BLUESTAR 3   2012/03/26 22:15

ふわふわとした薄明かりの中を歩く。
辺り一面同じ色で距離も床の境界も判らない。
ぼんやり歩きながら、状況を理解する。

ああ、逃げ込んだのか。まったく、弱い奴。
早く捕まえて閉じ込めてしまおう。
上手く言いくるめて寝かせてしまおう。
そう、安全な場所に。
絶対に見つからない場所に。
隠して鍵を掛けて。
そして鍵は遠くに捨ててしまおう。
二度と怖い目に遭わないように。

何処にいるか知らないが、恐らくあっちだろうと見当を付けて向かう。


程なくして彼は見つかった。
四肢を投げ出して仰向けに転がっている。
シャツのボタンは弾け飛んで真ん中あたりの一つ二つが留まっているだけだ。普段ならきちんと締めていたはずのネクタイもしていない。靴も履いておらず、スラックスの裾から裸足の足が見える。いつも跳ねている癖毛はいつも以上に跳ね回っていた。
服も体も汚れて、言ってしまえばボロボロの状態だったが、目は覚めているようだ。
「よう、『タマキ』くん。随分と良い格好じゃないか」
上から声をかける。
『タマキ』は一度視線を上げたがすぐに目を閉じて顔を背けた。荒んだ目が気に入らない。
「ふん、辛いか?」
『タマキ』の周りをぐるりとまわる。返事をしない『タマキ』に苛ついて肩を軽く蹴り上げる。
「お前、ここが何処だか解るか?」
「……あっち行け。お前誰だよ」
『タマキ』は目だけ上げて応えた。
ようやく返事をした『タマキ』に気をよくして顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
「俺? 俺も『タマキ』」
節を付け歌うように言う。
「そうか、それは良かったな。あっち行けよ」
「同じ『タマキ』なのにつれないなぁ」
顎を掴んで無理矢理顔を向けさせる。『タマキ』は嫌悪感を隠さなかった。
「放せよ!」
手を払い除けようとする手を掴んで捻り上げ、腹這いに返して背中に左膝を乗せ動きを封じた。
「やめろ!」
「『タマキ』くんはさぁ、何処が好きなのかなぁ?」
全力で逃れようとする『タマキ』をからかうように撫でたら面白いくらいに反応した。
「駄目だよぉ、『タマキ』くん。そんなに悲鳴上げたら相手が喜ぶだけだろ」
声を上げて笑う。
「黙れよ……」
『タマキ』が少し嗄れた低い声で言う。
その目が、少しだけ光を取り戻した気がする。
「俺はっ! お前らの玩具じゃないっ! 思い通りにはならない!」

かつての強い意志を。

「そうだな」

憎しみでも良い。今の情況に迎合するな。

「辛くないのか?」
「……俺は――」
「カナエは助けてくれないぜ?」
『タマキ』が明らかに動揺した。
「ここに逃げ込むくらい辛いんだろ?」
「それ、でもっ、それでもカナエが傍に、居るんだ」
「そのカナエがすぐ傍にいるのに、他の男にまわされて悦んでんだろ? お前もカナエも辛くないのか?」
「――っ今の俺には他に何も無いんだよ!」
叫ぶように『タマキ』が言う。
「目の前で恋人が犯されてるのに助けてもくれないカナエがそんなに大事か? カゲミツだったら絶対助けてくれただろうなぁ」
揺さぶりをかける。
「大事さ! 俺は、どうなってもカナエの傍に居れれば……それで……」
語尾が殆ど涙声だった。
「傍にいるだけで良いのか?」
『タマキ』は応えない。
「目の前にいるのに手が届かないって、しんどくないのか?」

暫くの沈黙のあと、ぽつりぽつり話し始めた。
「――カナエが、俺を見ないんだ」
もう少しだ。
「まわされるのなんか、本当に平気なんだ。だけど、カナエが俺の、話、聞いてくれないんだ。哀れみと、汚いもの見るみたいな目で俺を見るんだ」
全部気持ちをぶちまけてしまえ。
「辛いか?」
「……カナエが、ちゃんと俺を見てくれたら俺は辛くないのに」
「『タマキ』はどうしたいんだ?」
「カナエに、会いたい」
はっきりと、口にする。

そうだ、お前の望みを見失うな。



さあ、交替だ。
辛い事も嫌なことも全部俺が引き受けてやる。
それで、お前をもう一回カナエに会わせてやるよ。
約束だ。
だから、全部忘れて安心して眠れよ。
絶対、カナエに会おうな。








小さな箱にボロボロの『タマキ』をたたんで仕舞う。
鍵を掛けて、鍵を投げ捨てる。

さあ、箱を何処かに隠さなければ。


何処に?

――何処にだ?

おかしい、この時はきれいに上手く隠せたはずなのに。
だからこの箱は開かないはずだ。
だけど何であいつが出てきてたんだ?
気分が悪い。
頭がガンガンする。
『タマキ』の叫び声が聞こえる。



――起きろ!

うるさい。

――起きろ! 起きろってば!

お前は黙って寝てろよ。

――何やってんだ! 早く目を覚ませよ!

気分が悪い。

――約束、しただろ! 起きるんだ!





――起きろ!














瞬間、迫る気配に向けて発砲した。



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