02

派遣会社へ戻るとやはりお叱りを受け、そのまま解雇となった。

給料はその場で貰い、家に返された。

「はぁ、まさかこの年で派遣会社クビとか……。仕事辞めるなら寿退社を夢見たのにー!」

○○は濡れた髪のまま質素なベッドに身を投げた。
同棲人は遅くなるようだ。

「…………モビー・ディックかぁ。ネットで場所調べなきゃ。って言うか、痛い」

初めて人を本気で殴った○○の利き手の手首は腫れていた。

「はぁ、何て言うか不運」

○○は部屋を暗くするとそのまま眠りに落ちた。








次の日の朝一番で医者に行き、骨折はしていなかった事にホッとしながらもズキズキと痛む手首は何とも不愉快なものたった。

「…………」

モビーディックと呼ばれるビルは高層ビルであり、見上げると首が痛くなった。

「……帰ろうかな。いや、私の就職が!」

○○は気合いを入れるとビル内へ足を踏み入れた。

ビルに出入りする人間は全てが胸を張っており、全ての人が自信に満ち溢れている様に見えた。
○○は自分の劣等感に負けそうになっていた。

さて、入ったは良いがこれからどうするかと思案する。立ち止まった彼女を皆がジロジロ見ている気がした。

「あ、あの」

○○は受付まで移動すると美しい女性に話しかけた。

「はい」

女性は姿勢よく、官能的な声を出した。

(なんだ?この色気は)

「昨日、会長さんに声をかけて頂いて、昼12時に来るように言われたのですが」

○○は貰った名刺を受付の女性に差し出す。

「あァ!昨日のこう!」

美しき受付嬢は楽しそうに拳を振り上げた。

「…………はぁ」

○○は頭痛のする頭を押さえた。

「ふふ、サッチ部長がお話して下さったの。セクハラ男は私も許せないわ。あそこのエレベータで38階へ上がって下さい。応接室でお待ちいただく事になります」

受付嬢は美しく笑った。

「……どうも」

○○は納得出来ない顔のままエレベータへと向かった。
あまり使わない物なのか、○○一人を乗せたエレベータは静かに上を目指した。


ーーチーン


○○はエレベータを降りると外が見れた。

「……高っ……」

○○はガラスに手とおでこを付けそうになりながら地上を見下ろした。

「ぶふっ!!!」

誰かの吹き出す声がして○○は慌てて振り返る。

そこには昨日のフランスパンがいた。

「……どうも」

○○は恥ずかしさを隠すためぶっきらぼうに声を出す。

「どうも!ぶふっ!!ガラス、痕付いてる」

男の声に○○は慌てて振り返るが、痕はもちろんなかった。

「うっそでーす!」

男は嬉しそうに笑った。

「……」

○○は顔を真っ赤にして男を睨み付けた。

「緊張ほぐれた?応接室はこっちだよ」

笑顔のまま男は○○を手招きした。

「……」

○○は男を油断なく見ながら後に着いていく。

男はその様子に小さく笑った。

誰もいない応接室に入り席を進め、自らもどかりとソファーに座った。

「そう言や、手」

男は○○の利き手に巻かれた包帯を指差した。

「昨日ので」

○○は痛む手を擦った。

「かなり本気だったもんな!」

男は楽しそうに笑って殴る仕草をする。

「そう言えばお名前は?聞いてなかったよな?」

男はスーツの胸ポケットから名刺を一枚取り出した。

「っ!□□○○です。私には名刺がないので」

○○は立ち上がると名刺を受け取りながら頭を下げた。

(第4部支部長、名前はサッチか)

○○は目の前の男、サッチの名前を確認した。

「良い名前だな。どんな字?」

「えっと」

サッチと○○はローテーブルを挟み向かい合うと、サッチは手帳に○○のフルネーム、住所、電話番号が書き連ねていく。

「よし、こんなもんか」

サッチは自分の携帯電話を取り出すとその場で電話をかけ始めた。

「?……あ!すみません!」

突然鳴り始めた電話に慌てながら○○は携帯電話を取った。

『これ、俺の番号』

耳元と目の前から声がした。
サッチはニヤリと笑っていた。

「……はぁ」

○○は気のない返事で頷いた。

「よし!そろそろ時間だ!行くぞ」

サッチはそう言うと立ち上がった。

「あ、はい!」

○○もサッチに習い立ち上がった。








「しかしさ、今時着メロが『ドラゴンボール』って」

「っ!!彼氏が勝手に!」

「えー?!彼氏いるの?!」

「…………」

「サッチさん、残念!」

(急に何なんだ?)

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