03 - 忍びとして(中)
牢の鍵が外される音で目を覚ます。
ああ、また嬲られるのか。それとも、今度こそ命が終わる時なのだろうか。
自己防衛本能からか、自然と殺気を纏ってしまう。
生きるだけの気力はないのに無意識というのは恐ろしい。
楽になりたい。そう思っていてもまだ生きていたいと思ってしまう。
「名前さん」
……利吉か?
うっすらと目を開ければ見知った顔であった。痛みからか幻覚を見ているのだろうか。
「名前さん。助けに来ました」
どうやら幻覚ではないらしい。本人だったようだ。
何故ここに? と聞こうと口を開くが僅かに開閉するだけで音を発することが出来なかった。
水を飲んでいないからか、それとも飲まされた腎水のせいだろうか。喉はがらがらとしている。
口の動きから意を読み取った利吉が名前を縛っていた縄を切りながら答えた。
「父上に頼まれました。生徒も心配しております」
その一言で十分だった。授業を休んだからか。放っておけばいいものの、つくづくあの方は甘い。
名前の様な忍は任務を失敗する確率も高い。濃質な情報を得やすいがその変わりに籠絡する相手には肌を見せる。
もちろん隠し武器を持つが最小であるし、ばれてしまえばそこで終わりだった。
それを山田先生は知っているからだろう、無断で休むということは忍務の失敗をにおわすこととなるのである。
長期になる時は事前に伝えていたことも、山田先生に自分の今の状況を知らせるのには十分であったと言うことか。
全く、優秀な忍者を遣わせてくれたものだ。息子とはいえ超一流の忍びにわざわざ私のことを調べさせたのか。流石、利吉というべきか、それとも自分の腕がへぼだったからか。
この場所が分かったということは、自分の動きが読まれてしまったことに他ならない。
優秀な後輩に嫉妬してしまう。
縄を切られ片腕が自由になった。ぐらりと体が反動で揺れた。利吉は名前を支えながらそのまま、もう片方の腕に繋がれた縄を切る。
自身を支えるだけの力がない名前は体を利吉へ預ける形となってしまう。
嫌いな相手に助けられるとは……。色々な感情が入り乱れる。制御する方法は身につけたはずだったのだが、嫉妬や羞恥心、そして惨めさ、それらが胸のあたりを渦巻いていた。
「立てますか?」
立てると気丈に振る舞いたいがなかなか力が入らない。
何としても動かなくては。いくら利吉が優秀な忍者であろうとも負傷した男を抱えここから逃げ出すことは無理だろう。
足に力を入れようとするのだが、もはや感覚が無かった。これほどまでに拷問を受けていたのだろうか自分は。
体の痛みが痛みとして認識しなくなった時からまずいとも思ったがこれでは何も出来はしない。逃げることは絶望的だった。
見捨てろ。
掠れがすれではあったが、全てを音として発することができた。
利吉から離れた途端地面へと崩れ落ちる。
へたりこむことすら出来ない体だ。逃げることが出来ないのは利吉の目からみても明白であった。
また、忍務を失敗した私は忍びとしても終わったも同然であった。
もう、逃げる気力すらない。生き延びたところで私は死んだも同然だ。忍びとして忍務を遂行できず、恥をさらして生きるのか。
利吉が私を解放してくれたことで敵方に首を取られることは無くなった。潔く自決する事が出来る。
「さあ、いけ」
そう伝えようとした時だ、利吉が名前の腕をとった。そしてそのまま自身の首へ回させる。
名前が首をもたげる様に利吉を見ると僅かに眉間へ皺を寄せているのがわかった。
「先ほど貴方にお伝えしたことを訂正しましょう。父上と学園長先生からの依頼です。貴方を連れ帰らなければ私の名に傷がつく」
もう枯れたと思った目から水がでた。本当に感情の制御が出来なくなっている。
利吉の優しさに、苦しくなる。
そう言えば私の大儀が通ると思うのだろうか。生きる為の理由が出来るというと思っているのだろうか。
利吉に助けられたことを恨んでもいいと、そう言っているのだ。
だから、私はお前が嫌いなのだ。この優しすぎる後輩を憎いと思ってしまう。
「退路は確保してあります」
利吉が立ち上がり、名前を背負う。名前は手に力が入らずとも、何とか腕を回し利吉との隙間を埋めようとした。
体を密着させることで、動きのぶれを無くさせたかったからだ。
牢から出、地上へ上がるために駆け上がっていく利吉。
息を乱すことなく一定の速度で走る。途中、途中に見張り役だったであろう男が数名倒れていた。
そして、僅かな火薬とものの焼ける匂いが地上に向かうにつれ香ってきた。
一本道であった地下牢から抜ける。そして、丁度その時、爆音が屋敷に響き渡った。
音からしてそれほどの量を仕掛けていたわけではなさそうだが、この男は一人を助け出すには目立ちすぎることをしでかした様だ。
利吉が舌打ちをする。
「ど、……し」
どうかしたのか、と耳元で呟けば、舌を噛みますと制された。
そして、そのまま利吉は名前を負ぶさりながらも走り続ける。天井裏から逃げることが出来れば見つかる可能性もないが、力の入らない名前を連れているのでは無理なことだった。
(今すぐこの場で投げ捨ててくれればいいのに)
利吉の背中が意外にも温かくて、この命を終わらせることになるのかもしれないと考えたら身震いが起こった。
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