09

イゾウの人使いの荒さは変わらず、○○は失恋の痛みを忘れる事が出来た。

「おい□□。マルコんとこ行って判子貰って来い」

イゾウが優雅なしぐさで書類を手にした。

「へ?わ、私が社長の所にですか?」

○○はおずおずと抵抗を試みた。

「他に手がねェんだよ。お前さんは雑用以外使えねェからなァ」

イゾウは妖艶に笑った。

「ぐっ……行かせて頂きます」

○○は書類をイゾウから受け取ると16支部を後にした。

「……イゾウ部長は人使いが荒い……」

「お疲れかー?」

「きゃぁぁぁ!!!」

急に後ろから声をかけられ驚いて叫んだ。

「お、おォ」

悲鳴に驚いたのは声をかけたサッチだった。

「さ、ささささサッチ部長!」

○○はまだ心臓がドキドキと鳴っていた。

「なにやってんだよい。…………またお前かサッチ」

マルコが呆れながら姿を現した。
どうやら○○の悲鳴に喫煙所から様子を見に来たらしい。

「えー!サッチ兄さん特になにもしてねェよ!ただ、ちょっと声をかけただけ」

サッチがわざと肩を落としてマルコを見た。

「お前は存在事態がセクハラなんだよい」

マルコは辛辣な言葉をサッチに投げ掛ける。

「あ!しゃ、社長!イゾウ部長が判子を貰って来いと!」

○○がマルコに書類を差し出す。

「んー、あァ」

マルコは真剣に書類に目を通す。

「内容は良いな。ちょっと待ってろ。判子押してくるよい」

マルコは書類を持ってくるりと踵を返す。

「何?持ってないの?」

サッチは呆れた様にマルコの背に投げ掛ける。

「あァ。丁度煙草を入れるのに邪魔でよい」

マルコは振り返らずに手だけを振った。

「…………」

○○はちらりとサッチを盗み見る。どうやらマルコが戻るまで一緒にいる様だ。

「あの、サッチ部長」

「ん?」

「傷。大丈夫ですか?」

「昨日の」と小さな声で付け加える。

「あァ。平気、平気!マルコやオヤジに殴られた方が痛ェからな!それに俺、頑丈だし!」

サッチはニヤリと笑うと力瘤を作って見せた。

「……ありがとうございます」

サッチの笑顔に○○の胸がとくりと脈打った。

「なんの、なんの」

サッチが笑いながら言うとマルコが判子を押して帰ってきた。

「何だよ、マルコ!もう帰って来たのか?」

サッチはわざとらしく残念そうに声を出した。

「テメェ、誰彼構わず口説きやがって。□□!こいつには気を付けろよい!」

マルコはサッチを睨みながら言った。

「あら、マルコったらヒドイ!!」

サッチはハンカチを取り出して噛んだ。

「ふふ、サッチ部長は良い人です」

○○は楽しそうに笑いながら一礼すると書類を受け取り、16支部へと向けて歩き出した。

「…………サッチ?」

「いや、まだ手は出してねェ!!」

「……まだ、ねェ」

マルコはギロリとサッチを見ながら煙草をくわえた。

「まァ、プライベートまで口出しはしねェが、気を付けろよい」

マルコはまた喫煙所へと歩き出した。

「浮気癖治さねェとな?」

ニヤリと一度振り返ったマルコは笑った。

「…………」

サッチは小さくため息をついた。









夜、○○はイゾウに付き合って残業をしていた。

「悪ィな」

イゾウは素直にそう声を出した。

「い、いえ!私にも出来る事があるなら!」

素直なイゾウにドキドキしながら○○は首を振った。

辺りは暗く、他に人はいなかった。

(ついでに会社に泊まっちゃおう!そうすればサッチ部長にも迷惑がかからないし!うん!)

○○は我ながら良いアイデア!と笑った。

「気持ちの悪ィ笑いは要らねェからこれシュレッダーにかけろ」

イゾウは嫌そうに不要な書類の束を○○に渡した。

「き、きも?!……はい。やらせて頂きます」

○○はあくびを噛み殺しながらシュレッダーに大量の書類をかけていく。






シュレッダーも後数枚になった時だった。

「終わったぜ」

イゾウがやって来た。

「あ!お疲れ様でした!」

○○は手を止めてイゾウを見た。

「お前ェの方はどうだ?」

「はい!もうすぐ終わりますので、私に気にせず先に!」

○○はにこりと笑った。

「そう言う訳にも行かねェだろ?」

イゾウは呆れながら声を出す。

(うぅ、どうしよう)

会社に泊まろうと思っていた○○は戸惑った。

「お前ェさん、何か隠してるのかい?」

訝しげにイゾウが○○を見る。

「え?い、いいえ!」

○○は慌ててシュレッダーの手を進めた。

「…………ふーん」

イゾウが○○に近付く。

「□□?お前ェ」


ーーピリリリリ


イゾウが口を開こうとすると○○の携帯が鳴った。

これ幸いと携帯の通話ボタンを押す。

「は、はい!○○です!」

○○は上擦った声を出した。

『○○ちゃん?どこにいるの?』

耳元から聞こえるのはサッチの声だった。

「え?ど、どこって会社ですけど」

○○は近くにいるイゾウを気にしながら声を出す。

『なんだよ。まだいたのか?早く帰って来い』

サッチの声は呆れていた。

「あ、いえ、それなんですが」

○○は会社に泊まろうと思った事を言おうとしたが、イゾウに携帯を取られた。

「なんだ、サッチか」

イゾウはニヤリと笑って声を出した。

『あァ、イゾウか。残業お疲れさん!』

サッチの声がイゾウの鼓膜を揺らした。

「で?これから□□は俺と夕飯を食うが?」

ニタリとイゾウが笑った。○○はその笑顔にぞくりとした。
もちろん、そんな約束も予定もない。

『は?ふざけんな!俺用意しちまったんだぞ?』

サッチは不機嫌そうに声を出す。

「そいつは残念だったなァ」

イゾウはねっとりと妖艶に声を出した。

「ちょ、イゾウ部長?!も、もしもし?」

○○は慌てて携帯を奪い取った。

『○○ちゃん?とにかく夕飯作ったから早く帰ってらっしゃい』

思いきり不機嫌そうなサッチの声がした。

「わ、わかりました!今すぐに!」

○○は慌てて頷いた。

「くくく」

通話が終わるとイゾウが喉を鳴らして笑った。

「い、イゾウ部長!」

○○はイゾウを不満げに見る。

「サッチの家だろ?送ってやる。その代わり話して貰うからなァ」

イゾウはニヤリと笑った。

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