23
「紹介状は?」
「持った!」
「保険証」
「持った!」
「財布、携帯」
「うん、持った。大丈夫」
「後なんだ?タオル?ティッシュ」
「タオル?ハンカチなら持ったよ」
「そんなもんか?」
サッチは出掛ける○○に忘れ物は無いかチェックしていた。
「うん、もう大丈夫だよ」
○○は少し呆れながら声を出した。
「そっか。なら、送る」
ーーピルルルル
「はい。なんだ、マルコか。あ?…………は?いや、でも俺これから○○ちゃんをだな。…………おい!……解った、わかりましたー!」
サッチは乱暴に通話を切った。
「社長?」
○○はサッチを覗き込む様に聞いた。
「あァ。すぐに来いとさ」
「頑張ってね、サッチ部長!」
○○はクスクスと笑いながらサッチの腕をぽんっと叩いた。
「悪いな。送ってやれなくて」
サッチは○○の頬に手を添える。
「ううん。大丈夫!午後から会社に行くから!」
「いや、その前に電話してよ」
サッチは少し呆れながら声を出した。
「そっか!わかった」
○○は頷いた。
外まで一緒に行き、サッチが駐車場で車に乗り込みエンジンをかけた。
「じゃあな、ちゃんと電話しろよ?」
サッチは○○に念を押した。
「はいはい。わかりました!」
○○はシッシッとサッチに早く行けと手を振った。
サッチは何か言いたげに口を開いたが、そのまま「じゃあな」と窓を閉めると車を発進させた。
「さて、行くか」
○○はサッチの車が姿を消すまで見送った。
「…………」
○○は無言で産婦人科から出てきた。
来た道をとぼとぼと歩く。
「うーん。恥ずかしいな。どうしよう」
○○はこれからどうするかを思案しながらマンションへの道を歩く。とにかく午後からは仕事だ。帰って着替えなくてはならない。
大通りから一本入り、狭い道を歩く。
後ろから車が来たので、避けようと一歩引く。
しかし、車が○○の隣で止まる。
「なに?」
呟いた時に車の助手席側のドアが開き、○○は中から伸びてきた手に腕を掴まれ、大声を叫ぶ間もなく車に乗せられた。
「遅い」
サッチはデスクの上に乗せた携帯電話を睨んでいた。
「終わったら電話かけろって言ってんだよ」
サッチはイライラと携帯電話を指で弾いた。
「サッチ部長ー!これ」
「後だ!後!」
「いやいや!ちゃんと仕事してくださいよ!」
4支部はトップが働かずに仕事が滞っていた。
「サッチ部長ー!会議の資料これで良いっすかァ?!」
「あァ?!んなの後だっつってるだろ?!」
「そんな訳にも行かないっすよ!!見てください!!」
引き下がらない部下が無理矢理サッチに出来た資料を握らせた。
「チッ!」
サッチは不機嫌に舌打ちをしてから資料を確認し出した。
「サッチ部長これも!」
「サッチ部長これもお願いします!!」
「サッチ部長!」
「ゲ!多い!」
次々に押し寄せる部下達にサッチは面倒臭そうにした。
ーーピルルルル
ようやく一段落した所で、携帯が鳴り出した。
「もしもし!遅い!」
サッチは○○の名前を確認してから出た。
『す、すみません』
焦った、と言うより少し怯えた○○の声が電話から聞こえた。
「で?どうだった?」
サッチは○○のそんな声に深呼吸してから聞いた。
『そ、それが、ちょっと!』
○○の声が急に遠くなる。
「おいおい、どうした?何が」
サッチは慌てて携帯に耳を押し付けた。
『……あんた、○○が産婦人科から出てきたの知ってるのか?』
急に男の声に変わり、サッチの眉間にシワが寄る。
「誰だ?」
『○○の彼氏だよ。テメェが腹の親とか?ふざけてんのか?』
電話の向こうの男は少し興奮気味に話す。
「ふざけてねェけど?」
サッチは椅子に深く腰を下ろし、足を組んだ。
『……まァ、良い。○○の彼氏も旦那も一人で良い。お前が○○の彼氏だか旦那だかになりてェなら、ーー公園に来い。今すぐ話し合おう。近くだから車飛ばせば10分かからず来れるだろ?15分して来なかったらそれを放棄したって事になるからな。じゃあな』
ーープープープー
鼓膜を揺さぶる機械音。
「っとに!頭来た!!!」
サッチは叫びながら立ち上がった。
「え?サッチ部長どこへ?!」
部下達がわらわらとサッチに群がる。
「ちょっとぶっ殺して来る!」
サッチが部下達を睨むと「ひぃぃ!!!」と悲鳴が上がった。
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