12

「ただいまー」

小さく声に出してみるがもちろん返事などは返ってこない。

時刻は深夜。終電も無い時間だ。

外灯と玄関の明かりだけがついていたマンションの部屋の中は暗く、同居人である○○の物音ひとつしなかった。

「今日は遅くなる」と言ってあったので、もう寝ているのは知っていた。

サッチは上着ををダイニングテーブルの椅子に引っかけた。
シャツの袖のボタンを取っていると、テーブルの上に一枚の紙を見付けた。

「なんだ?『住む場所見付かりました!明日にでも本契約します♪これでサッチ部長もやっと自由の身ですね!ありがとうございました!○○』……」

いつもの調子で物真似をしながら読み進める。





『本気になって、また出てかれるのが怖いんだろ?』





マルコの言葉が頭を殴った。

サッチは置き手紙を元の場所に戻すと客間へと向かった。



そっと音もなく引き戸を開ける。
自分が物置にしているだけあって、部屋の半分はサッチの私物であった。

○○の私物であるスーツが数着ハンガーに吊るしてあるだけで、他はキャリーバックのみ。
布団にくるまって寝息を立てる○○がいるだけだった。

「っ……」

いつでも出て行ける様に極力荷ほどきはせずに生活していた。
もう、ずいぶんと長い時間一緒にいたと思っていたが、○○にとってここはただの間借りの場所だったのだ。

その事実にサッチは背中がぞくりとした。

「…………出てくのか?お前も」

サッチは○○の眠る布団の脇に座り込んだ。

布団を少しずらすと警戒心ゼロの○○の寝顔があった。

サッチはその顔に自らの指を近付けた。指の背で頬を撫でると、柔らかく暖かかった。

気付いた時にはサッチは自らの唇を彼女のそれに重ねていた。

「んー」

息苦しかったのか○○は寝返りを打ち、顔を背ける。

「ーー」

○○の口から出たのは知らない男の名だった。
きっと、振られたと言う男のものだろう。とサッチは理解した。

「っ!」

それが引き金だったかの様にサッチは眠る○○の顎を片手で固定して深い口付けをした。

「ふっ、ん?」

無意識で抵抗する手も軽々と封じ込める。

すると○○の意識も浮上した様だ。

「え?さっ!ん?!」

驚きに目を見開く○○を無視し、サッチは性急に彼女を求めた。







息苦しさに意識が浮上する感覚で○○は目を覚ました。

「え?さっ!ん?!」

声を出そうとしたら唇に何かを押し付けられ、そのまま柔らかい物を口の中に入れられた。

「ま、てっ!ふっ」

抵抗を試みるも、自分とは違う大きな男の手に阻まれた。

暗い室内だったが、難なく相手は誰なのかは解った。

○○は覚悟を決め余計な抵抗を止め、早く終われと目を閉じた。

「……?」

抵抗を無くして大人しくしているのと、サッチが微かに震えているのに気付いた。

何だろうと目を開けると切ない顔で自分を見下ろすサッチの目とぶつかった。

「……」

「……」

お互いに無言ではあったが、○○はサッチが思い詰めている事に気付いた。
そして、それが愛しく思ったのだ。

「良いですよ」

○○は落ち着いた声でそう言いながらサッチの背中に手を回した。

「ちゃんと受け入れますから。そんな泣きそうな顔をしないで下さい」

○○はしっかりサッチの目をみながらにこりと微笑んだ。

サッチはそれに驚いて目を見開いた。

「……で、出来れば優しくして下さいね」

○○は照れながら言うとそのままサッチに抱き付いた。

「…………あァ。わかった」

サッチは小さく頷いた。

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