10
「ヘェそれでサッチの所に転がり込んだと?」
ステアリングを握るイゾウはさも楽しそうに笑った。
いつも握るキセルではなく、メンソール系の煙草が不思議だった。
「あ……はい。私が無理矢理居座ってる気がしますが」
○○は気まずそうに頷いた。
「あいつ、女好きだから気を付けろよ」
ニヤリと笑うイゾウは物知顔だ。
「……はぁ」
「その返事は食われても良いって事か?」
イゾウは笑いながら急カーブを回った。
「なっ!!っとと」
「でもあいつ面食いだぜ?」
イゾウはニヤリと笑う。
「え?」
○○は思わず聞き返す。
「あいつの元カノ滅茶苦茶美人だったからなァ」
クスクスと楽しそうに笑うとイゾウはブレーキをかけ、停車した。
「ほら、着いたぞ」
「…………あ、ありがとうございました」
○○はハッと顔を上げると車を降りた。
「まァ、頑張れよ」
イゾウは手を振ってその場を後にした。
「…………た、ただ今帰りました」
○○がチャイムを押すと怖々ドアを開いた。
「おっそーい!サッチ様特性茶碗蒸しが冷めるだろ!」
サッチは腕組みをして立ち塞がっていた。
「す、すみません!」
○○は頭を下げた。
「イゾウは?」
サッチはキョロキョロとドアの外を見る。
「それが、帰って行きました」
○○がそう告げた。
イゾウは○○を車から下ろすとそのまま帰っていったのだ。
「そっか。まァ、良いか」
サッチは先に部屋へと入る。
「あ!そうだ、そうだ『ご飯にするぅ?お風呂にするぅ?それともぉーあ・た・しぃ?!』」
サッチは見事に気持ち悪くくねくねと言った。
「…………チェンジで」
○○は呆れながら親指と人差し指を立ててクルクルと回した。
「あらぁー!○○ちゃんたら冷たぁーい!!」
サッチはケラケラ笑いながら居間に消えていった。
「……はぁ」
○○は呆れながらも心は楽しそうにしていた。
「っ!茶碗蒸し美味しい!!」
結局サッチに急かされ、手だけ洗って食卓についた。
「だろ?サッチ様特性だからな!」
サッチは自信満々に胸を張った。
「いやー、これだけ美味しい物作れたらお嫁さんに欲しいくらいです!」
○○は感動しながらパクついた。
「あらー!なら貰ってくれるのぉー?」
「やっぱりチェンジで」
気持ちの悪い物言いのサッチに笑顔で答える○○。
「冷てェー!」
サッチは気分を害している様子なく、寧ろ楽しそうに笑った。
「プリンなら得意なんですけどねぇ」
○○は銀杏をすくって口に入れた。
「甘い茶碗蒸しは嫌だな」
サッチは少し嫌そうな顔をした。
「いや、銀杏とか入れないですよ?」
○○は慌てて否定する。
「そりゃそうだ!」
サッチはケラケラと楽しそうに声をあげた。
「お風呂ありがとうございました」
○○はほかほかとしながら頭を下げた。
「おう。そう言えば連絡とか無いのか?」
サッチはさらりと聞いてきた。
「……えぇ。ありません」
○○は携帯電話を見つめた。
「あ!大丈夫ですよ!休みの日に不動産屋さん行きますから!安くて良い所が見つかれば良いですけど」
○○はにこりと付け加えた。
「それ、ちゃんと探す気あるのか?」
サッチはニヤニヤと笑った。
「『サッチ部長と離れたくなーい!』とか?」
「……凄く聞きたくないですけど、もしかして今の私の真似ですか?」
○○は嫌そうにサッチを見る。
「似てたろ?」
「まったく!」
笑うサッチに○○は怒っていた。
「すみません。今日も本当は会社に泊まってしまおうと思ったんですけど……」
○○はポツポツと口を開いた。
「かなァと思った。別に迷惑なら初めから「泊まるか?」なんて聞かねェよ」
サッチは笑いながら口を開いた。
「……すみません。哀れんで貰って良かったです。昨日一人だったら。……ううん。昨日あのままだったら、会社なんて出られないですし、もしかしたら……」
○○はグッと拳を握った。
「……まァ?サッチ兄さんを当てにして正解だったんじゃね?俺じゃなきゃあんなに早く駆け付けらんないし。イゾウだったら、……いや、白ひげの奴らなら皆助けたさ。同じ事をした」
サッチは○○を見た。
「俺達は同じオヤジの名を背負った家族だ。家族は大切にする!これ、当たり前な!」
サッチはにこりと笑った。
「サッチ部長……」
○○はうるりと涙腺が緩んだ。
「私、派遣辞めて、オヤジさんとサッチ部長と出会えた幸運に感謝してます!」
○○は泣きそうになりながらもにこりと笑った。
「……そうか。ほら、もう寝な。明日は休みだろ?」
サッチは客間を指差した。
「はい!スラムダンク読みます!」
○○はにこりと笑った。
「お休みなさい!」
「あァ。お休み」
○○は引き戸を閉めた。
「…………ふふ」
1日の終わりに誰かと挨拶をするのは気持ちが楽しくなると思った○○だった。
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