しあわせ


「佐久間、佐久間…ああああ佐久間ぁ〜…!」


さっきから整った顔を容赦無く崩して情けない間抜け面を晒しながらあっちへウロウロこっちへウロウロ、せわしなく源田は佐久間の周りを巡っていた。

今日はつわりが重い。
朝から吐いたし食事なんか見るだけでギブアップ。
ついでに気持ちも悪けりゃ腹も痛い。
一言でいうと、最悪。


普段から些細な事で機嫌が悪くなる佐久間にとっては、生まれて来る命の息吹だとしても辛いものは辛い。
今日も当たり前のように不機嫌になっていた。

それに加えチラチラ視界に入り、更にずっと声をかけてくるヘタレ代表の恋人が寝かせてすらくれない。
小一時間無視を決め込んでみたが、普段から自分に無視され慣れている源田には全く効果がないようだ。

「痛いか?ああまぁ言わなくてもわかる。…何か食えそうか?軽い物でも食えそうなら赤ちゃんのためにも食っといた方が…よし、じゃあ今から卵粥でも作るから……起き上がれそうか?」


今からこんなに騒いでいたら、あと幾月かして陣痛が始まる頃には源田は心配で死んでしまうのではないだろうか。
心配死なんて前代未聞すぎる。
間違いなく新聞の見だしは頂きものレベルだ。


あまりにうるさいため仕方なく源田の方に寝たまま体を向ける。


少しは黙るかと苛々した目を向けてみたものの、目が合った相手は相変わらず心配そうな面持ちで一気に横に駆け寄ってくるだけだった。
うざい。

「大丈夫か!?何かしてほしい事は?俺に出来る事なら何でもする!」
「死ね」

短く吐き捨てて布団を頭まで引っ被る。
普通はこんな事を言われたらショックで立ち直れなくなりそうだがそこは源田。
佐久間の性格を熟知しているから本心で言ったとは思うまい。

だが源田のせいで不機嫌なのは伝わったと思う。
その証拠にあれ程やかましかった相手の声はピタッと止んだ。


おもむろに、そっと布団越しに腹の上に手が置かれた。
あったかくて大きい源田の手。

「ごめんな、佐久間が辛そうなの…見てられなくて」

傷付いたというよりは佐久間の迷惑になったのが申し訳ないのだろう。


その威厳も何もあったものではない声を聞いて溜息を吐いてから、相手の手を布団の中に引っ張りこんで服の中に招き、直に腹に触れさせその手の更に上に自分の手を重ねる。


「父親になるんだからもっとしゃんとしろ」


頼りなさげに微笑む源田。
最初からそう静かに笑っていれば良いのにと思う反面、矛盾にも心配されるのが悪くないとも思ってしまう。

自分もいよいよ親バカならぬ旦那バカになってしまうのか。
そんな事を思いながら源田の笑顔に、つられて自分も僅かに口元に弧を描いた。






こいつの子供
授かった事に今日も感謝します




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