「貴女はね………」




そ の ひ わ た し は
   せ か い を す て た



『世界を捨てた』



「おーい、カタン飯の時間だぞー」

「はぁーいっ♪ネね、ボーブどうデスか?これ」


シャツにズボン、中年ぶとりででっぷりお腹のボブに

裏声で甲高いテンションの高い声でタラッタラッ、と空中に渡された紐の上でバランスをとりながら紐のたゆみに合わせてダンスを踊る


「高所恐怖症を克服してもっと高いところで出来るようになってから言え」


呆れたボブから投げられた舞台用の蛍光色のボールを受け取って、


「エエっ、そんなァ〜……僕にだってコワーイ所はありマスよー」

ぴょんっ、と1mほどの高さの紐から降りる。降り方は一応宙返り着きでそれらしくお辞儀をすると「さっさとしろ」とまた文句を言われながらボールを投げられた

ボールはだぼだぼすぎるシャツを、腰のベルトと手首で止めた服の端を掠めて飛んでいく
形状を変えた服を、さりげなく足早に動いてまた体型を見えなくする普通の状態に戻した

ズボンもぶかぶかだぼだぼな物を足首と腰で縛って止めて厚底のブーツも履いて
体型を完全に隠す。顔は日常ではメイク代が高いのでニッコリ笑った不気味なマスクをしている
髪は束ねて帽子の中に入れてある


「ったく、飯が冷えるだろ」

ぴょんぴょんと跳ねながら、ボブの横に行くと
太ってるせいで大きな彼の掌で後頭部を叩かれた

「いったーイですヨ!!あぁ、もう僕はモう駄目カモしれませン〜」

「言ってろバカ」


テンションの高い裏声は、舞台から観客席まで通るようによく響く不思議な声




移動式のサーカスの中とは言え
『私』は性別も素顔も何もかもを、仲間にすら隠した異端な存在だった



とはいえ


「チェリー、あぁ今日もキミは可憐だ。あァジープ、大丈夫だヨいくら僕が魅力的でもチェリーをとったリしないからネ♪」

「バカピエロ、さっさと席に着けよ!!」



この道化師としての演技も完全に性格の一部としているせいか
『私』はみんなに嫌われることもなく、普通に過ごしていた



たとえ





仮面の下では、一度も笑ったことが無いとしてモね









「てか、大丈夫なのか?カタン。この街は……」

「僕の故郷は素敵デしょ〜♪おすすめは時計台ト、メインストリートの食べ歩キですカね〜。てか、」


ザンっと、昔懐かしい味がするフランクフルトをフォークで突き刺し
わずかに口元に開けた隙間からもぐもぐとフランクフルトを咀嚼する


「ボク、この町が故郷トか言いマシタっけ?」

つい、裏声は裏声だけどテンションの高さを乗せ忘れて言葉を発すると
30人以上がそろって食事をする空間は一瞬で緊迫感と沈黙に包まれた
そんななかでも『私』の仮面は笑っている

こほん、と団長であるボブが咳払いをして空気を立て直しながら
でかい口でフランクフルトをパンに挟んだものを豪快に食いながら口を開いた


「お前が前に居たサーカスの座長に聞いたんだよ。カタンを拾った町をな」

「えェ〜、もう!!僕のプライバシーに確認をとッてくだサイよ!!」

テンション高く言うと、空気は完全に和らいで
良い娼館を紹介しろとか良いお店を紹介して言い出す団員たちにとりあえず適当に町を紹介した



心の中では、この町にいることが怖くて怖くて仕方なかったけど


大丈夫、きっと逢わない


そう言い聞かせて、盛り上がる荒々しい喧騒の中『私』は目を閉じた






町に来ていたサーカスに頼み込む形で入れて貰い町を出て五年

前のサーカス団は解散してしまい、今のサーカスに拾われて二年



故郷に帰るのは七年ぶりで、逗留するのは一月ほど。


名前も姿も、何もかもを隠して
なるべく現実らしいことから離れて、練習に打ち込んで


『私』は世界から消えたはずだ。『私』は世界からいなくなったんだ………







「珍しいなカタン。お前、いつもは俺が叱るまで練習してっのに」

「タマには休息デすよ〜」


居住用のテントの中でごろーんとしていると、ボブが巨大で入口を大きく開きながら入ってきた

基本的に居住用テントは二人で一つ

『私』は性別不明以上に、一緒にいると疲れると言う非常に情けない理由で団長のボブが哀れ犠牲になり一緒のテントになっていた

………まぁほとんどを練習か公演で過ごすから私はテントには居ないことが多いけど




「…………」

「…………本当に大丈夫か」


ボブは、団長という重責のストレスからかよく食べて太っているが
非常に優しい。ツッコミ所が多い『私』にも、配慮してくれるから彼の側は居心地が良い


プライバシーと言うか『私』が 過去に触れられることを何よりも嫌がっていることも知っていてくれている


「大丈夫ジャないってイったら、どーナリマス?」

「公演日数を切り上げたり、お前の出番を減らしたり色々と策はあるさ。みんな、お前のことを心配してたからな……『カタンのためならちょっとぐらい出番増えたって良い』って、言ってるぞ」

「僕愛サれてますね〜♪ま、ダーいじょうぶデショ♪」


脂ぎった顔をくしゃりと歪めると
ボブは側にあった本を投げて来て「今日はさっさと寝ろ」とぶっきらぼうに言った


本当、ナイフ投げが担当なだけあってボブのコントロールは良い



そんなことを考えながら、クスクス笑いながら二段ベッドの下……『私』がいる場所にカーテンを引いて空間を遮断する






けれど



願いとは裏腹に、私の新しい世界はまた壊されることになる



「だ、団長!!なんか民間人がエレノアって女を出せって乗り込んで来たんすけど!?」


「ああ゛?今行く」





───ドクン。
心臓が高く高く跳ねた──────
















「だから銀髪にみどりの目の、24くらいの女の子だよ!!」

「うちにはそんな奴はいねぇんですよ御婦人」

「嘘だ!!エレノア居るんだろ!!団員全てに逢わせておくれよ!!」



入口には、15人ほどが集まり
一人の女性の対応をしていた
離れたところからも他の団員が見ている




はぁ。やっぱりか


深くため息をついて
壊れそうなくらいきしむ心臓を無理矢理押さえつけて


空中ブランコのチェリーの衣装ケースから拝借してきたワンピースを翻し、長い髪を揺らしながら歩く


『私』を見た団員が全て驚くのを視界の端に入れながら



近づいても未だに気づかない人たちに向かって声をかけた




「何をしてるんですか、母さん」




ゆっくりと人だかりが全てこちらを向いただけで嫌な汗が背中を流れた

素顔を晒すことも
作らない声でしゃべることも
『エレノア』でいることも、苦でしか無い


まだ火の輪でジャグリングの方が楽だ



「エレノア!!あぁエレノア、逢いたかったよ!!綺麗になって、大きくなってっ……」


ボロボロと泣きながら勢いよくこちらに来て、チェリーのワンピースを握りしめながらすがり付かれても


強制的に引き戻された『現実世界』 に震え、怯えることしか出来なかった


それでも
歯を食い縛って
必死に声を絞り出す



「レイプされて出来た、いらない子に今更なんの用でしょうか」










不思議だった
お母さんもお父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも

みんなみんな栗色の髪の毛に黒い目なのに



私だけ透き通るような銀髪に新緑のような緑の瞳だったことが


そしてどんなに褒められる良い子でいても、母さん以外は私をゴミ扱いをする。母さんは私を見ると涙を流す





そのことを知ったのは、私が町を出たあの日

『貴女はね、私があの人の目の前でレイプされて出来た私の最悪な思い出の象徴なの…もぅ…もう、いなくなって…』

ギリギリと絞められる首
霞む目


私は、母さんを苦しめるだけだから
私は、いなくならないと
私は、いなくならないと
私は、いなくならないと
私は、いなくならないと


助けに入った近所の人に助けられて私は生きたけど


生きたいけど


あの『世界』にはいられなかったから



『私』はあの町から
あの『世界』から出たんだ







「っ、ごめ、ごめんなさいっ、本当にあの時はどうかして居たんだよ!!まさかエレノアを失うなんて、エレノア、母さんが悪かったから戻って来ておくれ!!」


無理。そう言って拒絶が出来るなら、私はまだこの町に居ただろう

大好きだったんだ。涙は流しても唯一大切に扱ってくれていた母さんが大好きなんだ


「お前、カタン、か?」

大好きだから
母さんを傷つけるなら、私は母さんの側にいてはいけないんだ

しがみつかれる私の背後に来たボブ
その存在だけで怯えて萎縮していた私の勇気や余裕が少しだけ大きくなった気がする


「ごめんなさい、もう戻れないの」


母さんの肩に手を置いて
そっと囁けば母さんの瞳は絶望に染まる

なるべく傷つけたくない
それでも突き放さないといけない

どうすれば母さんはなるべく傷つかないか……



「私は、彼を愛してるから」



そして私は隣にいるボブに
団員全員が見守る衆人環視の中




ちゅーをした。




「………………」

「…………………」

「う゛っ、えええええっ!?」


真っ赤になって慌てるボブを完全にスルーして、母親を引き離してボブに抱きつく
私の細くて、日に当たることが無いから病的なまでに白い腕を彼の腰に回しても、私の両手はボブの後ろでくっつかなかった


私の三倍の体重はあるだろう、彼の胸元に擦りよると


「あ、あ、……そ、そうなのかい……あ、あはは…孫楽しみにしてるよ」


完全に動揺しきった母親はふらふらしながら、ジープに連れられてとりあえずまた明日とサーカスの外へ連れていかれた


「か、カタンっ!?*※★∞−〜」

「ボブ、真っ赤デすよ〜?なんデすか、僕の意外な服装二こーふんしちゃイました?」


呆然とする団員の中
慌てるわりに引き離さないボブにべったり抱きつきながら、声音は素のままいつもみたく軽口を叩くとボブはさらに真っ赤になった。なんだかおかしい


「だっ、おまっ、き、聞いてねーぞ!!女なのは何となく気付いたけど、こんな極上の美少女なんて!!しかもぜってー24じゃねぇだろ!!良いとこ20くらいだろ!!」

「まぁ一般デは極上とか言わレマしてもネ、僕はこんな髪も顔をモ全てガ嫌いデすから。成長も心理的問題カ止まっちゃッタんデすよねぇ」

うっすらと笑いながら、離れてわざとらしく背伸びをする
視界のあっちこっちでは未だにみんなが固まっていて

さて、どうしようかと考えていると何故か頭をグァシャグァシャとボブに掻き回された

「ン?」

「笑えてねぇんだよバカ。ほら今日はもう寝るぞ。お前等もテント戻れ!!」

そっか。笑えてないか
はぁ、とため息をついてから解散を始めるみんなと一緒に歩き出し────


「う、うぉっ!?」


ひと足先をそそくさ歩いていたボブの腕を組む形でくっついた
それだけで動揺がはんぱない。こんなボブはいつも見れないからすごく楽しい


「先に行かないデ下サいよ〜」

「うっせぇな!!」

「もうサァ、ボブ、このママ子供作っちャいますカ」

「ぶほぁっ!!な、ななな何いってっ……お、お前みたいな美少女ならこんなデブなブ男選ばなくても良いだろ」

「エ〜、僕はボブが一番スきですけどネェ」

あんなに怖くて、怖くて、仕方がなかったのに
ボブが一緒に居てくれたらこんなに怖くない

きっと母さんはまた来るだろう。それでも

母さんと会うときは、きっとボブがまた隣にいてくれると思う



だからきっと大丈夫
いつかきっと私は笑える



そんなことを思いながら私たちはテントに戻った


『僕ハ幸せデすよ』



「ハッ、一つ屋根の下っ!!」

「何を今更ナことヲ」





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