誘惑

マルコの結婚話を聞いて数日、ミミは必要以上に頑張って仕事をした。
好きだった相手とほぼ四六時中2人でいる事が多く、ミミは気を抜くと涙が出そうになった。

「…………はぁ」

パソコンに向かっている最中にミミはため息をついた。

「最近多いねい」

「え?」

「ため息だよい」

マルコに声をかけられミミは顔を上げた。

「そうですか?マルコ専務のお休みの間はどうやって回そうかと言う悩みはまりますが」

ミミはパソコン画面に視線を戻して声を出した。

「それは、すまないよい。土産買ってきてやるからよい」

マルコはニヤリと笑った。

「……そうですね、ヨーロッパでしょ?…………マカダミアナッツ」

ミミはポツリと呟いた。

「…………ヨーロッパだよい」

マルコは片眉を上げる。

「えぇ。ですから、マカダミアナッツで」

ミミは手を止めずに頷く。

「…………ハワイに寄れと?」

マルコの言葉にミミはマルコを見た。

「はい!お金持ちなんですから、可愛い部下にそれくらいしても良いと思いますよ!」

ミミはにこりと笑顔で言った。

「……生意気な部下の間違いだろうよい」

マルコはポツリと口の中だけで呟いた。

「何か言いました?」

ミミはすかさずマルコに話しかける。

「地獄耳」

「はい?」

「…………何でもねェよい!!」

マルコは嫌そうに声を出した。

「それより専務。お昼は社長と一緒に会食ですよ」

ミミはスケジュールを確認するとマルコに伝える。

「あァ」

「仕事ちゃんと終わらせて下さいね!」

「はいよい」

マルコは書類に目を遠し始めた。
ミミはマルコの仕事をする時の顔が好きだ。きっと結婚相手は見た事のない顔だと密かに優越感に浸った。

(…………無理。マルコ専務の事やっぱり好きだよ)

ミミはマルコの横顔を眺める。

「何か付いてるかよい?」

マルコが視線に気付いてミミを見る。

「その髪型って美容院に行って何て説明するんですか?」

ミミは真顔で口を開く。

「……喧嘩売ってんのかい?」

マルコは眉間にシワを寄せてミミを睨み付ける。

「いいえ、マルコ専務はカッコイイですよ」

冗談に本音を混ぜるミミ。本音を言う時は素直に笑顔が出た。

「……そうかよい」

マルコはいつもの事だと呆れながら書類に目を戻した。

(大好きです、マルコ専務)

ミミは口に出さずに付け加えると仕事に戻った。







夜、仕事を終わらせると辺りは真っ暗だった。
モビーディックと呼ばれる本社ビルには人気がなかった。

「あ、携帯ないや」

ミミはロッカールームで着替え終わると携帯電話を持っていない事に気付いた。
ミミは足早に専務室まで戻る。

「失礼しまーす」

誰もいないが静かに声を出してドアを静かに明けた。

「あった!……?!」

携帯電話を見付けて鞄にしまってから部屋を見るとソファーに誰かがいた。

(専務?)

静かにソファーに依るとマルコが眠っていた。
長期休暇を取る為にかなり無理をして日夜仕事をしている。

(それだけ相手の事を好きなのか……)

そう思ってから胸に酷い痛みがじくりと広がった。

(マルコ専務)

ミミはソファーに近付いてマルコの髪を撫でた。
ふわりとする金髪は月明かりでキラキラと輝いていた。

ミミは誘われる様にマルコに近付く、何も考えずに自分の唇をマルコのそれに重ねた。

「……」

「っ?!」

離れるとマルコは目を明けてミミをジッと見ていた。ミミは動揺しながらマルコをみつめた。

「いつもの冗談にしちゃ、やり過ぎに思えるよい」

マルコは上半身をお越しながら無表情でミミを見る。

「……あの」

「……ん?」

マルコは口ごもるミミを促す。

「マルコ専務が好きです。気付いたらキス、してました」

ミミはジッとマルコを見つめ返した。

「……そりゃ、どうも」

マルコは無表情で頷いた。

「……します?続き」

ミミは自らのブラウスのボタンに手をかける。

「悪いが、あいつを裏切れねェよい」

マルコは初めて困ったような笑いを浮かべ、表情を崩した。

「……ですよね」

ミミは手を引っ込める。

「お前の気持ちは貰ったよい。俺の心に留めておく。これからも秘書として宜しく頼むよい」

マルコは柔らかく微笑むとそれ以上は踏み込むなと言われた様にミミは思った。

「……失礼します」

ミミは荷物を持つと部屋から飛び出た。




自分は何て事をしてしまったんだと家に帰ると泣き叫んだ。

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