02 - 喰ってかわれる



 いい月夜だ。天を仰げば柔らかな光が目に入る。
 忍たまに教えた次の日にくの一への臨時授業があるため忍術学園で一晩を過ごすこととなった。
 湯をあび、汚れを落とし終わり、学園長より借りた部屋へ戻る途中、猫の悲鳴が聞こえた。
 随分と殺気だっている。何かあったのだろうか。
 普段ならば気にもとめない名前であったが気が向いたため音のする方へと向かう。
 どうやら、猫は移動しているらしく、悲惨な鳴き声を頼りに後をつけた。忍タマ長屋へ向かっているようだ。そして、びみーと一鳴きし、またにゃーだのしゃーだの鳴いている。
 草木をかき分け、猫に何があったのかと覗いてみれば、潮江文次郎が猫を抱きかかえていた。

「こら、大人しくしろ」

 文次郎の顔が傷だらけになっている。無理矢理捕まえようとしていたからだろうか。猫の悲鳴は文次郎が上げさせていたのだ。

「全く、こちらに向かってくれて助かった。先生のところへ行かれてしまっては捕まえられなかったからな」

 猫のノドをごろごろと文次郎が撫でると先ほどとは打って変わって気持ちの良さそうにする猫。
 落ち着いたのか、その後暴れることなく、文次郎の腕の中で大人しくしている。
 文次郎は猫が逃げないと思ったのか、近くにあった岩へと腰を下ろした。ゆるりと猫の頭を撫でる。

「苗字先生の授業は酷だ」

 自分の名前が出たことにより名前は気配を絶ち、より文次郎へと近づく。

「接吻などと、どうしていいのか分からん」

 確かに今日来週は接吻のテストをすると言ったが、それのことか。文次郎はこの授業ではクラスで最下位の方へと入る方だと名前は認識している。
 全く不器用な男だ。こんなもの唇と唇と這わせるだけではないか。精技の基礎の基礎ぞ。
 猫を抱き上げ、自分の顔へと近づける文次郎。接吻の練習相手に猫を選んだらしい。だから追いかけていたのかと納得をした。
 だが、文次郎の顔が近づくと大人しくなったと思った猫が急に暴れ出した。思わず名前は吹き出した。

「だれだ!」

 まずいとも思ったが、文次郎のあの顔は面白すぎた。

「すまない、笑うつもりは無かったんだが……」

 見つかったからには隠れている必要はない。文次郎の前へと姿を表す。
 猫が名前の横を通りすぎた。折角捕まえた猫が逃げてしまい、彼に申し訳ないことをしたと名前は思った。

「房術の授業の練習だね、良かったら相手になろうか?」

 猫を逃がした事に対する名前なりの詫びであった。

「貴方は?」

 女装した姿で普段は会っているが、こうして変装を解いた姿で生徒に会うのは初めてだった。
 先ほどまで文次郎が話していた“苗字先生”だということに気が付かないことに苦笑する。だが、気がつかれなくて良かったとも思う。
 普段名前が女装をして授業をしているには訳があった。生徒に房術を教える際に同性であるならば抵抗する面もでてくる。
 簡単に言うならば萎えてしまわれては困るからだ。この位の年齢ならば教わる相手は異性の方がいい。

「学園長先生にお世話になっていてね、今晩こちらに泊めて頂いている。猫の後をつけたら君と猫が格闘していたというわけだ」

 自分のことがばれていないならば、ばらす必要もない。
 忍タマ長屋の廊下へ座る名前。足の裏についた汚れを肩へ掛けていた手ぬぐいで拭う。

「こちらへおいで」
「いえ、私は……」
「接吻が分からないのだろう、実際に人間を相手にしたほうが、猫なんかよりも遙かにいい」

 あれは返してくれないから。と呟くと文次郎はわけが分からない様で首をかしげていた。
 経験がなさすぎるというの困りものだな。鍛錬馬鹿とはこういうのを言うのか。私が彼くらいのときはどうであっただろうかと昔へ思いをはせる。
 名前が足を広げ、股に空間を作った。文次郎の手を引き無理矢理その隙間へいれると体制を崩すことに成功した。意地の悪い笑みを見せると文次郎が観念したようで大人しくなる。
「初めてあった相手と何でこんなことを」と呟く彼が少々可愛らしく見えた。
 生徒には良い点をとって欲しいと思うのは教師の誰もが思うことである。若い才能が憎い名前ではあるが、それなりに教師としての自覚も生まれている。

「まずは君からだ」

 そう告げると、躊躇いがちに顔を近づける文次郎。半目なあたり、嫌々しているのが丸わかりだ。
 頭を叩くと不機嫌そうに言われてしまう。

「しろと言ったり、叩いたり、よく分からない方だ」
「それは君が悪いからだ。私が教師なら零点だな」

 ほれと、顔を近づけると文次郎がぎゅっと目に力を込める。
 何もそこまでしなくてもいいじゃないかとまた、笑みがこぼれそうになる。
 唇を合わせると、文次郎が肩に力を入れているのが丸わかりだった。女人の姿の時と反応が違って面白い。
 あれは、あれで面白いが、これはこれで面白い。なるほど、文次郎が立花に言いようにされるわけだと理解した。
 舌でぺろりと唇を撫でてやれば驚いた様でうっすらと口があく、ついでに目も見開かれこちらを鋭い目で見つめてくる。
 その空いた口に舌を進入させれば、ドンと胸を叩かれた。だが、ここで終わりではないと女人の時では教えることが出来なかった基本二十手を教えてやろうと躍起になる。
 舌を使った接吻の基本、遊舌。
 だが、しかし文次郎が舌を伸ばすことをしないので、進入させ、無理矢理舌をあわせることにする。
 逃げる文次郎の舌を絡めとるように、追いかける。
 相変わらず、胸を叩かれ、体を離そうとする文次郎に名前は逃がすまいと足で挟みこみ体を逃げ出すことのないよう固定させる。
 唾液を流しこみ、舌と舌でからめる。文次郎が次第に大人しくなるのが分かると名前は満たされる気持ちになった。
 こうして誰かが自分の思うとおりになる姿は心地よい。
 歯をなぞりあげたり、口腔内を堪能する。
 口を離した時には、文次郎はぐったりとしていた。

「どうだ? 分かったか」

 脇の下へと手をいれ、文次郎を抱え膝にのせた。
 どうやら、呆けている様で大人しい。

「い、息を…」
「ん?」
「息をするのを忘れていました……」

 文次郎の頭を撫でてやると、気恥ずかしそうにされた。
 空をみれば月が目に入る。美しい月だ。来週のテストで文次郎がそれなりの技を見せてくれれば最高だ。
 そして次の週、名前の行ったテストで文次郎は見事合格を果たした。




(あの糞餓鬼……! まるっきり、私と同じことをしてきやがって!)



 驚いて逃げてしまい、舌を絡めることすらままならない。教師として私はもう駄目かもしれない。



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