02. 手が酷く汚れてしまった



「うっ」
 頭痛で目が覚める。名前は二日酔いにも似た痛みに顔をしかめ額に手をあてた。
 昨日は飲みだったか?と思い返すがそんな予定は入っていなかったはずだ。
 顔を手のひらでこすり欠伸を一つ。体を少し動かすと背中が痛む。寝たままの状態で腰をぼきりと鳴らし、今寝ている場所が床だったのかと未だに寝ぼけ、頭痛に悩まされている頭で考えた。
 一応何かが掛かっているが酷く粗悪な品だ。こんなもの家にあったか?
「あはじゃふさふさ」
 聞き慣れない女の声に俺はまたやっちまったと後悔をした。
 ここは彼女の家だろうか。記憶にないが、すまん。
 一度飲み過ぎて女を家に連れ込んでしまった事があったが、またか…。少しだけ女の顔を見るのが怖い。その過去の失態は本当に語りたくない物の一つである。男として最低だと言われるかもしれないが人には触れて貰いたくないものもあるわけである。
 身を起こそうと体をひねる。すると女の人がこちらに手を貸す形で俺を起こしてくれた。
 目に入った女の人はそれまた結構なご年齢で……俺は絶句してしまう。記憶にはないが、俺、またやらかしたのか?男としては尊敬に値するがこれが自分だから何とも言えない微妙な気持ちになる。
 そして、女の人(母さんと同じくらいの年齢なのでなんと呼んで良いのかわからないが)と俺の高さの違いから俺が寝ていた場所が寝台であったことが分かった。ずいぶんと固めのベッドだな、こんな所でヤったのか?と女の体を心配する。
 ―ああ、紳士でいてくれよ、昨日の俺。
「あ、あの…」
 どうしたものかと女の人に話しかけようとする。が、俺の声は数人の足音でかき消されてしまった。
「ふじこ!!!!」
 いや、ふじこって…。
 数人の男が部屋にどかどかと入ってきた。頭痛に悩まされていたがますます頭が痛くなってきた。
 もしかして、夫のある人に手を出してしまったのだろうか。本当に何をしている、昨日の俺…! でもって、旦那が数をそろえようとこの人数を連れてきたと。
「じゃふさあああ!! ふじこさむがおおる!!」
 俺を支えていた女の人が声を張り上げる。びっくりして名前は思わず口をあんぐりと開けたままだ。
 男達がはっとした顔をして、そろそろと片膝をつき、俺に土下座をした。
 何、これ…。まさか勇者だと崇められているってか?!
「ははは」
 名前は苦笑した。
 一人の男が顔をあげ、何か意味不明な言葉をずらずらと並べる。
 そこで、俺ははっとした。昨日俺は海に飲み込まれてしまったのだ。
「あー…」
 今更理解して名前は顔をぽりぽりと掻いた。それと同時に安堵。
 ―だよな、流石に飲んだ記憶もなかったし、勇者じゃなくて良かった。
 心の中でガッツポーズを取る。
「ふじこがふゆたぎゅにぶそ」
 現状を理解したはいいが、男が何を言っているか相変わらず分からない。波に呑まれた際にどこか田舎の浜辺へと流されたんだろうか。同じ日本だとしても方言に関しては別だ。地方それぞれの言葉の使い方で全く別物に聞こえてしまうからだ。
「えっと、何言ってるかわかんねーんだけど。標準語しゃべってくれ…ないですか?」
 年上の人達であるというのに、うっかり普通に喋ってしまい、慌てて最後のみ取り繕う。
 すると、農民の格好をした男達の表情が変わり、ざわめいた。
「ひっ、す、すみません」
 言葉遣いがなってなくて本当にすみません。おっちゃんら怖い表情しすぎだよ。と名前は焦る。
 一番俺に近い一人が後ろに控えている男達を牽制する。そして、また頭を下げ、何か言うがやっぱり分からない。

「ぁっああ!! ぶはらぇ、いいらぐ!!」

 この室内にいた人物全員が声のした方向を向く。この部屋の出口へと皆が視線をやっている中、リーダー的な男が一言俺に告げ、立ち上がった。すると、他の男達も立ち上がり部屋から出て行ってしまう。
 さっきの悲鳴は何だったんだろう?と俺も後をついていこうとする。
「ふじこ…、あほゆたが…」
 女の人が俺に話しかけるが、俺の事心配してくれているのだろうか。ぶっ倒れた俺の介抱をしてくれたのもきっとこの人だろう。動いてはいけないとか、そんなのか?
 名前はにこりと女を安心させようと微笑んだ。好奇心は抑えきれないし、体調もこの頭痛をのぞけばすこぶる快調だ。
「ふじこ」
 
「あぐああ!」

 そして、また悲鳴が聞こえてきた。名前は支えていた女からそっと離れ出口へと向かう。悲鳴が大きくなってくる。
「なあ、一体何が」
 名前の視界にある男が目に入った。うめいていたのはこの男だ。そして、その男の前にしゃがみこみ何かしている男は先ほど名前の前にいた男だった。
 先ほどまでいた男達もうめき声を上げている男を囲むようにしている。
 名前はそのうめき声をあげた男を直視することが出来ず直ぐさま視線を逸らした。男の足が視界に入ったのだが、ぱくりと肉が開いている。本来ならばがっしりとした足なのだろう。が、名前が目に入った男の足はまるで柘榴の様に紅々としたものであったし、骨が見え隠れしていた。
 見えたのは一瞬。だが、脳裏へとしっかりと焼き付いてしまい名前はこみ上げてくる吐き気を押さえきれなかった。折しも名前が立っている場所は風下だったらしく、血の臭いが名前を包み込み余計に吐き気を促す。
「お、おぶええぇ……」
 両の手で口元を押さえるが堪えきれず胃の中の物を吐瀉してしまう。喉が胃酸によって焼かれた。
「ふじこ…!」
 名前の元へ慌てた女と男が寄ってくる。女が優しく名前の背中をさすり先ほどまでいた部屋へと促した。
 ―あ、すみません、ほんと迷惑かけます。
 名前は寝台へとなだれ込むようにして、渡された桶にはき続けた。水を手渡されるが、むせてしまう。



(農作業中に鎌で足を切ったんだろうか。ああ、農家って大変だ)


2006.11.12




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