05
蘭が記憶をなくしてから数週間が経った。残念ながら、記憶が戻る事はなかった。
「ふふ!マルコさんは優しいし!私は幸せな結婚したんだろうなー」
蘭は機嫌良く部屋を掃除していた。
「あっ!」
勢い良く掃除機をかけていたらガンっ!と言う音と共に棚に激突した。
「あたた……。あれ?何これ?」
蘭が拾い上げたそれは日記帳の様なものだった。
「この字……私の?……」
蘭はペラリとページをめくる。
「ただいまよい」
マルコは手土産を持って帰ってきた。
「お帰りなさい!」
蘭は明るい顔でマルコを出迎える。
「ケーキ買ってきたよい」
マルコはケーキの箱を蘭に掲げる。
「わぁ!ありがとうございます!!マルコさん甘いの嫌いなのに」
蘭はクスクスと笑った。
「…………サッチお勧めらしいよい」
マルコは表情を変えずに声を出した。
「へぇ!相変わらずサッチさんは女の子が好きそうなお店知ってるのね」
蘭は楽しそうにクスクスと笑った。
「蘭……」
マルコは背を向けた蘭に手を伸ばすとそのまま抱き寄せた。
「マルコ……」
「思い出したのかい?」
マルコはぎゅっと蘭を抱く腕に力を入れる。
「……これ」
「?」
蘭は持っていた日記帳を手に取った。
マルコはそれを手に取る。そしてページをめくる。
そこにはマルコへの恨みも愚痴もなく、愛情溢れる内容だった。
妊娠した時の喜びと不安が書き綴られていた。
そして…………
「ごめんなさい。私、ずっと謝りたかったの。子供を失ったショックが酷すぎてマルコのせいにした。そうすれば少しは気が紛れると思ったの。でも、後悔して……。私は自分を失った」
蘭は泣くのを堪えながら声を出す。
「身勝手に貴方を恨んで、でも!この、素直な日記には貴方が好きで仕方ないって書いてあった。私はようやく私を取り戻せた」
蘭はマルコから一度離れ、向き合う。
「ごめんなさい。もう、我が儘言わないわ。だから……」
「謝るのは俺の方だろうがよい」
マルコは離れた蘭を今度は正面から抱き締めた。
「家を空け過ぎた。不安にさせた。悪かったよい」
「マルコ……」
蘭は苦しそうなマルコの謝罪を聞くと、堪らずにマルコを抱き返した。
「怒られちゃったの」
久し振りに2人で横になるベッドの上。蘭がポツリと呟く。
「怒られた?誰にだよい」
マルコは怪訝そうに蘭を見る。
「大学生の私に。『好きなら好きってちゃんと言え!』って」
そう言うと蘭は穏やかに笑った。
「きっと、記憶を失ってた時の私もマルコを好きになってた。だから……苦しかったと思う。マルコは私に記憶を戻して欲しそうだったから」
ごめんね、と蘭は自分自身に謝った。
「はは、蘭にモテるなら、嬉しいねェ」
マルコがニヤリと笑った。
「……」
「なんだよい?」
少し不機嫌そうな蘭にマルコが声をかける。
「マルコは……今の私より、記憶を失ってた私の方が良い?」
拗ねた蘭にマルコは笑いを噛み殺す。
「今のお前が良いよい」
「…………笑ってるわよ」
「悪ィ」
マルコはとうとう顔を背けて肩を震わせた。
「もー!」
蘭は背を向けるマルコに体を寄せた。
「ありがとう、マルコ」
「…………ありがとうよい」
消えた記憶「もし、生まれ変わるならもう少し早く会いたいねい」
「あ!やっぱり若い方が良いんでしょ?!」
「…………そんな事ないよい」
「間があったわよ」
「ククク」
「……マルコ」
「ん?」
「また、赤ちゃん……」
「あァ。蘭の体が治ったらな」
「ふふ、うん!」
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