Non credevo tali parole.



「あいつ、いつも見てるよなあ」

 部活動前にコート整備をしていた安田が体育館の入り口に立っている男をみて呟いた。潮崎、角田も視線を移動させる。

「練習前にふらっといなくなるみたいだけど、俺も気になっていたんだ」
「そういえば、毎日来てる…気がする」

 湘北高校の体育館にはバスケット部員以外にも放課後の利用者がいる。
 それは彼らの練習を見ている者達で、バスケット部部長の妹である赤木晴子、桜木花道の友人である水戸洋平、高宮望、大楠雄二、野間忠一郎の四人や、同じく一年である見目麗しい流川楓の親衛隊であったりと限られる。
 そして限られた人物達ですら、毎日部活動を見学するといったことはない。
 よっぽどバスケットに関わりがあるのか、部員に関わりがあるのかのどちらかだ。
 部員に関わりがあるのであれば、話しかけたりもするだろうが、件の人物は入り口から、バスケ部の様子をのぞき見ているだけだった。
 そしてある程度時間が経てばふらりといなくなってしまう。
 コート整備中から来ているので、バスケットの練習時間よりもコート整備の様子を見ている時間の方が多い日すらある。
 全くもってバスケット部を見ている男の目的がなんなのか分からなかった。
 うーん……と三人が唸っていたら、反対側のコート整備をしていた桑田が声を荒がっていた。

「桜木君! そこはもうやったとこだよぉ」
「ぬ? そうだったか、すまん」

 モップかけした後に桜木が水をばらまいたようだった。桑田が直ぐ様モップをかけなおす。桑田達よりも後に来た桜木にとってどこを水ぶきしたのかは分からなかった為に起きた事故のようなものだったので、桑田以外の人間も文句を言わずばらまいた水を拭きだした。
 その姿をみて、安田は口元が緩んだ。桜木が他の一年と仲良くしている事に何だか嬉しさがこみ上げていた。赤木との対決後から付きまとわれたこともあったが、可愛いところもあり、問題児ではあるが安田は桜木に好感を持ったのである。
 桜木を含め当初十人はいた新入部員も減ってしまっている。せめて、今いる部員は辞めないで続けて欲しいと願うばかりである。安田がそう思った時に、ふと入り口の人物は入部志望者ではないかという考えがよぎった。

「チュース!」

 小暮が体育館へと足を踏み入れる。三年ではあったが、どうにも気さくさを感じる先輩であり、「着替えたらオレも手伝うから」と言う様な男だ。

「ああ! いいっすよ先輩、オレらだけでやりますから」

 慌てた潮崎がそう告げるが、小暮はへらりと笑って、いいよ。と答えるだけであった。
 小暮がコートの丁度真ん中に来た時に、安田は声を潜めて呼び止めた。

「小暮先輩、あの……、いつも練習みてる奴がいるんですけど、あれ入部志望者じゃないですかね?」
「ん?」

 小暮は眼鏡をひからせ、先ほど隣を通った人物をみて何か考えたようだった。そして、入り口へと歩き出す。

「あの、君。いつも見てるよね、バスケットに興味があるの?」

 単刀直入に聞く小暮だったが、彼もまた毎日の様に練習を見に来る男のことが気になっていたらしい。
 先ほど体育館の入り口で会釈をする程度には顔見知りだった。ただし学年も名前すら知らなかったが。
 入り口に立っていた男は、申しわけなさそうに笑みを浮かべた。

「すみません、迷惑でしたか? 弟が、こちらの部員なんです。それでちょっと様子を見に」
「いや、迷惑ってことはないよ。見学は歓迎だ」

 男は小暮の言葉にほっとした様で、全身で安堵したことを表していた。そして先ほどとは違い、人懐っこそうな笑みを浮かべた。
 小暮はこの人物が三年又は二年であることをここで知る。だが、同年にはこの人物がいなかった様に思うので二年かとあたりをつけた。流石に三年も通っていればクラスが多くとも学年にいる人間の顔くらいは把握しているものである。
 また、安田が小暮に進言した時に周りの人間が目の前の男について何も知らないようだったので、新しく入った新入生の兄だろう。一年の中でこの男と似通ったところがある人物が思い当たらなかったが、部員に身内がいるなら小暮にとっても部員と同じようなものだった。

「ああ、そうなんだ、なら中に入って見ていく?」
「とても有り難い申し出なんですが、そろそろバイトの時間なのでおいとまします」

 そして、今まで一言も部員と会話しなかった男は爆弾を落とした。

「みち! 頑張れよ」
「おー」

 どこか間の抜けた声がコート端から聞こえてきた。
 小暮は信じられず、また自分の眼鏡が曇っているのではと思い眼鏡を上げ下げしている。
 “みち”と呼ばれた人物は紛れもなく桜木花道であった。
 花道はこちらに視線も向けず床の水拭きをずっとしていた。

「それでは」

 軽い会釈をして体育館を去った人物の後ろ姿と桜木花道の後ろ姿を小暮は何度も見比べていた。




信じてなかったよ、そんな言葉



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