06
「降ってきたなァ」
サッチは車を駐車場に置くと、雨の降る中マンションへ走った。
サッチが住むマンションはキッチンと風呂場の広さで決めた。
ただ、駐車場が少し離れているのが面倒だった。
「ったくっ!!マルコん家みてェに地下駐車場が良いな!」
濡れたジャケットを乱暴に手で払った。
ーーピルルルル
「ん?誰だ?もしもーし!」
濡れた手を振って乾かしてからサッチは携帯の通話ボタンを押した。
『ーーー』
誰かが電話の向こうで喋っているが、聞き取りづらかった。
「誰だ?聞こえないぞー」
サッチは面倒臭そうに声を出す。
『部長……助けてください』
今度はハッキリと声がした。
サッチは急いで通話音量を最大にした。
「○○ちゃんか?どうした?」
サッチは耳元で聞こえてくる○○の声に心臓が跳ねた。
『追われてーー助けてーーさい。今、幽霊ーーきに』
あまり電波が良くないせいか、途切れ途切れに聞こえてくる彼女の声。
「あァあそこの廃墟か?待ってろ、すぐ行く」
『わかーーましーー』
その後すぐに通話は切れた。
サッチは急いで雨の中また車に乗り走り出した。
濡れてすっかり寒くなってしまった体を抱き抱えながら○○はその場で踞っていた。
(寒い……)
季節は少しの雨では寒さなど感じない季節ではあるが、長時間強い雨に濡れた体は寒さと疲労で動かなかった。
(…………?っ!声がする)
○○は音が出ないようにキャリーバックを引き寄せた。
やはり、建物の入り口辺りから声がする。
複数で、怒号の様なものが聞こえる事から、サッチではなく先程の男達の様だ。
(いい加減諦めなさいよ)
○○は恐怖と疲れから頭痛がした。
ヒールで走った足も痛んだ。
「よっ!」
「っ!!!」
「しーっ!!」
建物内部の音ばかり気にしていたら、窓から突然現れた声に○○は物音を立ててしまった。
「上か?!」
下の男達に気付かれたらしい。
「面倒な事に巻き込むなよなー」
サッチは笑顔と共に軽々と窓から侵入する。
「っ!サッチ、部長」
○○は安堵から泣きそうになった。
「はいはい、まだピンチは脱出してないんだからな」
サッチは○○のキャリーバックを肩に担ぐと窓から身を乗り出した。
「おいで」
サッチが手招きをするのを○○は躊躇なく着いていく。
サッチが窓枠の外から手を出し、○○はその手を取った。
サッチの手はゴツゴツとしていたが、大きくて暖かかった。
雨が降り続ける中、建物の外壁を伝って降りる。
廃墟と化した幽霊屋敷はボロボロになっていた。
「っ!!」
○○は雨のせいで滑り外壁を踏み外し、焦りから手も滑らせた。
「さ、サッチ部長!」
○○の手を再び握ったサッチは力任せに引き寄せると自分が下になり落ちた。
「あはは、大丈夫大丈夫」
サッチの笑顔に○○はホッとした。
「それより、どうしようか?」
サッチが指さするとその先には先程の柄の悪い男達がニヤニヤと笑っていた。
「お姉さん、ずいぶん逃げてくれたじゃない」
「こんな、雨の降る中、俺達大変だったよ」
「落とし前、付けてくれるよな?」
男達は下卑た笑いを浮かべたまま近付いてくる。
「っ……」
○○は恐怖で頭が混乱しながらサッチの服を掴んだ。
「はいはい、お兄さん達。女の子一人にたかり過ぎじゃない?」
サッチは立ち上がりながら軽い調子で声を出す。
「なんだ?オッサン」
「そこどけよ!」
男達はサッチを睨み付ける。
「お、オッサン?!こんな色男掴まえてオッサンだなんて、サッチ兄さん悲しい!!」
わざとらしくサッチが落ち込んで見せる。
雨で濡れた髪を整える。
さすがのリーゼントも崩れかかっていた。
「オッサンに用はないんだよ!!」
男の一人が苛つき、声を荒げ、近くにあった室外機を蹴飛ばした。
「キャッ!」
○○は耳を押さえた。再び恐怖が頭を支配した。
「ほら、怖がってるじゃない」
サッチはのほほんと○○の頭を撫でた。
○○はそれだけの事に気持ちが落ち着くのを感じた。
「取り合えず、この子は見逃してくんない?」
「はぁ?!」
「なら、オッサンが俺達のサンドバックにでもなるんだな!」
サッチの言葉に男達がそう提案してきた。
「そ、そんなこ」
○○が否定の言葉を出そうとするとサッチの大きな手に阻まれた。
「良いよ?俺は反撃しないからどうぞ?その代わり」
サッチの目が鋭く光った。
「この子に手ェ出すんじゃねェぞ」
怒鳴るでもなく冷静な声は、男達を怯ませる。
「何カッコ付けてんだよ?!」
男の一人がサッチに殴りかかる。
サッチは○○を押して少し遠ざけた。
「部長!!!」
○○の叫び声に合わせて当たった拳にサッチはニヤリと笑った。
「そんなもんー?甘いねェ」
サッチはさも面白そうに笑った。
「ウルセェ!!!」
「痩せ我慢はみっともないぜ!」
男達がサッチに殴りかかる。サッチは動じず黙っていた。
「っらぁぁ!!!」
「っ!」
ガツンっ!と言う音と共に男が鉄パイプでサッチの頭を殴った。
「っへへ、どうだ!」
血が付いた鉄パイプを放り投げ、男は笑った。
「まァまァだな」
サッチは目の上から血を流しながら自分の血をぺろりと舐めた。
「っ!!……飽きた」
「は?まだ」
「そ、そうだよ。俺も何か冷めた。行こうぜ」
「お、おい!……覚えてろよ!」
血だらけでたたずむサッチの姿に恐れをなしか男達は安っぽい捨て台詞を吐きながらその場を去っていった。
「サッチ部長!」
○○が駆け寄る。ハンカチを取り出すとサッチの傷に当てる。
「ど、どうしよう、救急車!」
呼ぼうとして電源の落ちた携帯を見る。
「こんな時に!」
○○は自分に苛立った。
「大丈夫」
サッチは大きな手で○○の携帯を止めた。
「と、とにかくどこかで手当を!」
○○は顔面蒼白でサッチを見つめた。
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