終わると良いなあ、と無事終わりました。   2013/10/06 00:12

華族の邸宅が並ぶ通りを高級車が走る。
それだけなら何の不思議もない。
しかしその車はアニメの美少女がペイントされている、いわゆる痛車だ。
悪目立ちすることこの上ない。

意外と運転が上手い、と悪趣味な車の助手席でキヨタカはオミを見ながら思う。
慣れた道のようで迷うことなく進んでいく。
オミは喋らない。
ラジオを付けたら「周りの音が聞こえない」とすぐに消された。
手持ち無沙汰で外を見るが暗くて何も見えない。
ただ、この辺りは見覚えがある。
子供の頃はよく父親に華族の夜会に連れて行かれた。
当然この付近も何度も来た事がある。
あれは、正直つまらなかった。
将来の為の顔つなぎとは言っても十代の子供には退屈以外の何物でもなかった。
まあ、お陰でヒカルと出会えたわけだが。
ついでにカゲミツというおもちゃも見つけられた。

思い出に浸っている間に、どこかの邸宅の門前で停車する。
他の邸宅に比べて少し荒れている感じがした。
「開けるから乗ってて」
そういってエンジンを掛けたままオミが運転席から降りる。
どうやら自動では開かないらしい。
金属の門を体重を掛けて押し開けるとすぐ車に戻ってきた。
閉まり始めた門を急いですり抜けた直後に重い金属音が響く。
急発進したわりに加速は滑らかだった。
今度からカゲミツではなくこいつに運転させよう。
「部隊の運転手は断るからね」
「隊長命令だ」
「そういうのはカゲミツの役目だよ」
「と言うか俺の心を読むな気持ち悪い」
「何言ってんの?」
「お前が気持ち悪いと言っている」
「あんたの方がよっぽど気持ち悪いと思うけど」
「部隊でアンケートを取ってみるか?」
「そんなのあんたが有利に決まってるから」
「そうだな、俺が正しいにカシオミニを賭けてもいい」
「はぁ? 着いたよ、降りて」
喋っているうちにとても滑らかに、減速を全く意識させずに車が止まった。
やはり今度から運転手だな。

降車して辺りを見回すキヨタカに言う。
「俺の家だよ」
「ああ、分かる。覚えているよ」
「車で入れるのはここまでなんだ。ご老体に悪いけどここからは歩きだよ」
「何を愚かな。一晩に何か――」
「あんたがキャリアってあたり帝都はお先真っ暗だね」
付いてくるのを確認せずにさっさと歩き出した。
雑草に混じって色とりどりの秋の花が咲いている。
かつては我が家自慢の庭園だった。
今では人の領域を侵食するように植物が自由に生い茂っている。
人が住まなくなるとあっという間に家は荒れる。
まるで自然が人に奪われた領土を取り戻しているみたいだ。
昔の、綺麗に整えられた庭も良かったけど今は今でそれなりに美しいと思う。
かろうじて見える石畳をランタンで照らして辿る。

「懐かしいな」
東屋を見てキヨタカが言った。
「カゲミツのファーストキスの場所だったね」
その辺に座って、とオミが東屋の椅子を指差した。
この辺りだけ明らかに手入れがされている。
オミかオミの従者だったヒサヤが時折来ていたのだろう。
「何だ、見ていたのか」
「まあね」
「そのわりに知らばっくれたじゃないか」
「見てたのは最後の方だけ。何となく見なかった事にした方が良いだろうと思ったからね」
水筒に入れてきたコーヒーを紙コップに注いでキヨタカに渡す。
「子供の頃から腹黒だったのか」
「何をしていたか理解したのは大きくなってからだよ。あの時は単に二人が隠したがってそうだったから何も言わなかっただけさ」
「今のセリフを是非カゲミツに聞かせてやりたいな」
コーヒーを噴出しそうになったのか、咽ながらオミが笑う。
「憤死、しそう、になるの、が浮かぶね」
咳払いをして呼吸を整える。
「カゲミツの麗しい思い出はさておき、面談を始めるぞ」
黒歴史の間違いじゃないの、とオミはまた笑う。

意外とよく笑う。
カナエも言っていたがオミは感情が判り易い。
根が素直なのはテロリストだった時でも変わっていないようだった。
それから、スクールカーストの頂点に立っていたと自称するだけあって人との距離の取り方が上手い。
基本的に他人に対しての労力を惜しまず、勤勉だ。
前歴が前歴だけに、部隊に完全に馴染んでいるとは言えないが。
自分の立ち位置と周囲が求める事を良く理解して最適な行動を取る。
その辺りはトキオと似ている。
ただトキオと違って自分を悪者して人を動かす事も厭わない。
トキオは自分を道化にする事はあっても自分を悪者にしたりは、特に部下に対しては、絶対にしない。

当たり障りの無い形式的な質問をしながらオミを観察する。
まったくいつも通りだ。
ただ目の下の隈と顔色の悪さは隠しようがない。
「で、悩み事はあるか?」
「無いよ」
「最近寝不足なのは」
「ネトゲにはまってるんだ。寝不足でパフォーマンスを落とすような事はないから大船に乗った気でいて良いよ」
「泥舟に乗った気分だな」
「俺よりタマキの寝不足を心配した方が良いんじゃない?」
「そうだな、カナエにはよく言っておこう」
「あとカゲミツとヒカルも」
「あいつらは仕方ない」
「人増やしなよ。全員が定時で上がれるように業務管理するのが上司の仕事だろ」
「どこかのテロリストのお陰で何処も人員不足なんだ」
「最悪だね。テロリズムは滅びるべきだと思うね」
「まったくだな」
「暴力で世界を変えようなんて頭の中がいつまでも前近代的なんだろうな」
「とんだブーメランだな」
「あ、もしかして俺のこと?」
「他にいるのか」
「テロリストなんてたくさんいるんじゃない?」
「で、悩み事はあるか?」
「無いよ」
「最近寝不足なのは」
「ネトゲにはまってるんだ。寝不足でパフォーマンスを落とすような事はないから大船に乗った気でいて良いよ」
「泥舟に乗った気分だな」
「俺よりタマキの寝不足を心配した方が良いんじゃない?」
「そうだな、カナエにはよく言っておこう」
「あとカゲミツとヒカルも」
「あいつらは仕方ない」
「人増やしなよ。全員が定時で上がれるように業務管理するのが上司の仕事だろ」
「どこかのテロリストのお陰で何処も人員不足なんだ」
「最悪だね。テロリズムは滅びるべきだと思うね」
「まったくだな」
「暴力で世界を変えようなんて頭の中がいつまでも前近代的なんだろうな」
「とんだブーメランだな」
「あ、もしかして俺のこと?」
「他にいるのか」
「テロリストなんてたくさんいるんじゃない?」
「で、悩み事はあるか?」
「無いよ」
「最近寝不足なのは」
「ネトゲにはまってるんだ。寝不足でパ――」
「ここに来たのは何か言いたいことがあるからじゃないのか」
オミの言葉を遮った。
少し驚いたように瞬きする。
そして不機嫌そうに眉根を寄せてキヨタカを睨みつけた。
くだらない言葉遊びをするためにこんな問答をしているのではない。
キヨタカはオミを真っ直ぐに見る。
オミはいったん口を開きかけるが、コーヒーに手を伸ばす。
その手を掴んで止める。
言葉を、一緒に飲み込ませない。
「何?」
「ゲームをしているから眠れないんじゃなくて、眠れない言い訳を作るのにゲームをしているんだろう」
「そんな訳ないだろ」
オミが苛立たしげに言う。
「タマキやカゲミツが心配している」
「だから、ゲームにはまってるだけだよ」
「お前は、本当にはまっているだけなら見た目で判るような寝不足にはならない。他人が本当に傷付くような無神経な言動はしない」
「俺を買いかぶりすぎ。寝不足で判断力が鈍ってただけだよ」
「寝不足でもパフォーマンスは落とさないんじゃないのか」
「ミッションではね」
「隊員同士の信頼関係を損なうような言動は見過ごせない」
「仲良しこよしの必要はないだろ」
「わざわざこんなところまで連れて来られたんだ。手ぶらで帰れるか」
静かに睨みあう。
キヨタカの手を振り払って鼻を鳴らす。
温くなったコーヒーが服にかかって不愉快だ。
連れてこなきゃ良かった。
素直にバンプアップにしてけおけば良かった。
そうすればこの場で話す事じゃないとか、適当に切り抜けられたのに。
ここに来たのは特に意味がある訳じゃない。
他の場所をすぐに思い付かなかった自分に腹が立つ。
だいたい、その椅子はヒサヤの椅子なんだよ。
座れと言ったのは自分だけど。
なんでキヨタカが座ってるんだ。
なんでヒサヤがそこに居ないんだよ。
その椅子はヒサヤも座れるようにって、こっそり二人で作ったんだよ。
不恰好で傾いているけど、喜んでくれたんだ。
新しいのを買おうって言ってもこれが良いって。
だからそれはヒサヤ専用の椅子なんだよ。
なんで座ってるのがヒサヤじゃないんだ。
それはヒサヤ専用の椅子なんだよ。
なんでヒサヤじゃないんだ。
「別に、何もないよ。本当に」
何でもない、と言いかけた言葉を飲み込んで、コーヒーの水面に写った自分を見る。
確かに酷い顔をしていた。
みっともない。
こんな醜態を曝すなんてどうかしている。
苛々する。
自分の醜態を見ていたくなくてコーヒーを飲み干した。

「――ヒサヤが、いないって気付いたんだ」
オミはそれだけ呟いて黙る。
キヨタカも黙って待つ。

「――この前、タマキをヒサヤと間違えた。いつも俺の後ろにいたから、当たり前みたいにヒサヤだと思ったんだけど違ったんだ。ヒサヤじゃなかった。家に帰ってもヒサヤが居なくて、どうやって眠れてたのか解らなくなったんだ。いつも呼べばすぐに来たのに、呼んでも誰も来なかった。俺の中ではヒサヤはまだ生きてて、いつもみたいに後ろに控えてると思い込んでいたんだ。自分のしてる事を、色々考えるんだけど思いつかなくて眠れなくてもヒサヤが絶対に俺を裏切らないって思ってたから俺は正しいって騙せていたから平気だったんだ。ヒサヤが居ると思ってたから安心して眠れたけどヒサヤがいないから誰も俺が間違ってないって嘘でも言ってくれるが居ないから、人を殺した言い訳が必要なんだ」
いったん話し始めたら止まらなかった。
オミらしくなく支離滅裂に喋る。
「俺たちは皆人殺しだよ」
「違う。あんたらには『正義』っていう大義名分がある。俺とは違う。レイやカナエにとって犯罪は生きる為の手段だったけど俺は違う。そんな大義名分なんかなかった。ただ感情に任せて殺したんだ。無関係な人もたくさん。子供もいた。あの時は平気だったんだ。あの子供も俺達を裏切った奴らの一人だと思っていたから」
ポツポツと、独り言のように喋り続ける。
「……お前の事情を考えたらそう思っても仕方ないだろう」
「仕方ない訳ないだろあんた身内をガス室送りにされた人にあの独裁者にも事情があったなんて言えるのか言えないだろ簡単に言うな! カゲミツもタマキ何て言ったと思う? 父親の濡れ衣が晴れて良かったな、だよ! お前らの頭は花畑か? たったそれだけの為に俺が無関係の人間をどれだけ殺したと思ってるんだ俺は俺を認めないしお前らは絶対に俺のやった事を認めちゃいけないはずだ! マスターだって俺のせいで俺に父親を殺されたのに何でなにも言わないんだ何で誰も俺を裁かないんだよおかしいだろ俺はどうしたら良いんだよ! ラークやビートルは収監されてるのに俺だって同じじゃないか首謀者は俺だ! 華族だからか? 利用したいからか? いかにもこんなガキに帝都中引っ掻き回された間抜けどもの考えそうな事だよ俺がまた叛乱を起こさないとでも思っているのか? こんな爆弾や妹を人質に取って安心したつもりか? おめでたいにも程があるんだよ!」
激高して紙コップを握りつぶす。
東屋の柱を殴る。
深呼吸を一つして呼吸を落ち着ける。

「上層部の考えてることは分かるよ。使えるだけ使ってあとは勝手に死んでくれって思ってるんだろ」
俯いて、握りつぶした紙コップを今度は絞るように捻る。
「俺はそんなつもりでお前を引き取ったんじゃない」
「あんたの善意と上層部の利害が一致しただけだよ」
わかってるだろ、と言うように吐き捨てる。
「俺はお前を死なせるつもりもない」
「分かってる。俺も、積極的に死んでやるつもりはない」
「ヒサヤが拾ってくれた命だからか?」
オミが顔を上げる。
「そう。それから、妹」
「そうか」
「興奮して悪かったよ」
「珍しいものが見れたと思っている」
冗談なのか本気なのか、真面目な顔をしてキヨタカは言った。
「本当に、自分がどうしたら良いのか分からないんだ」
迷子の子供みたいに途方に暮れた表情は一瞬で消して、そっぽを向く。
「ふん、こんなところまで連れてきて悪かった」
「もう言いたいことは無いか?」
「無いよ」
いつもの調子に戻ってオミが軽く返す。
「帰るか」
今度はキヨタカが先に立って石畳を歩き出す。
その背中に向かって小さく呟く。
「……聞いてくれて、ありがとう」
キヨタカが振り返る。
「何か言ったか?」
「ネトゲ、止めるよ」
「それが良いな。ちゃんと寝ろよ」
「眠いから運転してくれる?」
「ふざけるな」
「居眠り運転していいならするけど」
「面談も職務の一環なのでミッションと同等にお考えください」
差し出された鍵を受け取って運転席に回る。
オミは後部座席に寝転んだ。
エンジンを掛けようと鍵を差し込む。
「この車、クラッチ踏んでないとエンジンかからないよ」
眠たそうな声で後ろからオミが言う。
「……無論、承知している」
眼鏡を上げる。
最近はオートマにしか乗っていないからな。
勝手の違うマニュアル車に戸惑うこともある。
そう、久しぶりのマニュアル車に少し戸惑っただけだ。
クラッチを踏み込みながらエンジンを掛けるなどマニュアル車の常識中の常識だ。
「今どきクラッチ踏んでないとエンジン掛からないなんて珍しいよね大型車でもないのに」
ブレーキに癖のある高級な痛車がエンジンを思い切り吹かして発進する。
「……へたくそ」




「着いたぞ。しかし今思ったんだが、お前は家に泊まれば良かったんじゃないか?」
後部座席のオミに声を掛けるが返事がない。
代わりに寝息が聞こえる。
「知っているだろうけど、皆お前に幸せになってほしいと思っているよ」
寝ているのを承知で言った。
いつかちゃんと心に届けばいい。


キヨタカは大きく息を吐くとワゴン車に向かって叫んだ。



----------------









|


INDEX
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -