特殊部隊に身を置いている意味はなんだろうと考えたんだ。それで他に出来る事は無いかと思って、警視庁を辞める事にしたんだ」

「辞めて何するんだよ」

「孤児院をするんだ」

「は?」

「カナエやレイみたいな子が少しでも減れば良いなって思ってさ」

レイは驚いたように赤い目を大きく見開いている。

「孤児院は一人でやるのか?」

「トキオと一緒にやるんだ。あ、トキオは窓の外に居たアイツな」

「お前ソイツが好きなのか?」

まるで動物のようにレイは何かを感じ取ったのか真剣な眼で聞いてくる。

カナエを失った悲しみが癒えてきたと思えたのは最近の事だ。
毎日が漠然と過ぎ、通り過ぎていく時間の中でふと隣と見るとカナエでは無くトキオの姿が側に居た。
何気ない日常の中、隣に居てくれる優しさ。
それは自分の中に欠けていた何かを少しずつ埋めてくれている気がしていた。
そんな風に感じるようになった頃、トキオから告白された。
俺は一瞬戸惑いもしたが、すぐに頷いた。
トキオが俺の何もかもを分かって言ってくれた言葉だと知っているから。
何もかもを知っていながら言ってくれたトキオの気持ちに応えたい思いが俺の中にも溢れ出てきていた。
そしてトキオが居てくれるから警視庁を辞める勇気も持てた。
俺の居場所を作ってくれたから。
逃げでは無い未来を。

「そうかもしれない」

「そうやってカナエを忘れてくんだ!! 俺からカナエを取り上げたくせに!!」

再びレイは大きな声をあげた。
ポロポロと赤い瞳にから途切れる事の無い涙を湛えながら。
泣きじゃくるレイから突き付けられていたフォークを受け取ってから、そっと抱きしめた。
レイは抵抗する事無く俺の腕の中におさまった。
肩が濡れる。
嗚咽の声が胸に響く。
彼の悲しみを少しでも受け止められたらと、泣き止むまで抱きしめた。


「忘れるつもりはないけど、俺忘れっぽいからさ。忘れないようにカナエの話聞かせてくれよ。それに一緒にいたのは2年位だけど本当のカナエの事ほとんど知らないんだ」

レイの涙が枯れる頃、聞いてみた。
本当に俺はカナエの事を知らない。
カナエがどのような世界で生きてきたのか。
どのような人生を歩んできたのか。
一番近くで見てきたレイの口から聞いてみたいと思った。

「いっぱい話してやる。お前の知らない俺の大好きなカナエの事」

「うん。いっぱい聞かせて」


随分と長い時間話した気がする。
話している途中で眠くなると2人で病室のベッドで丸くなって寝た。
俺がレイの布団に入り込むと「あっちに行けよ」と押してきたりしたが、眠りに着く頃には甘える子どもの様に俺に抱きついてきた。
目が覚めてまだ眠そうに半分しか開かない目に「おはよう」と言うと、嬉しそうに笑った。
きっとレイとカナエが過ごしてきた日常はこういう感じだったのかもしれない。
話だけではなく、全てをカナエが居た時の様にレイは行動をしていたように見えた。
それは傷を負った心が、現実を理解する為に同じ行動をするように。

数日一緒に生活をして何かを思ったのかレイは突然話を切り替えた。

「俺もする」

「え?」

「俺もお前と孤児院する!」

「えぇっ!?」

「ダメだなんて言わせないぞ」

レイは楽しそうに頷いている。

「えっと・・・」

「もう決めた」

ベッドの上に座る俺の腰に抱きつきながら言ってきた。

「あー、うん。とりあえずトキオに確認してみるよ」

俺は楽しそうに言うレイに即座に判断は出来なかった。
鬱々と人を恨む目をしていたレイが希望に満ちた目をしている。
トキオは頷いてくれるのだろうか?
俺とトキオとレイ。
どんな生活が待っているんだろう。

でもきっと、この先の未来には今より楽しい明日が待っていると信じている。




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