プロローグ

アーヤが大学生になって初めての夏。

「夏休みなのに講義ってつらいよねー」

友人がダルそうに下敷きを団扇代わりにした。

「仕方ないよね、これさえ出れば単位貰えるんだから」

アーヤは自分に言い聞かせる様に言った。
しかし、教授の話は右から左に流れる子守唄の様だった。

(これじゃダメだ!)

アーヤは寝るよりはましだろうと窓の外を見た。

(……凄い髪型……)

2階からでは顔は見れないが、独特の髪型の金髪が揺れていた。

アーヤは何となくその人を眺めていた。







「最近寒くなったよねー」

寒い寒いと上着の前をしっかり閉じてキャンパス内を歩く。

友達と話ながら歩いているとすぐ近くにあの金髪の人が近くを歩く。

(あ、あの人……)

アーヤはつい、その人を目で追った。

「じゃあ、教室直接行く?」

友達の言葉に頷こうとしたが、生協の方へ行くのが見えた。

「わ、私ちょっと生協!」

「じゃあ、寒いから先席取ってるよ」

「お願い!」

アーヤは足早にその人を追いかけたが、すぐに喫煙所の方へ曲がった。

(残念)

アーヤは少し生協の中を回って外に出る。

「マルコ!!」

今時フランスパンのようなリーゼントの男があの人に話し掛ける。


(マルコって言うんだ!ナイス!リーゼント!)

アーヤは嬉しそうに笑うと教室へと向かった。







5000人程いるキャンパスから1人の人間を探し出す事は難しく、何となく見かけると目で追い、「マルコ」と言う名前がすると耳で聞くのが日課になった。

だかマルコとは何も接点がなく、途中から同じサークルに入る度胸もなく、アーヤはずっと目で、耳で追っているだけだった。







「ねぇ!アーヤは卒業生に用事でもあるの?」

「え?」

友達の言葉にドキッとした。

「卒業式ってうちらには関係ないし、保護者も来るから混んでるし!」

友達が不思議に思う事は当たり前だ。
1年生のアーヤには関係ない日。
友人は同じサークルの追い出しコンパがあると大学に来ていた。

しかし、アーヤにとってはマルコが卒業してしまう日。

「……いや……」

アーヤは、困った顔をして下を向いた。

「……あんたがそれで良いなら良いけど……。後悔してからじゃ遅いんだよ!」

友達の言葉に胸を撃たれた。

「う、うん!」

そう、アーヤは今まで秘めて来たが、この思いは既に興味から恋になっていたのだ。



卒業式が終わり、マルコを探す。探し出すだけで一苦労だった。

ようやく見付けたのは一時間以上経っていた。
しかし、彼の回りには人が多く近づく事すら叶わなかった。

(“卒業おめでとうございます”“卒業おめでとうございます”)

アーヤは影ながらマルコの姿に声をかける練習をした。




マルコをストーカーの様に追いかけて数時間。空は既に暗くなっていた。

「…………もう、帰ろうかな……」

マルコが研究室に入ってから2時間。アーヤは諦めて立ち上がった。

「っ!!」

すると、マルコが1人で出てきた。手に持った物で、煙草を吸いに来たのだとわかった。

「……よし!」

何とか己を震い立たせ、マルコを見る。マルコは喫煙所で煙草に火をつけた。

「…………」

アーヤは音の出ない様にした携帯カメラでその姿を撮影した。

「……うん」

アーヤの勇気は萎み、携帯を握り締め帰路についた。








そして、数日後。

「ねぇ!その卒業生にはお話出来たの?」

ニヤニヤと笑う友人にアーヤは首を振った。

「何やってんの!もう会えないのに!!」

友人は呆れた様に言った。



1人キャンパスを歩く。

「っ!!」

もう、そのキャンパスにはマルコはいなく会えないと言う事実を実感した。急に世界が色褪せて見えた。





手元に残ったのはぶれて写った写真1枚だけだった。











目で追う、耳で聞く









あの時、勇気さえあれば…………

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