26
「○○ちゃん」
サッチの呼び声に○○は頭を深く下げたままびくりと体を震わせた。
「ごめんなさい。ごめ、なさい」
○○は謝り続ける。
「良いから、顔上げて」
サッチの言葉に○○は首を左右に振る。
「はぁ」
サッチは○○の前にしゃがみ込んだ。
「で?遅れてただけ?何か変な病気とかじゃないの?」
サッチの声は落ち着いていた。
「う、うん。性病とかじゃないからサッチさんにも迷惑かけてないと思う」
○○は医者に質問した答えをサッチに伝える。
「そうじゃなくて。入院しなきゃ行けないとかの大きな病気とかじゃないの?」
「……うん。たぶんただの風邪が長引いてるみたい。弱ってる所に次々に違う風邪にかかってるみたい」
○○は顔を上げられないまま答える。
「そっか。なら良かった」
サッチのホッと息を吐く音が聞こえた。
「うん。だから、もう。本当にごめんなさい」
○○はそのまましゃがみ込んだ。
「あァ、ほら、無理するなよ。妊娠してなくても風邪は風邪なんだろ?」
サッチは呆れた様に声を出した。
「……うん」
○○は頷いた。
「じゃあ、一度家に帰るか。あ、車会社だ」
サッチは頭をかきながら笑った。
「待っててくれる?あ、先にマンション行ってるか?」
サッチの言葉に○○はこくりと頷いた。
「よし、ならマンションでな」
サッチはぽんぽんと○○の頭を優しく叩いた。
○○はタクシーを拾い、先にマンションへ着いた。キャリーバックを広げると大切な物を詰め込み始める。
「…………ひっく」
泣きながら荷造りする手はなるべく急いだ。
必要最低限に詰め込んだキャリーバックを持ち、着替えた○○は会社へ行くために立ち上がった。
エレベーターのドアが開くとサッチが乗っていた。
「あ?もう行くのか?」
サッチは驚いて腕時計を見た。まだ仕事には早いはずだ。
「はい、お世話になりました」
○○はぺこりと頭を下げた。
「は?いや、待て待て」
エレベーターに乗り込む○○が初めてここに来た時の様にキャリーバックを引いているのを見て慌てて止めた。
「なにか?」
「何かはねェだろ!どこに行く気だ?」
「……大丈夫。もうサッチ部長にはご迷惑おかけしませんから」
○○は静かに声を出した。
「っ!何言ってる!来い!」
「わっ!」
サッチはキャリーバックごと○○を担ぎ上げた。
そして、部屋に押し込めると鍵をかけ、そのまま居間まで連れていく。
「何で家出しようとしてんだ?」
サッチはキャリーバックを遠くに投げ、○○をソファーに座らせた。
「だ、だから、私のお腹にはもうサッチさんの子供はいないんです」
「知ってる」
○○の慌てた声にサッチはハッキリと落ち着いた声で答える。
「……わ、私。サッチさんの事好きなんです」
「知ってる」
「なら!解って下さい!」
○○は泣きながら叫んだ。
「もう、子供もいないのに、好きな人の側にいたいけど、これ以上いたら私の心が壊れます」
「なんで?」
「だから、…………す、好きな人が他の人を好きなのは耐えられても、自分の事を好きになって貰えないのに耐えられない」
○○は涙を堪えながらサッチを見た。
「欲が出るんです。初めは体だけで良いって思ったのに!心まで欲しくなっちゃったんです!心の無いまま抱かれるのが、辛いくらいサッチさんが愛しいんです!」
○○はとうとう泣き崩れた。
「うぅ、ごめんなさい。だから、もうサッチさんに迷惑がかかるから、出ていきます」
○○はよろりと立ち上がろうとする。
「ちょっと、○○ちゃん」
「はい?」
「何か、根本的に間違ってないかい?」
サッチは呆れた様に声を出した。
「何がですか?」
○○はサッチをそろりと振り返った。
「今の説明じゃ俺の気持ちが○○ちゃんに無いみたいじゃん?」
サッチは眉間にシワを寄せた。
「みたい、じゃなくて……」
「え?どう言う事?」
サッチは聞き返す。
「だから、サッチさんは素子さんの事が好きなんでしょ?」
○○はぐっと腹に力を入れた。
「は?」
「だって……見てたら解ります」
○○は小さく呟いた。
「………………あー、あー、あー」
サッチはひとつ声を出す度に声が低くなった。
「あのね、○○ちゃん」
「はい」
「確かに俺はあいつの事好きだったよ?あんなにずっと一緒にいたし。だけどね、もう、あいつは他の奴と結婚してて、つーか、俺の浮気が原因で出てった訳なの。全て俺のせいなの。解る?」
「は、はぁ」
○○は取り合えず頷いた。
「だから、今度はかなり大切にしてたんだけど、伝わらなかった?」
サッチは○○の顔を覗き込んだ。
「……過保護だなぁっとは」
○○は正直に答えた。
「サッチさんは愛情表現には自信があったのに!」
「もう嫌!」と泣くふりをするサッチ。
「え?え?」
○○はおろおろとする。
「それに、俺ちゃんと「愛してる」つったよ?やっぱ聞いてなかったんだな」
サッチはじとっとした目で○○を見た。
「え?……えぇ?!」
○○はボッと顔を真っ赤にした。
「あんだけ毎晩毎晩しつこい位に抱いてさ、気付かない?会社では散々いじられるし、俺ってば一人損してる?」
サッチははぁと大きくため息をついた。
「…………あのー」
「なに?」
サッチはいじけながらちらりと○○の方を見た。
「それって、まるで、サッチさんが、その、私を好きみたいに聞こえますが」
○○は顔を真っ赤にしたまま声を出した。
「○○ちゃん」
「は、はい?」
「好きです」
サッチは姿勢を正して言った。
「…………わ、私も」
「私も?」
「私も好きです」
サッチにつられる様に○○は声を出した。
「おう!幸せにしてやるよ!」
サッチは○○を抱き締めた。
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