陽が届かない密室。
辺りを仄かに照らすは黒魔術にでも使われそうな如何にも胡散臭い燭台に乗せられた蝋燭のみ。
ボンヤリとしたオレンジがその部屋の壁から鎖に繋がれた源田を包んで見下ろしていた。

突き刺さるような感覚にはもう慣れて、今は、この冷たい空間を象っているであろう申し訳程度に置かれた家具や、肌に張り付いて少し体を動かす度に一緒に引き攣るカサブタが見えない事が酷くもどかしかった。

痛みの辛さより、人間として味わっていた感慨が擦り抜けてしまう事の方が遥かに堪え難い。
それを知った根源は、皮肉にも仲間が自分にした仕打ちからなのだが。

血と精の匂いしかしない事にうんざりして、わざと手を動かし鎖のぶつかり合う音を立ててみる。
源田にとって、その音が思考を現実に留めてくれる唯一の飢渇を潤わす方法だった。
逃げる気など、とうに失せた。

いつまでもジャラジャラ言わせていると、それに足音が混じって近付いてきた。
その聞き慣れた足音は、案の定自分の前で止まったようだった。

吊されているから目線で言うと源田の方が高い筈なのに、自分より小さい足音の主に畏怖する自分が居るのを確かに感じる。

その怖れを機微に感じ取ったのだろう。
足音の主、佐久間は肩を震わせ微かに笑い声を息として漏らす。
それすらもこの物音一つしない地下室にはよく響いた。

「ゆっくり死ねば良い」

「…佐久間、見えないんだ」

「ああ、そうだな」

「佐久間が俺の目を潰したから」

「そうだな」

「……何も、見えないんだ」

「それで正常だ」


端から聞けば奇妙な会話かもしれない。
だが源田にもう正常な会話能力も正常な思考力も、何一つ残っていやしなかった。
だから自分に今のような拷問を施行している相手とも普通に会話が出来ている。
否、非常を越えた先は正常に戻るだけなのかもしれないが。

「罪が解ったか?」

恐ろしい程の微笑みをまるで能面のように張り付けた佐久間が問う。
それは聖母のような優しい声にも関わらず、何処か雪解け水が体を伝うようなゾクリと背筋が凍る冷たさを宿している。

「お前が犯した罪が何なのか、解ったか?」

佐久間がもう一度問う。

「解らない…俺は何もしていない」

源田には本当に覚えが無かった。

根からの本心だ。
自分と佐久間の関係は良好だと源田は解釈していたつもりだった。

同じ学校で同じ部活で同じグラウンドに立つ、気難しいように見えて実は単純明快、たまに見せる笑顔にこっちまで顔が綻ぶような、そんな素晴らしい友情関係を築き上げてきた筈だった。
だが現実は、もう既に取り返しのつかない事をされている訳で、何か相手をこんな凶行に駆り立てる要素があっただろうかと源田は残り少ない思惟を奮起させる。

「罪が解ったか?」

佐久間の舌がねとりと源田の曝け出されている自身に絡まって、血が重力に従って流れた後の朱い道筋を消すように先端から根本へと滑るように、なぞるように移動していく。
源田はたまらず身を捻るが先程まで心地好くすら感じていた鎖の音が、今は煩わしく無機質な音色を奏でるのみで終わった。

「ぅっ…佐久、間…!」

「マゾヒスト。出てるぜ、汁」

「ふッ…ぁ、…」

もう何日も性的快感と暴行で構成されている。
もはや佐久間が触れるだけで反応を示す体に変えられてしまった。

佐久間の舌が徐々に上に移動する中、源田は微かながら甘い声を上げ続けた。

舌が首筋を擽ってから唇に触れ、上下を割り開くと中に侵入する。
何度目になるか分からないキスは今もまた熱く艶めかしく源田を誘う。

「ン、っんぅ…」

口付けに感じているらしい源田の口内を散々荒らし、絡めていた舌を自分側に招き入れ思い切り噛み付く。
鉄の味で一杯になると舌で溢れる血を舐め取り満足感を得ると唇を離した。

血は尚も止まらず溢れていたが佐久間にはそれを止めてやろうという優しい考えは浮かばなかった。

見えない暗闇の中で続く拷問のような愛撫に源田はとうとう開かない両目から涙を流した。

「罪が解ったか?」

「…っさ…くま…を、…おこらせる、こと…した、から…っ」

じくじくと滲むような痛みを伴う舌はろくに脳の命令を聞き入れてはくれず、泣いているのも手伝って幼子のようにたどたどしくなってしまった源田を、佐久間は緩く首を横に振って綺麗な顔を崩さず微笑んだ。

「残念。ハズレだ」

泣いてしまって話しが出来なくなってしまった源田を見兼ね、佐久間は憂いを覚えて溜息を零した。

「そろそろ答え合わせでもしようか、源田」

そう言って佐久間は立ち上がると近くに用意していた果物ナイフを取り相手の耳に宛がった。
綺麗な笑みのままで。























「俺に優しくしたこと。俺に笑顔を向けたこと。俺に話し掛けたこと。俺を心配したこと。俺のために泣いたこと。俺の頭を撫でたこと。俺の隣を歩いたこと。俺に弁当を作ってきたこと。俺を褒めたこと。俺と遊んだこと」

源田の髪を優しく撫でながら佐久間はつらつらと、淡々と言葉を機械のように吐き出していく。

「俺に愛を教えたこと。俺を愛に溺れさせたこと。俺を愛で狂わせたこと」


「なのにお前はずっと変わらずいつも通りで、皆に優しくして、皆に笑いかけて、皆に話し掛けて、皆を心配して、皆のために泣いて、皆の頭を撫でて、皆の隣を歩いて、皆の弁当を作って、皆を褒めて、皆と遊んだこと」


ふと手を止める。
蝋燭が熔け切り源田と同じ視界を味わっている歓びに胸を弾ませた。




















「罪が解ったか?」









<貴方は答えを識らない>
   <罪は貴方の存在そのもの>
      <答えは終末の手向け花>


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