04
それからマルコは今まで以上にその店に足しげく通う事になった。
残念ながら、○○とバイトの女は代わる代わる入るので、○○でない日もあった。
そんなある日。
「あの!」
道端で声をかけられ振り返ると○○がいた。
「あァ、店以外で会うのは初めてだよい」
マルコは自然と笑顔になる自分を感じていた。
「本当に!いつもはこの道通らないんですけど、本屋に寄って!」
○○が指差す方は古本屋であった。
「古本屋さんって凄いですよね!欲しかった本が安いんです!」
○○はレシピ本や栄養関係の本をマルコに見せた。
「そうだねい」
マルコは穏やかに笑った。
「……っと、すみません。所構わず話しかけてしまって」
○○は慌てて本をしまうと恥ずかしそうに顔を赤くした。
「その、マルコさんに会えたのが嬉しくて……ま、舞い上がってしまって」
○○は早口で捲し立てると鞄を持ち直して頭を下げた。
「あー、これから飯でもどうだ?」
マルコは慌てて去り行く○○に声をかけた。
「……い、良いんですか?」
○○は恐る恐る振り返る。
「割り勘だよい」
「あ、えーっと、はい!もちろん!」
マルコの冗談に財布の中身を確認した○○が頷いた。
「ぶっ!くくく」
「へ?」
「冗談だ。行くよい」
マルコは笑うと歩き出した。○○は慌ててその後を追った。
「ま、マルコさん」
「あ?」
「割り勘無理そうなんですけど……」
マルコに連れてこられた店は見るからに高級なイタリアンだった。
メニューを開いても単品で食べられそうなのは小さなピザくらいであった。
「ぷっ!だから、任せとけってんだよい」
また吹き出したマルコはニヤリと笑うとメニューを開く。
「何が良い?」
「えーっと……あ!ピザ食べたいです!」
○○はなるべく値段の安いピザを指差す。
「そうだねい」
マルコはボーイにあれこれ注文をする。
「うっわー……」
並べられた料理に目をキラキラとさせた。
「ワインはいけるか?」
「あ!頂きます!」
○○がグラスを出すとマルコが瓶を傾けた。
「ん!美味しい!」
「なるべく飲みやすいのをえらんだよい」
マルコは満足そうに笑った。
2人は店の事や○○の前の職場の事、将来店を持つ事が夢だと色々と語り合った。
「ご馳走さまでした」
○○は頭を下げた。
腹も満たされ、程良いアルコールが気分を大きくさせる。
「あァ、気に入ったかい?」
「はい!それはもう!」
マルコの言葉に○○は首を上下に激しく動かした。
酔っている様だ。
「送ろう」
「…………」
「○○?」
歩き出したマルコの指を○○が掴んだ。
「…………まだ、帰りたくない、です」
顔を真っ赤にして○○は呟くように言葉を発した。
「……そう言うのは好きな奴に言えよい。勘違いする」
マルコは無表情に○○を見た。
「…………か、勘違いじゃありません。私、マルコさんの事、」
○○が潤んだ瞳でマルコを見た。
「……すみません。ご迷惑ですよね。マルコさんに食事に誘って貰っちゃって舞い上がっちゃいました」
○○は慌てた様に頬をかいた。
「あの、では、またお店で」
○○がマルコから離れようと背中を向けた。
マルコは○○の手を取った。
「後悔しないか?」
「え?」
「俺みたいに年上で」
マルコは真剣な顔を○○に向けた。
「……はい。私、マルコさんが好きです」
○○はにこりと泣きそうな顔で笑った。
「なら、俺の家に行くよい」
マルコは○○腕をそっと離すと歩き出した。
○○は戸惑いながらもマルコに着いて行く。
「上がれ」
「お、お邪魔します」
マルコの部屋は高級マンションの一室で、生活感のないモデルルームの様な場所だった。
「……綺麗ですね」
「寝にだけ帰ってる様なもんだからよい」
マルコに着いて行くまま部屋の奥へと進むとソファーに案内された。
「座ってろい」
マルコに言われ、○○は大人しく腰を下ろした。
今更ながら○○の酔いは薄れ、大変な事になったと心臓が速くなった。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
冷蔵庫から出してきたビールを受け取る。マルコはプルタブを開けると飲み始めた。
○○もマルコに従ってビールを飲む。
「……俺は、好きな女しか抱かねェ」
マルコはポツリと呟いた。
「……私、その、バイト始めた時からマルコさんが好きで。その髪型も、ブラックコーヒー飲む所も、ハヤシライス食べる所も、時々煙草を吸う仕草も。ま、まぁ、お店の中のマルコさんしか知らないのですが」
○○はぽつりぽつりと話し出す。
「私、大学生の時、告白されて、マルコさんを諦める為に付き合った事があるんです。が、その、マルコさんじゃない事に嫌悪感を感じてしまって、その、…………出来なくて」
○○は勢い良くビールを流し込んだ。
「いや、マルコさんにとっては酷くどうでも良い話だとは思うのですが、私マルコさんじゃなきゃ駄目みたいで、その今だに一度もした事なくて……」
○○はハッと顔をあげる。
「お、重たいですよね?私!いえ、その!一度だけでもして頂いて、そしたら諦めると言うか、踏ん切りがつくと言うか…………」
○○は無言のマルコに慌てて弁解の様に言葉を紡いだ。
「…………」
「あぁ、何言ってるのかしら、私!すみません!忘れてください!」
「……俺は、好きな女しか抱かない」
「っ!ですよね。あのありがとうございました!」
○○がマルコの言葉に傷付きながらも立ち上がる。
「だから、俺と付き合うか?」
マルコは○○の手を掴んだ。
「…………へ?」
○○は驚いた様に振り返る。
「俺も○○が気になってた。お前さんがあの店を辞めちまった時に気付いたんだが」
マルコは○○をソファーに座らせた。
「俺のせいで男と出来ねェってんなら、ちゃんと責任取らなきゃねい?」
マルコはニヤリと笑うと○○を抱き寄せた。
そうして2人は付き合い出した。
誰にも言わなかったが、常連客やマスターにはバレていたようだ。
しかし、幸せな時はそう長くは続かなかった。
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