01 - 房術とは



 春麗らかな日の午後の授業であった。

「お前達にはまだ早いとは思うんだが、これも授業だ」

 そう五年い組担当の教師は言った。教師は複雑な心境であった。教室を見回すと青い忍者服を纏った子供達が皆、目を輝かせていた。
 忍者には三禁という掟があるが、その二つを教えなければならないこととなる。だからこそ、教師は不安でもあったし、この純粋な子供達にそれを教えていいものかと頭を抱えていた。
 学園長に言われてしまえば仕方のないことではあるし、知らなければならないことである。
 くの一は忍たまよりもその授業を数年早く行っている。

「本当に、お前らには早いと思うのだが……」

 そこを強調して言う教師に生徒達はむっとした。

「先生。私たちはもう五年生ですよ」

 扱いが難しいと言われている忍具の名前をあげたり、自身が鍛錬をどれだけしているかを言う生徒もいる。
 教師はため息をついた。
 そうではない、そうではないんだ。お前達。
 内心そう呟き、これからの授業を想像すると何とも言えない表情を浮かべてしまった。
 高学年となり、体もそれなりに完成され、精神的にも大人へと向かう。さらに忍術の扱いも上手くなってくると、教えることもなくなり実習が多くなる。
 だが、しかしその上級生からならう授業があるのだ。

「この時間は私が教えるのではない。別の先生がお前らを教える」

 忍たまの授業は教科担当教師と実技担当教師によって行われる。しかし、この授業だけは毎年別の教師が教えることとなっている。
 その言葉が言い終わるのと同時に、若い女が教室へと入る。
 一歩、また一歩と歩きだす際に揺れる髪の毛はさらりと風になびく。忍びだから香りはしないが、前の席に座っていた生徒は実際には感じないはずの香りを嗅いだ気がした。
 誰の目にも女の姿は美しいと映った。
 生徒が騒ぐ前に、女は自己紹介を始める。

「初めまして。苗字名前と申します」

 女の先生が珍しいのだろう、ひそひそ声で話す者もいれば、じっと名前を見つめている生ともいる。
 実質忍術学園にいる女教師といえば、山本シナ先生と事務のおばさんのみである。

「あなた方には色に溺れぬよう、また、色を使い情報を得られるよう、教えていくつもりです」 

 色をつかい情報を得る忍者の名前は正式にはない。だがしかし、色を使い情報を得るという事はそれだけ濃厚な情報を得やすい。
 苗字名前はその忍者の中ではトップクラスに入る。
 柔らかに笑うこの女性がまさか、そのような忍術を使うとは誰が思うだろうか。
 色という言葉を聞いて顔を赤くするものが何名かいた。慣れていないのだろう。
 五年い組の教師はその様子をみて、やはりまだ早いと呟きそうになった。
 これも生徒が成長しプロの忍者になる為であるから仕方はないとはいえやはり複雑な面持ちである。生徒が十の頃からみてきたものにしてみれば、そう思ってしまうのも仕方のないことかもしれなかった。

「では、苗字先生。よろしくお願い致します」
「はい、ここまでありがとうございました」

 名前は深々とお礼を述べた。そして、教師がいなくなったところで、この授業への説明を開始する。

「この授業は房術について勉強することとなります。書物からの勉強、実践があります。週に一度、この時間に行って行きますので皆さん頑張りましょう」

 にこりと笑顔を向ける名前に、顔を赤らめる生徒が増える。
 名前はそれをみて忍たまといえど、やはり子供だ、と思った。
 そうした冷めた内情を表に表すことなく、振り返り黒板に向かおうとした時に苗字先生と声を掛けられた。
 手をあげている生徒をみれば、潮江文次郎であった。
 一通り生徒については聞いていたこともあってか、目の下のクマが特徴的なので分かりやすかった。

「房術の必要性を私は感じません」
「そうかもしれませんね。けれども授業ですから、不必要だと感じるのであれば受けなければいいだけです。留年しますけれども」

 名前は柔らかな笑みを浮かべたままそう告げた。
 授業だと言われてしまえば生徒は受けるしかないのだ。名前の口調からは咎めるものでもなく、また諭すこともしていない。
 受けたくなければ受けなければいい。言葉の通りだった。
 文次郎はぐぅ…と一言呟いただけで終わる。
 名前が黒板に文字を書いた。美しい字をしており、ある生徒は見た目も美しければ字も美しいと感動していた。
 【房術とは】
 それが本日の授業テーマである。

「房術というのは男女間の交わりを前提とする忍法です。淫術と交接術に分けられ、淫術は相手をその気にさせる手法をいいます。また、交接術は実際の交わりに対しての技法です」

 実際に相手と交わりを行わなくとも情報を得ることができる淫術は教わって損はないはずだ。また、技術をしり、鍛錬することにより、色に溺れぬよう、欲に流されぬようにという目的があった。
 房術ばかりをつかって忍務をこなせというわけではない。知ることに意義があるのだ。
 名前は房術指南役として講師となることを了承したが、生徒達が自分と同じ忍びになって欲しくはなかった。
 さて……と名前は教室を見回した。一人美しい子がいる。
 彼はこの後大変だろうな。と今後を考え口元が僅かに上がりそうになるが、表にだすことなく終わる。


(このはな垂れ餓鬼共には私の授業は刺激が強いかもしれないな。欲に溺れて忍びを止めて終えばいいのに)
 

 ああ、忍者の卵なんて嫌いなんだ。恩さえなければこんな場所いたくもない。



prev|topnext


⇒栞
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -