その後の時間3
「だから、そうやれば良いだろい」
「…………分かんないの」
「あァ?」
「分からないから聞いてるんじゃない!!」
きっかけは本当に些細な事。
○○が小さな失敗をして、帰宅したマルコに食事の準備をしながら、それを話したのだ。
疲れていたせいか、マルコは怒るでは無いが、冷静に簡単に言う。
しかも、対処法を基礎を飛ばして言うのだ。
基礎を知らない○○には訳が分からない。
「わ、分からないから、ま、マルコさんに聞こうと、思っただけじゃないですか!!」
「お、おい」
ボロボロと涙を流す○○にマルコは少し慌てる。
ドンッ!と、食事が盛り付けられた食器が乱暴にダイニングテーブルに置かれた。
「どうして良いかが分からないから聞いたのに!っえっぐ!そんな言い方って!!んっ、うえー!!」
「○○…………」
「せ、専門じゃないもん!分かんないんだもん!!聞いた事もないもん!!」
「…………」
「う、うえー!」
○○は泣きながらダイニングテーブルを後にする。
「待てよい!」
マルコが慌ててすぐに○○を追う。
マルコは「やってしまった」と小さく舌打ちをする。
知識豊富なマルコに取っては○○の失敗など、取るに足らない。
それどころか、5分でもあればすぐに取り返せるほどの小さな失敗なのだ。
マルコは怒っていた訳でも、呆れていた訳でもない。
ただ、冷静に言っただけ。
ただし、優しくはないが。
それが、失敗を我慢して耐えていた○○には辛く当たった様に見えたのだ。
マルコを頼りにしていたのに、突き放されたと感じたのだった。
○○は寝室のベッドの上に布団をかぶっていた。
「○○」
マルコは深呼吸をしてから布団ごと○○を抱き締めた。
びくりと○○の体が震えるのが解った。
布団の中から小さな嗚咽が聞こえる。
「泣くなよい」
マルコは出来るだけ優しい声を出す。
「…………出て来いよい」
そのままの姿勢で抱き締め、嗚咽が無くなったところでマルコが○○に声をかけた。
「……」
マルコが少し離れると、もぞもぞと○○が顔を出した。
「○○のした失敗ってのは、本当に些細な事だい」
マルコは○○の目を見ようとするが、○○は涙の残る目を反らしていた。
「そ、それでも、わ、私は、初めての事で……分からないの」
○○は小さく言葉を紡ぐ。
「あァ、解ったよい。ちゃんと俺が教えてやるから」
マルコは○○の背中を優しく撫でた。
「ほ、本当?」
○○は恐る恐るマルコを見上げる。
「あァ。知らねェなら仕方ねェだろうよい」
マルコは真剣な顔で○○を見た。
「…………ごめんなさい」
○○はしょんぼりと項垂れる。
「取り合えず、飯にしねェかい?」
マルコは「腹が減ったよい」と腹をさすった。
「…………うん」
○○は泣き顔のまま頷いた。
ダイニングテーブルに並んだ手の込んだ料理達。
「豪華だねい」
いつもと違って暗い食事の時間。
「……何かしてないと辛かったから……」
○○はしょんぼりと答える。
料理に没頭する事で考えない様にしていたのだ。
それだけ、思い詰めていたらしい。
「○○」
「ごめんなさい」
マルコの声を遮る様に○○は頭を下げた。
「……私、やっぱりアパートでも借ります」
○○はぽつりと話始める。
「は?」
「今までだったら、自分で調べたり、人に聞いたり出来たのに、マルコさんと一緒にいてから……マルコさんを頼りにし過ぎていたみたいです」
「……」
○○がマルコを、マルコだけを頼りにしている事実にマルコは内心喜ぶ。
彼女はあの白髭の誘いさえ、凛として断れる度胸も持っていたのだ。
それが、マルコを頼りにしてしまったと後悔しているのだ。
「私、このままだとダメになる。マルコさんに嫌われる……」
ぐったりと項垂れる○○。
「お前は」
「……はい?」
マルコの声に○○は顔をあげる。
「料理が出来るじゃねェか」
「……そんな事、誰にだって……」
「出来るもんじゃねェよい。俺は○○が来る前までは、外食や弁当なんかばかりだったよい」
「……そうなの?」
「あァ。外食ばかりだと、味も濃いし、何日かにいっぺんは飯抜かなきゃ辛くなるしよい。○○が来てからはそれがなくなった」
「……」
何が言いたいのだろうとマルコを見る。
「要するに、だ。俺とお前でお互いの苦手を克服し合えば良いって事だろうがよい」
マルコはじっと○○を見つめた。
「……じゃあ、私今まで通りここにいても良いの?」
○○は恐る恐る声を出す。
「今まで通り……ねェ」
マルコは微妙な顔付きだ。
「……やっぱり、出て行く」
「脅しはなしだろい。わかった。今まで通りで良いよい」
マルコはため息混じりに答えた。
「ありがとう、マルコさん!」
○○は嬉しそうに笑った。
その笑顔にマルコは何も言えなくなった。
「で?プロポーズ出来たのか?」
「うるせェよい」
「おまっ!バカだな!」
「うるせェよい!」
「いってェ!!殴る事はねェだろ!!」
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