11
○○がサッチのマンションに転がり込んでから、数週間が過ぎた。
なるべく安く、セキュリティがしっかりしている、もしくは新しい場所を探すとどうしても会社から離れたり、先に契約者が決まったりと、なかなか決まらなかった。
「すみません。選り好みしている訳ではないのですが」
○○は食事をしながらショボくれた。
「そんなにサッチ兄さんと離れたくないのかァ、モテる男は辛いぜ!まったく!」
サッチはケラケラと笑った。
「確かにこのご飯から離れるのは辛いです」
○○は真剣に茄子の味噌炒めを眺めた。
「まァ、こう言うのは縁だからな。気長にやれば良いんじゃねェか?」
サッチはのんきに声を出した。
「…………ありがとうございます」
○○はサッチの優しさに胸が狭くなるのを感じた。
○○は休みを利用して不動産屋を回った。
「え?空いてる?」
○○は驚いて声を出した。
「えぇ。ちょうど。見に行ってみます?」
「是非!」
不動産屋の言葉に○○は大喜びで頷いた。
条件の良いアパートは新しく、鍵は最新の物で駅から少し離れているので安いらしい。
「うわぁ!素敵!」
○○は驚いて声を出した。
「えぇ、狭いんですが、ロフト付きなんですよ」
不動産屋は言いながら梯子を指差した。
「一人なら十分な広さですね!」
○○はにこやかに笑った。
○○はルンルンと鼻唄を歌いながら仮契約をして、契約書を持って帰ってきた。
これで判子と敷金を払えばすぐにでも引っ越しが出来るのだ。
「サッチ部長のご飯が食べられなくなるのは本当に残念だけど……」
胸にちくりと刺さる何かには気付かない振りをした。
「ただいまー」と誰もいないマンションへ帰ってきた。
「この高級な感じは無いけど、住めば都!楽しみだなぁ」
○○はわざとらしくテンションをあげた。
「そっか。確か飲み会って言ってたなぁ。よし!置き手紙を残そう!サッチ部長もよそ者が居なくなれば清々とするでしょ!」
○○は可愛らしいメモ用紙に家が決まったと書いて、風呂に入って寝る事にした。
サッチはマルコやイゾウ達と飲んでいた。
「こいつ、俺達に内緒で新しい女囲ってるんだぜェ」
イゾウがニヤリと笑ってサッチを指差した。
「ヘェ、それは良いじゃねェかよい」
マルコはニヤリと笑っうとビールを煽った。
「何かお前ら誤解してない?あれは女だけどペットだな。ペット」
サッチはビールを飲み干した。
「ペット?お前はペットにまで手ェを出すのかィ?」
イゾウがねっとりと妖艶に笑った。
「だーかーらー!手なんか出してねェよ!ただの同居人だ!」
サッチは空のグラスをダンッ!とテーブルに置くと「焼酎ロック!」と叫んだ。マルコも「日本酒冷や」と続けた。
「ヘェ!お前にしては珍しいねい」
マルコは驚きながらたこわさを摘まむ。
「何だよ!マルコまで!俺は女となれば見境無く手を出す男じゃねェ!」
サッチは運ばれてきた焼酎をぐびりと飲んだ。
「女となれば見境無く手を出す男だと思ってた」
イゾウがニタリと笑った。
「なら、ずいぶん大事にしてんのかい?それとも勃たねェのか?」
「下品!」
サッチは嫌そうにイゾウを見た。
「歩く下ネタが何言ってやがる」
イゾウが心外だ!とばかりにため息をついた。
「…………手ェ出すのが怖いんだろ?」
マルコの言葉にサッチはびくりとする。
「俺が?そんな事」
「あるだろうよい。本気になって、また出て行かれるのが怖いんだろ?」
「…………」
マルコの言葉にサッチは押し黙る。
「後はお前が信用されるしかねェだろうがよい。好きな女一本に絞ってみろってんだよい」
マルコは言いながら冷たい日本酒を流し込む。
「重みが違ェなァ。10年の」
イゾウはクスクスと笑った。
「…………一本に、ねェ」
サッチはポツリと呟いた。
「じゃあな!真琴ちゃんに宜しく!」
ほろ酔いよりも酔っているサッチはマルコ達と別れるとフラフラとした足取りでマンションへの道を歩いた。
「…………あ」
それは遠く。片側3車線道路の向こう側を歩くのはライバル(?)会社である赤髪の副社長ベン・ベックマンとその妻素子。
2人は幸せそうに笑いながら歩いていた。
素子はサッチの昔の彼女で、とても彼女の事を愛していた。
愛していたが故に可笑しな思考回路が働いて他の女と2人であったりした。
いや、素子に負担をかけない様にしようとしたら、浮気になったのだ。
そして、愛想を尽かされ出て行ってしまった。
もちろん後悔だらけだったが、素子の幸せそうな顔を見ると身を引いて良かったとも思う。
思うのだが……
「…………はァ、恋心って奴は本当にメンドクセェな」
サッチの呟きは夜空に消えていった。
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