05

疲れきった○○は彼氏と同棲するアパートへと帰ってきた。

「ただいまー」

○○はヒールを脱いで束の間の解放感を味わう。

「雨降りそうだよ!」

○○は急いで家の中に入り窓を閉めて回る。

「なぁ、最近さ」

「ん?」

「制服干してないよな」

彼氏は缶ビールを煽っている。辺りを見ると6本の空き缶が転がっていた。

「ね、ねぇ、飲み過ぎ」

「聞けよ!!!」

○○の心配そうな声に彼氏は怒声と共にローテーブルをドンッ!と叩いた。
○○は体をびくりとして驚いた。

「…………あのね、仕事辞めて……」

○○は言いにくそうに口を開いた。

「はぁ?!お前、派遣の癖に仕事選ぶなよ!!!」

彼氏は今度は拳をローテーブルに打ち付けた。

「で、でもね!私ちゃんと仕事」

「お前さ、俺の金当てにしてんじゃねぇの?」

彼氏は○○を睨み上げながらビールを飲んだ。

「そんな事ないよ。ねぇ、聞いて」

「あー!!!もう、ウルセェ!!!」

彼氏は空き缶を○○に向かって投げ付けた。

「っ!!!」

○○は今までそんな事をした事のない彼氏に驚き、恐怖を覚えた。

「出てけよ!!お前の顔なんて金輪際見たくねぇ!!!」

彼氏は玄関を指差した。

「っ!!!」

○○はカッと頭に血が上り、キャリーバックに服と下着と化粧品と貴重品、携帯充電器などを詰め込んだ。

「さようなら」

「とっとと行け!!!」

○○がドアを閉めると再び缶が投げられたのか、ドアに何かがぶつかる音がした。
漫画やドラマでした聞いた事のない汚ない言葉がドア越しに聞こえた。

空からはしとしと雨が降り始めた。









○○は傘を取りに行くのも面倒になり、雨の降る夜道を一人てくてくと歩いていた。

彼氏はとても優しい男で、いつも○○を気にかけていた。

しかし、酒を飲むと気が大きくなるようだ。
あんなに酷い言葉を投げられたのは始めてだった。

白ひげで給料を貰えるのはまだ先で、所持金は1万円ほど。
キャッシュカードや通帳を持ってきたので、当面の生活費に困る事はない。

しかし、ホテルに泊まり続ける金もない。

取り合えずどうしたものかと思案する。

「っ!!」

頭では他の事を考えているつもりでも、目からは涙が溢れた。

この人と結婚するだろうと思っていたのだ。その為の貯金もしてきた。

「くっ……ふっ……」

○○はとうとう立ち止まって泣き出してしまった。


「お姉さん何してるのよー?」

「泣いてるの?」

「彼氏にでも振られたの?可哀想ー」

「俺達が慰めてやろうか?」

ギャハハハハ!!と酔っ払った男達が○○をいつの間にか取り囲んでいた。

「……」

○○は落ち込む時間も無いのかと、その場を走り出す。

(雨なのにご苦労な事……)

「待てよ!」

「追いかけっこか?」

ギャハハハハとまた聞こえると足音がした。

何とか人通りの多い道へ出るも、雨の中人はいない。
タクシーもほぼ客を乗せていた。

「こら!どこ行きやがった!」

「そっち探せ!!」

「っ!!」

○○は息をつく暇さえなく走り続けた。


職場は上司を殴ってクビ。新しい職場はドSな上司にこき使われ、彼氏には酷い言葉で振られ、雨の中悪漢に追われる。
これでは三文ドラマの主人公みたいだと自分自身に呆れた。







走り続けると幽霊が出ると噂の廃墟にたどり着いた。

一瞬そこに入るのは躊躇われたが「いたか?!」の声に○○は思いきってその中へ逃げ込んだ。

廃墟は雨がしのげたが、蜘蛛の巣や埃で汚かった。

○○はその一角に身を隠した。

(誰かに助けを呼ばなきゃ!)

携帯を見ると充電がほとんどなかった。

(一回……良くて、二回)

○○は嫌に鳴る心臓を服の上から押さえつけた。

手が震え、息が荒くなる。

(……彼氏以外)

彼氏に電話しても、あの状態じゃ助けには来てくれないだろう。

(誰か!!)

○○は一番最初に浮かんだ男の顔の番号を探して、通話ボタンを押した。

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