10
エースに手を引かれて走る事数分。春日は肩で息をしていた。
「はぁ!はぁ!……ま、待っ、もー、無理……」
春日がようやくスピードの緩んだ隙にエースから離れた。
「……ヤバイな……」
「え?」
立ち止まったエースは嫌そうに顔を歪めるとあるマンションの一角を見上げた。
何?と口にする前にガシャーン!!と言う大きな音と共に窓が割れ、椅子が落ちてきた。
「え?え?!何あれ?」
「行くぞ」
「は?」
戸惑う春日の腕を掴むとエースは意を決してマンションへと入って行った。
「何しに来たのよ!この浮気男!!!!!」
「だから!悪かったと何度も!!!」
興奮した男女の声が廊下に響く。
「ったく、近所迷惑な……」
エースは本気で嫌な顔をした。すると、再びガシャーン!!とガラスの割れる音がした。
「俺の部屋なんだけど……」
エースは玄関から物が飛び出して来るのを見た。
「怪我するから少しここで待ってるか」
エースが春日を振り返る。
「どう言う事?」
春日は痴話喧嘩の現場に来て戸惑っている。
「まず、お前が俺の浮気相手だと思ったのは俺の母親」
「母?!まさか?!!」
春日はエースの言葉が信じやれずに声を上げる。
「あれで四十は過ぎてる」
「……あれで……」
どう見ても二十代にか見えずに春日は割れた窓からそっと中を見た。
部屋の奥には金髪のふわふわの髪を振り乱し、白い肌を赤く染めて怒っている女を見た。
「で、対決してるのが母親の旦那」
エースが呆れたように声を出す。
「お母さんの旦那さま……エースのお父さん?」
春日はこちらに背を向けてエースの母と対峙している男を見た。大きな背中と黒髪。顔は見えない。
「…………認めたくない」
エースはポツリと呟いた。
春日は不思議そうにエースを見た。
「ふざけないで!!!私と言う者がありながらまた!!!若い女が好きならそちらに行けば良いでしょ?!私にはエースがいればそれで良いのよ!!!」
エースの母は興奮ぎみに皿を男に投げる。
「だから!!!愛しているのはお前だけだ!!!!」
男は器用に皿を掴み取りながら叫ぶ。
「なら!!バレンタインデーに帰って来ないなんて!!!それにデレデレとプレゼントまで貰ってきて!!!!」
エースの母は皿を全て受け止められ、悔しさに近くにあったマグカップを外へと投げ捨てる。ガシャーン!!とまたガラスの割れる音が響いた。
「だから!!!これだろ?!これはお前を思って!!!」
「まだ持ってたの?!ふざけた男ね!!!」
「ルージュ!!!」
男は一気にエースの母ーールージュと距離を詰めると興奮する彼女を抱き締めた。
「なっ!こんな事で許すと思ったら!」
言葉とは裏腹に顔を真っ赤にするルージュ。
「世界的に見ると、お互いにチョコやカードを送り合うようでな。これを作っていたら夜が明けてしまった」
男はゆっくりと優しく声を出す。
「え?」
ルージュは驚いて男の顔を見上げる。
「何度でも言う愛しているのはお前だけだ、ルージュ。お前へのチョコは手作りしたくてな」
男は不器用にラッピングされたプレゼントをルージュに差し出した。
「…………これを……私に?」
「他に受け取る女がいるのか?」
「っ!!!ロジャー!!!」
ルージュは感極まって男ーーロジャーへと抱き付いた。
「終わったか?」
落ち着いた所を見計らいエースが玄関から入った。
「お前は、もう少し空気を」
ロジャーが振り返る。
「気にせずしてろ」
「そうする」
エースの言葉を聞くとロジャーはルージュに口付けた。それは触れるだけのモノではなく、深く甘いものだった。
「ったく、相変わらず馬鹿みたいに激しい夫婦喧嘩だな」
エースはイチャ付く両親を無視して部屋を見てため息を付く。
「……」
「そこ、皿割れてるから気を付けろ」
「……あっ、うん」
春日は恥ずかしそうに夫婦を出来るだけ視界に入れないように片付けをしようと手を伸ばす。
「良いよ。おい!仲直りしたら部屋片付けてとっとと出ていけよ!」
エースはそう両親に声をかけると春日の手を引き外に出た。
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