08 - 子守唄のように愛してください
本当に私は飲み過ぎだった様だ。仙蔵と別れてから部屋に戻り眠りについたがどうにも頭が割れるように痛い。
ああ、呑まれすぎた。自分でも珍しい失態に舌打ちをして、二日酔いに効く薬を新野先生に頂く為に保健室へと授業前に寄った。
だが、肝心の新野先生が不在であった。
代わりに居たのがこの不運小僧である。
保健室の懐かしい香りを嗅いでいるだけで僅かだが頭痛は和らいだ気がした。
「何か二日酔いに効く薬をくれ」
「あったかなあ」
伊作は作業を中断し、薬棚へと立ち上がる。のろのろと動く伊作に私は瞼を押さえた。
のんきな事を言ってくれている。この二日酔いの辛さを知らんでもあるまいし……。ああ、いや知らないのかもしれないな。
伊作が棚をあさっているが、なかなか見あたらないらしく、薬棚がとっちらかっていく。
ああ、それじゃない。
「違う違う、その棚ではなくそちらの、そうそう。それとあちらの薬草をだな」
こうした薬草の組み合わせを調べるのも保険委員にとって勉強だと言うのに、思わず口に出してしまった。
いい加減、この頭痛から逃れたいのだ。
「え? これですか? この組み合わせは初めて聞くなぁ」
「お前、私を誰だと思っているんだ」
無理矢理伊作から薬草を奪い、すり鉢へと入れていく。足ですり鉢を押さえ、ゆるりと乾燥した葉を粉末状にしていく。
そして、もう一種の薬草も混ぜ合わせ、また粉末にし、最後に薬草棚とは別の既に丸薬となったものを取り出し、スリ棒で粉々にし全ての粉末を混ぜ合わせた。
「良く見ておくといいぞ。お前は酒におぼれる事はないだろうが、何かと為になるだろう」
忍術学園で不運の者が保健委員になるが、名前もまた学園にいるときは疫病神に取り憑かれたかのごとく、万年保健委員となっていた。
その分、薬の知識は他者より優れていると自負している。
「ほれ、ぼおっとしてないで、分けなさい」
伊作に指示し、一回の処方量に分けた。残り一回分の粉末をすり鉢からそのまま口に含んだ名前は、これから煎じるために用意したであろう水を僅かに口に運び呑み込む。
臭みが強いため、一瞬眉を顰めた。だが、その臭いが収まると、胃の不快感がとれていくような気がする。頭の痛みもそのうちとれるだろう。
伊作に小分けにしてもらった薬を薬棚へしまおうと立ち上がった時に、裾をひっぱられた。
「あの先生。留三郎達にも持って行って良いでしょうか?」
「ああ、良いぞ。あやつらも相当呑んでいたからな。私はもう必要ないし、渡してやるといい。私に気を遣うこともあるまいに。もとはここの薬なのだからな。まったく、伊作よ」
「はい、なんでしょう」
「お前は可愛いな」
ふと思ったことを伝えただけだったが、はあ…と曖昧な返事を返されてしまった。
名前の忍び者を憎む気持ちが薄れているのは確かだった。生徒のことを愛おしく感じ、伊作の優しさを見ていると和み、心に温かいものが残る。
昔の名前ではあり得ないことだった。生徒に慕われるというものがこんなにも名前の心を溶かすことになろうとは思いもよらぬことだった。
「大事にしなさい」
「はい」
名前は伊作のもって生まれた人への優しさを大事にしろと言ったのだが、多分伝わらなかったようだ。
それもまた良いか…と思い保健室を後にした。
2012.06.09
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