たまには風邪をひいてみる
『大丈夫ー?』
かかってきた電話に出ると□□だった。
「…………ダメ……」
ダミ声が私の口から出た。
『会社2日間休むとか珍しいからね!まぁ、のんびりしててよ』
携帯から□□の笑い声がした。
「うん、ありがどう」
それだけ必死に言うと電話を切った。
一昨日辺りから喉の調子がおかしくなり、そのまま熱が出た。
ダルくて病院にも行けずにいた。
一人暮らしはこう言う時つらい。
まともな物も食べてないし、食べられない。
ちょっと□□の声に癒された。
ーーピンポーン
いつの間にか寝ていたようで、チャイムの音で目が覚めた。
誰だろう、こんな時に。
私は無視を決め込んで眠ろうと目を閉じた。
ーーピンポンピンポンピンポーン
連続チャイムが頭に響く。
鳴りやまないチャイムに仕方無くダルい体を起こす。
「…………はー……ぃ」
何とか声を出しながら玄関を開ける。
「よう!○○!元気か?いや、往診に来て元気か?は無いか」
底抜けに明るい声と赤い髪、白衣に大きな黒い鞄を手にシャンクス先生がそこにいた。
ーーバタン
私は無意識に玄関のドアを閉めてしまった。
な、なんで?なんでシャンクス先生が?
お、往診とか言ってなかった?
え?え?
「おーい!開けてくれよ○○ー!」
ドンドンとシャンクス先生の声が響いた。
私は携帯に手を伸ばす。思った通りメールが来ていた。
『どうせ病院にも行ってないでしょ?シャンクス先生に往診に行って貰える様に彼氏に頼んでおいたよ!シャンクス先生の白衣を見て早く良くなってね♪』
□□め!
私は慌てて部屋を出来る範囲で片付けると、手櫛で髪を整えながら玄関のドアを開けた。
「お、お待だぜじまじだ……」
最悪。
何この声!最悪!
せっかく憧れのシャンクス先生が目の前にいるのに……!!
「おう!邪魔するよ!」
シャンクス先生は嬉しそうに笑った。
私が身を引くとシャンクス先生は入って来た。
私の部屋に!!
「ベッドが良いか、案内してくれ」
シャンクス先生は鞄を掲げた。
「はい」
落ち着いて。そう自分に言い聞かせて私は寝室に向かった。
ベッドに腰をかけるとシャンクス先生は仕事用机の椅子を引き寄せて座った。
「症状は?いつから?」
シャンクス先生は鞄から聴診器を取り出して耳につける。
先端の方を掌で暖める様に握った。
「一昨日辺りから喉が。昨日から熱が出ました」
何とか普通に近い声を出しながら答える。
やっぱ、ふらふらするなぁ。
「おいおい、それならもっと早く言えよな。病院に電話するとか」
シャンクス先生は苦笑しながら言う。
なんだろう、この人何してもカッコイイなぁ。
「…………ずみまぜん」
引き換え私は何て様になら無い声と姿だろう。
「んじゃ、服捲って」
シャンクス先生の言葉に照れを悟られない様に躊躇なく捲る。
あァ、今日は睡眠用の可愛くないブラだ。最悪。
「熱ィな」
シャンクス先生の指が私の肌に直接触れて声が出そうになる。
なんだ、私は変態か?
「ん。じゃあ、次背中。悪いがベッド乗るぞ」
私が動くのではなく、シャンクス先生がベッドに乗って私の後ろに回り込んだ。
ドキドキと見えないシャンクス先生を感じようと背中に集中する。
「んー。つらそうだな」
シャンクス先生はベッドから降りた。
ちょっと残念に思うのは熱寝せいだと思う。
「腹の動きも診とくか。仰向けで寝て」
「はい」
シャンクス先生の言葉に従ってベッドに寝る。
シャンクス先生は躊躇する事なく私のくたびれたパジャマを捲る。
あぁ、なんて色気の無い。
「ちゃんと飯食ってるか?」
シャンクス先生の指がお腹を叩きながら聞いてきた。
お腹、ぷよぷよでごめんさない。
でも、ここ数日ご飯食べてないから少しはましかな。
そう思いながら首を左右に振った。
「だろうな」
シャンクス先生は往診道具を鞄にしまいながら言う。
「取り合えずこれを飲め」
シャンクス先生に薬とペットボトルの水を手渡された。
それを大人しく飲み干す。
あぁ、もうおしまいか。残念。
「台所借りるぞー」
往診鞄からビニール袋を引っ張り出したシャンクス先生の言葉に耳を疑った。
「え?いや!あの!」
さすがの私は慌てた。
「まだ時間も早ェしさ。少しサボらせてくれよ」
シャンクス先生のにかりと眩しい笑顔にクラクラして、思わず頷いてしまった。
「じゃあ、寝てな」
シャンクス先生は軽々と私をベッドに押し倒し、自分は我が家のキッチンへと消えた。
また、少し寝てしまったようだ。
目を覚ますと良い匂いが部屋に充満していた。
「お!起きたか」
シャンクス先生はベッドの端に腰をおとしていた。本を閉じて声をかけてきた。
「すみません、寝てしまいました」
私は体を起こしながら言う。
あ、声がちゃんと出る。
「いや、それほどでもねェよ」
シャンクス先生は笑いながら立ち上がりキッチンへとまた行ってしまった。
「ほら、これ飲め」
戻ってくるとマグカップを差し出してきた。凄く酒臭い。
「…………」
「卵酒。それ飲んだら一発だからよ」
私が躊躇しているとシャンクス先生がニヤニヤと進めてくる。
これは、愛の試練か……。
「い、頂きます」
「おう!」
ぐいっと一発に煽る。
「っ!!」
「はい、最後までー」
噎せ返りそうになる私に構わずシャンクス先生はマグカップの底に手を添えた。
ごくりと私はなんとか最後まで卵酒を飲み干した。
「よし!良く出来ました」
にかりと眩しい笑顔のシャンクス先生の顔が段々と白くなった。
***
「おーい、○○。寝ちまったか」
シャンクスはマグカップをその辺に置くと、○○をきちんとベッドに寝かせ、布団をかけた。
「ったく、医者嫌いなのによくこんな仕事続けるよな」
シャンクスは苦笑しながら、真っ赤な顔で寝息を立てる○○の髪を撫でた。
○○は製薬会社に勤めている、いわゆるMRをしている。
まだ新人の頃に新しい顧客を増やす為赤髪医院へやって来た。
最初は他の製薬会社に頼んでいた為断っていたが、○○の粘りに負けて契約を結んだ。
それがきっかけで今では一番の取引先になっていた。
「……ヤベェな、この状況」
シャンクスは名残惜しそうに撫でる手を何とか引き離した。
「……よし!」
シャンクスは書き置きを残すと鍵を見付けて外側からかけ、そのままポケットにしまった。
「また明日な」
シャンクスはそのまま帰って行った。
たまには風邪をひいてみる「んー!よく寝た!」
○○は爽快な気分で目を覚ました。
夜を過ぎ、次の日の朝になっていた。
「ん?」
そこには書き置きがあった。
『○○へ
お粥とスープを用意しておいた。しっかり食べて薬飲んでろ。
鍵はかけて持って帰るから、勝手に出掛けるなよ?
じゃあ、明日また来る。
シャンクス』
「…………え?」
○○は驚いて何度もその手紙を読んだ。
そして
ーーピンポーン
来客を知らせるチャイムが鳴った。
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