「お前に価値があるなら拾ってやる」
黒い服を着た、悪魔のように怖くてカッコよくって堂々としたお兄さん
彼がどんな人なのか、私にはわからなかった
けれど
「な、何を言ってんすかシーザーさん!!このガキは俺のものだから俺の許可を」
「黙れ。シーザー様の決めごとに口を出すな」
お兄さんの隣の、ちょっと若い綺麗な顔をしたお兄ちゃんでも私のお父さんを言い負かせるのはわかった
それはつまりこのお兄さんはもっともっと強くて偉いってことで
───毎日お父さんから殴られる生活から抜け出せるかもしれない
────その日の気分でごはんを与えられるような生活じゃ、私はいつか死んでしまう───だから、
「お前に価値はあるのか?」
私はその提案に乗った。貧民のあばら家に住む貧しい子供に何ができるなんかわからない
それでも私はこの生活から抜け出したい一心で
「私の未来に、賭けて下さい」
その黒いお兄さんの手をとった
『価値』
「な、何言って!!ちょ、待ってくださいよ、そいつは俺の大切なむすめで」
「汚い手でシーザー様に触れるな、むしろ話しかけるな下種が」
シーザー様の馬車に連れていかれるも、乗り方がわからずに戸惑うとひょいっと担がれてシーザー様は迷わず私を乗せた
その間もお兄ちゃんは私のお父さんの相手をしていて
「出せ」
結局シーザー様はお父さんと一言も話すこと無く、お兄ちゃんが乗ると馬車を出した
「まてよおおおお、うちの娘をかえせえええええ」
そんな馬車を脇目もふらずに追いかけるお父さん。けれど私の決心は揺るがない
私は、毎日受けた仕打ちを忘れないから
「どうする?このままじゃあの男、馬車に引かれるか馬に踏まれるかで死ぬぞ」
不意に
ニヤニヤと笑うシーザー様が、馬車の窓の外に視線をやりながら問うた
それでも
お父さんが死んででも、私はこの人に着いていくって決めたんだ
慎重に、言葉を選んで文章を組み立てる
「しーざー様の馬車が汚れたら、私が綺麗に洗います」
それは言外でお父さんが死んでも構わないって意味
そのままお兄ちゃんがときどきしてたみたいに頭を下げれば馬車の中にはシーザー様の明るい笑いが響いた
「80点だ。上々だが俺の名前の発音が微妙だ。お前には馬車洗いなんぞもったいないな……アレク、なんとかしてやれ」
「かしこまりましたよーっと」
綺麗なお兄ちゃんはアレクさん。得た情報を一つも逃さないように必死に覚える
さっきお父さん相手には厳しい顔をしていたアレクさんは今はへらへら笑いながら立ち上がり……窓から外を見ると、片手を振り上げた
『………ノックバック』
すると走っていたお父さんは誰かの家の煉瓦の壁にぶっ飛んだ
今のはきっと、たぶん魔法だ
「お前には新しい名前をやろう。リコリス、お前に価値がないと判断すればお前はまたあの場所に捨てるからな」
「……わかりました、シーザー様」
そしてその日から
私は彼の駒となった
帰