裏切り
「こんな時間にこんな所に……何用だよい」
マルコは苛立たし気にやって来ると低い声を出した。
「こっち!」
ミミはホテルの真向かいの違う建物に入る。
「……不法侵入」
「言ってる場合ではありません!」
マルコにピシャリと言うとホテルに目を向ける。
高層ホテルだと皆意外とカーテンを閉めない事も少なくない。
「良いですか?深呼吸して」
「何でだよい」
「良いから!!」
「…………」
マルコはミミの言葉に深呼吸をする。
「はい、これであそこ見て!」
ミミがマルコに双眼鏡を差し出す。
「不法侵入の次は覗きかい。良い趣味してーー」
「マルコ専務」
マルコの面倒臭そうな声をミミが遮る。
「私は何があってもあ貴方の味方です。あ、秘書として」
ミミが真剣な顔でマルコへと言うのでマルコは訳の分からないまま双眼鏡を覗き、向かいのホテルを見た。
「どこを見れば良いんだよい」
マルコは双眼鏡を覗き込んだまま声を出す。
「それは」
ミミがホテルの部屋を教える。
「誰もいな…………」
マルコの眠そうな目が次第に真面目なものになる。
マルコは双眼鏡越しに誰もいないが明かりのついた窓を見た。カーテンを閉めようとしたのは紛れもなく愛しい女のバスローブ姿。男が女の後ろから抱き締め、唇を重ねる。
「……」
マルコは無言で双眼鏡を外してホテルの方を見る。
「あの、これ」
ミミはおずおずと携帯電話の録音機能を見せる。
「再生するのは……マルコ専務が決めてください」
ミミの言葉に間を置いてから再生ボタンを押した。
「○○は帰れよい」
マルコは全てを聞き終えるとポツリと呟いた。
「で、でも」
ミミはマルコが心配だった。
「良いから!!…………帰ってくれよい」
「…………」
マルコのこれまでに見た事のない表情にミミは腰を上げた。
「マルコ専務」
「……」
ミミはマルコに背を向けたままだ。
「私は何があっても専務の味方です。秘書として」
「あァ……」
ミミはそう繰り返すとその場からゆっくりと離れた。
マルコは座り込んだままその場をしばらく動けずにいた。
「おはようございます!」
ミミはなるべく明るく挨拶をしながら専務室へと入ってきたマルコに声をかける。
「おう、おはよう」
マルコの目は酷く腫れていて、目の下には隈が酷かった。
「ぷっ、酷い顔ですね」
「…………お前こそ」
「え?!」
ミミの冗談にマルコはミミを見て答えた。
「悪ィ元からか」
「終いにはセクハラで訴えますよ!」
ミミは怒った顔を見せて業務を再開した。
「……○○」
「はい?」
「今日の予定全部キャンセルだよい」
「は?!」
さすがに驚いてマルコを見る。
「2週間の休暇が無くなったんだ。良いだろうよい」
マルコは椅子に腰かけると大きく伸びをした。
「……そうですか」
「……あァ」
ミミはマルコに言われた通りに予定をキャンセルするために電話をかけた。
「お可哀想にその髪型が原因ですか?」
「シバくぞ」
「怖いよい」
ミミはからかう様に声を出す。
「さて、今日は暇になりましたよ。どうぞ、お好きな所へお出かけ下さいね!」
ミミはにこりと穏やかに笑うとマルコを見た。
「そうかよい。…………いや、ここにいるよい」
マルコは椅子を回して外を見た。
「……気分転換を出来ずに会社に籠るとか本当に可哀想……」
「はぁ……」
ミミがなおも攻めようとするとマルコは気落したようにため息をついた。
「仕方ない!取って置きのケーキ屋さんに案内しましょう!失恋にはドか食いですよ!」
ミミはマルコの腕を掴んで立たせる。
「ケーキ?甘いのかよい」
「こう言う時は甘いものって相場が決まってるんですよ!」
「なんだよい」
マルコは呆れた様に笑いながらミミについて会社を出た。
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