雨の日の事
「あめ、あめ、あーめ!」
「よく降るねぇ」
傘をさした○○とレインコートを着たその子供は雨の道を歩いていた。
舗装された歩道はぬかるみは無いが、水溜まりはある。
「みずー」
パシャパシャと動く長靴は水を弾き楽しそうに踊った。
「長靴の中に水入れないでねぇ」
「あーい」
「分かってるのかしらねぇ」
○○はにこりと笑って子供の様子を見た。
梅雨入りをしたこの町でも毎日雨がよく降った。
子供を連れての買い物は大変だが、雨の日の方が子供はよく歩いた。寄り道も多かったが。
「よく降る雨だねい」
ステアリングを握るマルコは面倒臭そうに煙草を吹かした。
「グラララララ!辛気臭い顔してんじゃねェ」
後部座席に座る白ひげは豪快に笑う。まるで梅雨の雨など気にしないかのように。
「洗濯物が乾かねェんだよい」
マルコは口許だけ笑いを乗せた。
「マルコ、てめぇでやってる訳じゃねェだろう」
白ひげは少し呆れ気味に言う。
彼の長男には今付き合っている女性がいた。会社は違えど彼女とは契約関係にある。
「でもよい、オヤジ。帰ると部屋中洗濯物だらけだよい」
マルコは紫煙を吐き出した。
「良いじゃねェか。とっとと結婚してやれ」
「…………よい」
マルコの小さな返事に白ひげは豪快に笑い飛ばした。
プロポーズ用の指輪は用意している癖に、いざとなると邪魔が入ると話す。
「しかし、さっきから前の車が下手くそだな」
マルコは怪訝な顔で前の車を見る。
「蛇行運転か。ずいぶんと酷いな」
白ひげ身を乗り出してフロントガラス越しに前の車を見た。
車は右へ左へ蛇行運転を繰り返した。
「あ!危ねェ!!」
思わずマルコは叫ぶ。
歩道を歩く親子連れに前の車が近付いた。
運の悪い事にガードレールも縁石も無い場所であった。
母親らしき女が子供を抱き寄せたのが見えた。傘は飛び、親子連れに泥水が派手に掛かった。
だが、車との接触はなく、怪我はないようだ。
「事故るところだよい」
「止めろ」
「了解」
白ひげの声に従い、親子連れを通り越した所でマルコは安全に車を停めた。
先程の車はフラフラしたまま去っていった。
「あの車のナンバー控えておけ」
「了解だよい」
白ひげはそれだけ言うとドアを開ける。
「びぇぇぇぇぇ!!!」
車を降りると子供のけたたましい泣き声が雨音に負けずに響いていた。
「ほら、大丈夫だから泣かない!」
母親ーー○○は子供を抱き上げた。
「あーあ、見て、傘の骨折れちゃった」
○○は「困ったねー」と子供に話しかける。
「大丈夫か?」
「え?」
突然の声に○○は驚いて白ひげを振り返る。
「あれ?貴方は確かヨーグルトの」
○○は白ひげを驚いた顔で見た。
スーパーで会ったのは一回だけ。よく覚えていたものだ。と白ひげは思った。
しかし、彼は彼が思っている以上に特徴的な人物だった。
「大丈夫か?前の車がヒデェ運転してたからな」
白ひげは進行方向へ消えた車を振り返る。
「本当に事故にならなくて良かったですよ。こんなになっちゃいましたが」
○○は泥だらけの自分の服と折れた傘に視線を向けた。
「災難だったな。乗っていけ」
白ひげが自分の車を振り返る。
「え?いえいえ、汚れちゃいますから」
○○はにこりと笑った。
「気にするな、風邪引くぜ?」
白ひげはにかりと笑う。
「…………ありがとうございます。でも、本当に家すぐそこなんです」
指差す先にこじんまりとしたアパートがあった。
「そうか?それなら良いが。じゃあ、この傘を持っていけ。これなら坊主も入るだろう」
白ひげは無理矢理傘を交換した。
「ありがとうございます。助かります」
○○は困ったように、しかし嬉しそうに笑った。
「かさ、おっき!」
子供はいつの間にか泣き止み、嬉しそうに白ひげの大きな傘を見上げた。
「そうか、良かったな!」
白ひげはにやりと子供に笑いかけた。
「では、お借りしますね。その内返しに」
○○はにこりと笑った。
「そうか、なら」
白ひげは懐から名刺を一枚取り出した。
「携帯とか持ってねェからな」
白ひげは自分の自宅の番号を書き入れ渡した。
「わかりました」
○○はそれを受け取った。
「ほら、風邪引くから早く行け」
白ひげはアパートの方を指差した。
「ありがとうございます」
○○は子供を抱いたまま歩き出す。
「ばいばーい!」
子供は○○の肩越しに手を振った。
白ひげはそれに答えるように無言で振り返す。
「あ」
○○は静かに振り返る。
「□□○○と申します」
○○は笑顔で丁寧に名乗り頭を下げるとそのままアパートへ歩き出した。
雨の日の事「ふーん、オヤジはあァ言うのが好みのわけかよい」
「グラララララ!そう言う事だ」
「傘も手に入れてな」
「それよりマルコ。さっきの奴は」
「すぐに片付くよい」
「グラララララ!頼りになる息子どもだぜ」
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