9月生まれの方へ


夏の燃えるような熱さが過ぎると、やっと落ち着いて仕事が出来る様になる。

ここ##NAME4##城の正軍師であるシュウは部屋でいつもより滑りの良いペンを動かしていた。

「ふふ、シュウ兄さん今日はご機嫌ですね」

妹弟子のアップルが楽しそうにシュウに笑いかける。

「何の事だ?」

「兄さん、知らばっくれたくて良いのに」

シュウの無表情にアップルはニヤリと笑う。

「若い娘がそんな顔をするな」

シュウは片眉を上げる。

「兄さん……年寄臭いです」

クスクスと笑うアップルに若干の苛立たしさを感じながらもシュウはペンを走らせる。





「ふぅ」

書類が一段落して、大きく息を吐く。

「お疲れ様です」

クラウスが珈琲を入れてやって来た。

「あぁ」

それを受け取り、飲む。
酸味と苦味、そして深い香りを楽しみ、シュウは一息つく。

「兄さん、今日はもう良いんじゃないですか?」

アップルがシュウに声をかける。
時刻は午後5時。
いつもならまだまだこれからの時間だ。

「……」

「そうですよ、シュウさん。たまには早目に終わっても誰も文句は言いません」

クラウスはにこりと笑った。

「……」

「はい!そうと決まれば早く立って!」

アップルが無理矢理シュウを立たせる。

「アップル!」

シュウは呆れと怒りでアップルの名を呼ぶ。

「はいはい!小言は明日にでも聞きます!部屋に帰るのが早ければ“図書館”にでも行って本でも読めば良いんですよ!」

アップルはにっこりと笑顔を作り、シュウを部屋から追い出す。

「あ!なら、昨日シュウさんが借りた本も返してくれば良いんですよ」

はい。とクラウスはシュウに本を渡した。

「「では、お疲れ様でした!」」



ーーパタン


「…………あいつら……」

ため息をついて、追い出されては仕方がないと、シュウは本を片手に図書館へと足を向けた。





「あ、シュウ軍師!ようこそ!」

シュウの姿を見付けると、にこりと嬉しそうに笑って近付いて来たのは図書館司書その2の○○だ。

「あぁ、返却だ」

シュウは○○に本を渡す。

「はい!確かに受けとりました」

○○は嬉しそうに笑った。

「…………今日も本を選んで貰って良いか?」

シュウは少し目線を外して聞く。

「はい!もちろんです!今日はどの様な物をお求めですか?」

○○はにこにことシュウを見上げる。

「そうだな…………。たまには頭を使わないものが良い」

シュウは考えながら言葉を発する。

「はい!かしこまりました!どうぞ、こちらへ!」

○○はシュウを引き連れて図書館の奥へと向かう。



「うーん、どれが良いかな?」

着いたのは児童書のコーナー。
○○は真剣に本を探し出す。
シュウは本を探すふりをして○○を観察する。

アップルやクラウスにからかれたが、それは決して彼等の思い過ごしではない。

シュウは○○の姿を見るだけで、心が穏やかになるのを感じる。
しかし、表にそれを出さないので、他人から見たら○○を睨んでいる風にしか見れない。
それを正確に感じとるアップルとクラウスはやはり軍師向きなのだろう。

シュウはポケットに入る小さな袋を片手で確認する。


「これなどいかがでしょうか?」

○○は一冊の本を手に取った。

「“眠り姫”か」

シュウはポケットから手を出すとその本を受け取る。

「読んだ事はおありですか?」

「あぁ、昔な」

○○の言葉にシュウは頷く。

「ふふ、なら、新しい発見があるかも知れないですよ?」

○○は楽しそうに笑う。

「そうだな……。では、これを借りよう」

シュウは頷く。

「はい!では手続きを」

○○が促そうとするが、シュウは奥へと進む。

「シュウさん?」

「少し良いか?」

「あ、はい!」

シュウが自分を誘うなど珍しいと○○はシュウの後を追った。



そこは、過去の軍用資料などが保管されている、図書館でも決まった人間しか入らない部屋。
よって、今はそこにはシュウと○○二人きり。

初めての二人きりに○○は少しドキドキと胸を高鳴らせた。

シュウは静かに○○を振り返る。

「今日はなんの日だ?」

「え?えっと、9月△△日です」

○○がかかっているカレンダーに目を向けた。

「……」

「……」

「……」

「…………え?まさか」

○○は黙ったままのシュウにおどおどと声をかける。

「お前は自分の誕生日も忘れるのか」

シュウはやれやれとため息をつく。

「っ!え?私、誰にもそんな話は……」

○○は混乱する。

「ふっ、まぁ良い。これをお前にやる」

シュウはポケットに手を入れて、先程確認した袋を出すと、○○に投げた。

「え?あ?え?」

○○は混乱したまま、それを危なげ無く受け取る。

「俺の用事は終わりだ。ではな」

シュウはそれだけ言うとさっさと資料室から出ていく。

ポツンと一人残された○○は呆然とシュウに貰った袋を見る。

「はっ!お礼を言えなかった!」

○○はそう思いながら袋を開けてみる。

中から水色の石のついた指輪が出てきた。
そして、一枚の紙切れ。

「っ!!!こ、これの真意は?!」

○○は顔を真っ赤に染めたままシュウの出て行ったドアに叫んだ。





外ではシュウがドアにもたれてクスクスと至極楽しそうに笑みを浮かべていた。

「“眠り姫”か。確か、王子のキスで目覚めるんだったな」

シュウは本を捲ると、その場を後にした。





“誕生日おめでとう。

逃げられないと思い、覚悟するんだな”



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