01

人の殴り方


まず利き手を振り上げる。
この時、強く拳を握ってはいけない。
柔らかく、生卵を持つような感覚だ。初めから力を入れていると威力は半減してしまう。

利き手と同じ方の足は相手と平行になるように出す。
そちらに体の体重をかけ、腰は低く沈める。

利き手と逆の手は自らに引き寄せ、肩を相手に向ける。

体重が利き手と同じ側に集まったら、利き手と逆の足の爪先を相手に向ける。
そこから腰の捻り、回転を利用して振り上げた腕を相手に叩き込む。
ぶつかる寸前に力を入れ、親指は他の指で包む事も忘れずに。

最後は利き手と逆の足に体重が乗っかっていればかなりの威力が増す。




「きゃー!」と言う悲鳴があちこちからした。
○○が殴り倒したのは派遣先の上司とは名ばかりのセクハラ親父だった。


全ての正職員の就職活動に落ちた□□○○は派遣会社に登録をした。
同じ会社に3年間勤めたが、派遣初日から受けていたセクハラのせいで上司をついに殴ってしまったのだ。

理由は新しく入社したとても可愛い女の子にセクハラをかまして、「辞めたい」とその子が泣きながら訴えて来たからだ。


「お、お前!!派遣の分際で部長である俺を殴るのか?!」

セクハラ部長は鼻血を出し、無様にロビーの床に寝っ転がりながら叫んだ。

「はいはい、毎日安い給金で真面目に働いていた派遣の私が毎日毎日飽きもせずにセクハラしてきた部長様を殴り飛ばしましたわ」

○○は呆れた顔としぐさで声を出した。
いつもはガヤガヤと煩いロビーが今はシーンとして、2人を取り巻く様に人垣が出来ていた。

「っ!!せ、セクハラなん!貴様!クビだぁぁ!!!」

セクハラ部長は顔を真っ赤にして叫んだ。

「証拠をご覧ください」

○○は興奮冷めやらぬ中、用意していたロビーのテレビに証拠のテープを流す。

画面内の自分の後ろにセクハラ部長がやって来て尻を触る。「止めてください!」「あはは!」など、音声入りだ。
画面が次々に変わるが、セクハラ部長がセクハラをしている様がちゃんと解った。

「さいってー」「何あのオヤジ」などなど取り巻きから声がする。

「CGだ!合成だ!これは俺を陥れる罠だ!」などとセクハラ部長が叫ぶ。

「まだシラを切るつもりですか?」

○○は冷たい目をセクハラ部長へ向ける。

「あ、当たり前だ!名誉毀損で訴えるぞ!!」

セクハラ部長は退くに退けずに叫んだ。

「バカな男。これがCGでも出鱈目でもない事なんてすぐに解るのに……」

○○は冷たい目でセクハラ部長を眺めた。

○○は近付いてきた守衛に証拠テープを渡すとカツカツとハイヒールを鳴らしながら会社から外に出た。

○○の背には惜しみ無い拍手が人垣から送られ、セクハラ部長は御用となった。






「あー、やっちゃった。確実にクビだよ」

誰もいなくなった場所で○○はしゃがみ込んで頭を抱えた。
先程までの威勢はすでにない。

「どうしよう。これから先、仕事もなければお金もなくなる」

○○は参ったと天を仰いだ。

「グラララララ!!」

仰いだ所にとても大きな人間がいた。
信じられない大きさの男に○○は思わず立ち上がった。

「あ、あの?」

○○は大きくて真っ白な立派なひげの男と向かい合った。

「さっきのはなかなか良い啖呵だったな、嬢ちゃん」

白ひげはニヤリと笑った。

「そ、それは……どうも」

○○は何だ、何だ?と思いながらも口を開いた。

「嬢ちゃん仕事が無くなるのか?」

白ひげはニヤリと口許もにやけさせたまま聞く。

「え?あ、はい。私はただの派遣社員ですので、結果がどうあれ問題を起こせば即解雇です」

○○はがっくりと肩を落とした。

「だははは!それ解っててあの啖呵はかっけーな!」

もう一人いたらしいフランスパンの様なリーゼントの男が笑った。
○○は少しムッとした。


「悪いな、嬢ちゃん。こいつに悪気はねェ」

「痛ェ!!」

上から落とされた白ひげの拳を頭に受け、リーゼントは踞る。

○○はその荒さにギョッとした。

「仕事がねェんなら、明日の昼12時に来い」

そう言いながら白ひげは一枚の名刺を渡してきた。

「白ひげ社、会長エドワード・ニューゲート!!」

○○は驚いて名刺を読み上げた。

「良いな?明日の昼12時、モビーディックだ」

グラララララ!と言う豪快な笑い声を残して、そのまま白ひげは立ち去って行った。

「…………わ、私でも知ってる大会社じゃない!……こ、これはチャンスだわ!」

○○は拳を握って彼らの背中を見送った。








「オヤジ楽しそうだな」

「グラララララ!久しぶりに骨のありそうな奴がいたんだ!」

「確かに面白いよな!」

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