03. 奇跡に感謝する



「ひひひ……」

 思わず変な声が出てしまうのも仕方の無いことだ。それだけに今の名前は興奮している。
 顔を始終緩みっぱなしにして、何か黒い物を布で拭いていた。
 黒い物は台風に巻き込まれる前に一緒に引きずっていた名前、愛しのバイクである。
 大分体の調子が良くなり一人でも歩き回れる様になった名前は海岸を散歩することにした。心配性のおばさんはもちろん一緒だが、他の男衆が来ないだけマシな方だろう。
 散歩に……と家を抜け出そうとしたら、凄い勢いで止められた。何とかジェスチャーで外に出ることにこぎ着けたが、家にいた3人ばかりのこれまた体のしっかりした男の人がぞろぞろと名前の後をついてこようとするのである。
 ここから先がまた長くなるので省略させて貰おう。
 そうして、何とかおばさん一人がついてくる状態にまでしたは良いが、ここで嬉しい大誤算が出てきたというわけである。
 散歩中に何か浜辺に打ち上げられているではないか。駆け寄ってみると愛しの愛しのバイク。

「ああー、俺の女神様! 無事だったか?! 無事だったんだな」

 浜辺であるにもかかわらず、駆け足でバイクの元へとかけより頬ずりを始める。もちろん、起こしながら頬ずりをするという、結構無理な体勢なので、よろけてしまうが、これも愛の重みと思っているからある種の変態である。

 塩水でどこかやられたところはないか?! 海藻が付いているのが何とも可哀想だ。この海藻めが、俺の女神に触れるとは何という無礼をしでかしてくれたものだ!

 貰っていたハンカチよりも大きいサイズの布でバイクの汚れを磨いていく。
 通販で購入した、クリーナーのお陰か、軽く力を込めて拭いただけで元の姿を取り戻していくバイクに感嘆する。
 寺院の境内などは鏡の様に姿が映るほどに美しく輝いているが、それは日々、坊主が修行を兼ね、水で廊下を拭いている事によるものなのだ。
 そうした毎日の積み重ねにより、美しさは保たれるものであり、名前のバイクもその面でいうならば同類なのであった。
 日々布で拭くことが趣味にもなっている程、名前はこのバイクに愛情を注いでいたのであった。
 自身の顔が映りこむ頃になると次は動くかどうかを確かめようとする。塩水に浸かっていたことは明白であるので動く方が奇跡だ。

「ぎゃういてょふ、ふじこ」

 名前の世話をしてくれている年配の女性は声をかけた。
 心配ないと顔を笑顔にして名前はアピールをする。数日過ごすうちに言葉はわからずとも意志の疎通の仕方を心得るようになったからである。
 案外言葉が通じなくともなんとかなるもので、身振り、手振り、といったボディーランゲージは偉大なものであると名前は感じていた。

 年配の女性はバイクを砂場から動かそうとしている名前の後ろを不安げについて行く。
 これが何か分かっていないのか、そんな雰囲気を名前は感じるが、まさかな、と頭を振るった。
 細かいフォルムは違えども形は二輪自動車のそれだし、いくら田舎であろうとも見かけないはずもない。
 重そうに動かしているからだろうかと名前はこの年配の女性は心配性であるという認識を強めていた。
 ある程度地面がしっかりしたところにバイクを位置させるとベルトに繋がっていたキーを取り出し跨った。久しぶりに触る感覚に満足を覚えるが、問題は無事であるかということなのだ。
エアクリーナーをチェックすると、海水がたぽたぽと入っている。
思わず悲鳴を上げそうになるが、人間驚きすぎると声が出ないらしい。予想していたことではあったが実際に見るとやはりショックは大きい。

「くそ、なんだこの虫は!」

 すぐに海水を抜き、エンジンがかかるかどうかチェックをしようと、胸をどきどきさせながらキーをまわした。
 始めは全然動かない様子ではあったが、何度か繰り返すうちに奇跡的にかかった。調子悪いようで普段のエンジン音とはかけ離れている。けれども、動いたのだ。
 俺の女神様!生きてくれたのですね!
 バイクに跨ると、懐かしい座り心地に感動すら覚えた。奇跡的に動いたが油さしやら、エンジンに入った海水をとことん取り除いたり、螺子一本に至るまで入念にチェックをしたいところだ。道具があるのかどうかは不明だが、専門的なものがいるのかどうか。
 うーんうーんと唸っていると俺に何かを言っている。

「え? なに? これ?」

 本当に知らないのだろうか。年配の女性は、不安げな表情が晴れることもなく、若干バイクと距離をとっている。
 見せてあげよう! 俺も走りたいし危ないものではないと照明したい。
 せっかくだからと思いバイクを走らせるために女性に離れている様に告げる。告げると言ってもやはり言葉が分からないのでジェスチャーだ。
 地面を蹴り、バイクを発進させる。

「た、たまんねえ」

 動いた瞬間にでた言葉。
 やっぱ俺の女神様は最高だ。

「ftgyhじああ。ふじこやはうはftぎゅhじ」

 ええ? なに?
 なんか感無量な声のトーンなんだけど。

 そして女が土下座していた。

「あーん、それじゃあこいつの走る姿見れないでしょう!」

 その後バイクを引きながら村に帰って、女の人が男衆に何かを話したらまた全員に土下座された。
 この村の風習はいまいち理解できなかった。
 それから、これも疑問なんだが……村人全員バイクを見たことがないのだろうか。俺が走る姿をみてまた土下座。
 ああ、もういいって。




(文明の差はここまであるものなのだろうか?)


08.06.21



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